【SS】車室番号8
ずんだらもち子
【SS】車室番号8
「なんだよ、あそこ空いてるじゃん」
ブレーキを踏みながらゆっくりと進んでいたAだったが、駐車場の一番奥に、空きを見つけるや否や、他の者に取られまいという考えからアクセルペダルを踏み込んだ。
「バカ、あそこはだめだよ」
助手席に座っていた友人のBが窓から一瞥して、すぐに背もたれへ深く倒れ込んだ。
「なんでだよ?」
「お前知らないの? あそこ、呪われた駐車場だって」
「へー、知らないな。え、こんなコインパーキングで?」
「そこ関係ある?」
「なんか無駄にでかい駐車場だと、実は前墓地だったとか聞くことあるじゃん? なに、もしかしてここも?」
「いや、そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、あそこ、8番の駐車場に停めると、その帰りに事故とか不幸な目に遭うって話だぜ」
駐車場自体は目新しさのない、平面駐車場で、所々錆びたフラップ式がその歴史を物語る。道路側より1番から始まり4台が並び、その向かいにまた道路側より4台、背中合わせに2台分のスペースを使って料金の精算機が置いてあり、1台が停められる。3列目が1台分足りないのは、ちょうど曲がり角になっているため、そもそも道路側1台分が斜めに区切られているからだった。
何にせよ、不気味さは感じられない。現に9台分のスペースで、8番以外はすべて埋まっているので、頻繁に利用されていることが伺える。大手のコインパーキングとは違い、小さくて薄汚れた看板が頼りない光に浮かび上がっていた。
「…………なんだそれ」
「ホントなんだって。友達の先輩の知り合いが事故ったって話なんだよ」
「偶然だろ。たかが一回の事故でそうなら、そこかしこに呪いの駐車場が溢れかえるっての」
「そりゃそうだけど、とにかくここはやばいって」
「8番なんてゲン担ぎに向きそうだけどなむしろ。俺好きな数字だぜ。嫌な数字なんて他にもっといっぱいあるだろ」
「それこそいくらでもあるだろ、8番も駐車場も。なぁ、ちょっと遠くなってもいいからさ、もっと別の場所探そうぜ」
「えー、嫌だよ。ここの駐車場が店から一番近いんだから」
「俺が駐車場代払うし、な?」
「それは元からだろ」
「ていうか違うお店でいいし――」
とBが必死に抵抗するのを突っぱねるように、Aはハンドルを激しく切ると、手早くレバーを切り替え、バックさせる。
「うわああああああああああああああああ!」
「たかが駐車しただけで騒ぐなよ……」
Bはパニックになったのか座席でひっくり返る。シートベルトがぐにゃぐにゃになりながらも、さすがの機能性でBを押さえつけていた。
「おおお、俺知らないからな! 駐車場代も払わないからな! 帰りは歩いて帰るからな!」
「わかったわかった。ほら、早く行くぞ」
数日後、Aは仕事帰り、車で帰宅したところだった。マンションの広いようで狭い駐車場に車を止めながら、他に誰も乗っていない車内で一人満足げにつぶやいた。
「ほらな、大丈夫だったろ」
シートベルトを外し終えた頃、ルームランプの切れた暗い車内を白んだ光が照らす。
「おっ。かかってきた」
Aは携帯電話を手にした。画面に表示されている名前の欄には「クソ野郎」と表示されていた。
「――あ、もしもし、お疲れ様です。――あ、はい、部長ラーメンお好きでしたよね? うまい店みつけたんで、今度の休みにでも行きませんか?――――いや、どういう風の吹き回しって、別に他意はないですよ。ええ。――ゴマなんてすってませんって――ええ……じゃ、今週末に、私お迎えにあがりますんで」
Aは電話を切るとくすりと笑ってしまっいながら、車を降りた。
「もうお前にゴマする必要もなくなるっての」
【SS】車室番号8 ずんだらもち子 @zundaramochi777
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