最終話 私の幸せ

——数か月後

 

■横濱 帝国陸軍駐屯地 事務室


 麗華は駐屯地の事務員として働き始め、今では大分慣れてきていた。

 神谷とは公私ともで、お世話になる間柄となっている。

 

「資料整理はこの辺かな……あっ、お昼の時間だ」


 時計を見た麗華は昼食時間が来ていたことに気づき、志保が用意したお弁当を取り出した。

 シンプルなおにぎりとたくあんというものだが、麗華には十分なごちそうである。


(辛い生活が長かったせいか、豪華すぎるのは合わないのよね)


「麗華、少しいいか?」

「神谷さん! はい、どうぞ」


 おにぎりを一口噛んだところで、神谷に声をかけられて麗華は慌てて居住まいを整えた。

 

「知り合いの結婚式に呼ばれた。相手方がいないので付き合ってくれ」

「私でいいんですか?」

「ああ、お前がいい」


 神谷の綺麗な顔の中にある、眼鏡の奥の優しい瞳が麗華を見つめてくる。

 こんなことをいわれたら、女性であれば勘違いしてしまいそうな雰囲気だ。

 現に同じ事務員の女性達からはうらやましいとの小さな声があがる。

 

「私でよければ……お付き合いいたします」

「では、週末の時間を空けておいてくれ。またあとでな……邪魔をした」


 そう言い残すと、神谷は麗華の前から立ち去っていった。

 麗華はおにぎりを食べ直すが、いつもは美味しいおにぎりの味がよくわからない。


(私、緊張しているんだろうな……)


 お昼休みが終わる前に食べ終えるよう、麗華は急いでおにぎりを食べていくのだった。


——週末


■横濱 東亜結婚式場


 西洋の美術館のような石造りの綺麗な建物を前に麗華は圧倒される。

 麗華は和風の屋敷に長らく住んでいたので、横濱の西洋文化を受け入れている土壌は新鮮だった。

 庭の方へ出て来た新郎新婦の姿を眺め、神谷と共に拍手で出迎える。


(私も結婚……ちゃんとできるのかな……)


 婚約者に捨てられて、横濱まで流れて来てからだいぶたった。

 恨みなどはないけれど、未来に不安がないかと言えば嘘になる。

 そんな風に意識を飛ばしていたところ、ワァァァという声が聞こえ思わず手を伸ばしたらその手にブーケが乗った。


「これは……次、私なんでしょうか?」

「そうだな、どういう相手かはわからないが幸せになれるといいな」


 神谷の方を麗華が見上げると、神谷の視線は麗華を見ている。


(もし、叶うのであれば……)

「私は神谷さんがいいです」


 そうすることが麗華自身の幸せだと強く思えることだった。

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【完結】義妹に借金を背負わされ、婚約者を奪われた令嬢でしたが、エリート軍人に溺愛されたので幸せです。 橘まさと @masato_tachibana

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