13-7 残酷な真実

 まさか、三元も餌も本当に鶴巻中亭つるまきあたりていに泊まらなかったのか。だったら寝ている間に頭を丸坊主にした犯人は。

 三元や餌ならともかく、みつるがシャモに嘘をつくも思えない。

「なあ、お前ら。藤崎しほりって知ってるか」

 みつるの証言に茫然自失となったシャモは、震え声で三元と餌にたずねた。


「何かどっかで聞いた事があるような……」

「ギャルゲーの女子か地下アイドルのたぐいですかね」

 こいつらもか。

 シャモの母同様に、藤崎しほりに関する記憶を無くしている二人。それでもシャモはわずかな期待を胸に、再度たずねた。


「藤崎しほりは俺に一目惚れした大富豪ご令嬢の名前。またの名を『お百度参り』『生霊』。練習試合も見に来ていただろ」

「『お百度参り』って何だそりゃ」

「シャモさん。モテないからってそんな現実逃避は」

「待て待てって。証拠があるんだ。藤崎一家に外堀を埋められた俺は広島に逃げた。そこでサンフルーツ優勝さんと待ち合わせて、それでヒバゴンが。ほら、これが証拠」

 かくしてスマホを取り出したシャモは、がなり声で絶叫した。


「ぎいいやああああ! 何で。何で全部消えている?! サンフルーツ優勝さんの着歴。しほりちゃんのSNSも家令さんの着歴も。どう言う事だよ」

「「はい夢下げ(オチ)一つ入りましたー! お後がよろしいようで」

「シャモに彼女がいてたまるかっての。どうせまた夢と現実がごっちゃになったんだろ。あーバカバカしい。さ、片付け片付けッと」

 スマホ片手に百面相をするシャモを置いてきぼりにして、洗い場に向かう餌と三元。


「あああああっ。ちょい待ち! 春合宿で大山おおやまに行っただろ。そこで泊ったホラーゲームみたいな宿。あれが鶴巻中亭つるまきあたりてい。隣から壁をぶっ叩かれて、それでお経がエンドレスで聞こえたろ。風呂場で二人組の男に因縁いんねん付けられて、簀巻すまきにされたじゃん」

「お前の中ではな」

 振り返り、耳を小指でほじくりながら応じる三元。


「入口の暗証番号がえさが大好きな四桁だった。それで『僕が押します』って張り切って」

「シャモさん、だから夢と現実をごっちゃにするなとあれほど」

 餌はこれみよがしにため息をつくと、手を伸ばしてシャモの丸坊主頭を一撫で。その手を振り払ったシャモは、餌の小さな肩を両手で揺さぶった。


「春合宿の時、鶴巻温泉に泊まるはずが、ふたを開ければ鶴巻中亭つるまきあたりてい大山おおやまの宿で」

「おかしな事を。僕らは鶴巻温泉つるまきおんせんに泊りました。三人で一部屋に泊まって。三元さんが部屋のお茶菓子を全部食べて、仲居なかいさんにお替りをおねだりしたじゃないですか」

こいの洗いなんて初めて食べたよな」

 二人は至って真顔。

 シャモが納得いかぬ顔でバリカンをもてあそんでいると、がらりと店の戸が開いた。

 歌唱ユニット『竜田川姉妹たつたがわちはや』の姉・千早ちはやの登場だ。


「ありゃ、皆で頭を丸めてお遍路でもするのかい。まあ美濃屋の若旦那(シャモ)。あんた髪の毛がなくったってイイ男だね」

「近い近い近い!」

 シャネルNo.5の匂いをぷんぷんさせながら扇子を仰ぐと、千早は痩せこけた頬をシャモの胸板に寄せる。三元に目で助けを求めると、三元は跡取り息子の顔で千早に近づいた。


「あら、千早師匠がこの時間においでになるとは珍しい」

「それが、アタシ改名したのさ。はいこれ、店にはっておくれよ」


【今夜もドギーバッグ。 By吾輩は昌華feat.藤崎しほり】


 『味の芝浜さん江』と大書されたポスターには、往年のカリスマモデルであるツイッギー風の衣装をまとう千早の姿が。そして千早の隣では、落研の元顧問・宗像昌華むなかたまさかのなれの果てがシナを作る。


「アタシの新芸名は『藤崎しほり』。よろしくお見知りおきのほどを」

「シャモさん。噂の『藤崎しほり』さんですよ。これはもう、運命。そう、二人は結ばれるしかない定め」

「これがしほりちゃん、だと……。認めない、俺は絶対認めない……」

 シャモにまとわりついてからかう餌。わなわなと二の腕を震わせるシャモ。そして変わり果てた元顧問の姿に、太ましい体を床にくず折れさせる三元。

 その後ろからひょいとみつるの手がポスターに伸びた。


「あんたいい年して、この尻が見えそうな衣装は何だい。ツイッギーでもあるまいしみっともないよ。それに隣の男。ゴム人形みたいな厚化粧に電気工事のヘルメット。魚網みたいなランニング姿で貧相な上半身を見せびらかして。こんなおかしな男と組んでどうする気だい」

「三元さん、いい加減あきらめましょう。僕たちの知る宗像むなかた先生は、もうどこにも」

「餌、そのぐらいにしておけ。真実は時に残酷だ。三元に受け入れるだけの時間と孤独をやってくれ」

 そして俺にもな。


 肩を落として二階へと上がっていく三元を見送るシャモ。

「ねえ若旦那(シャモ)。そんなにため息ばかりじゃ体に毒だよ」

 その耳元に、竜田川千早改め藤崎しほり(自称)の吐息が吹きかけられた。







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『落研ファイブっ』アナザーストーリー 鈴木裕己(旧PN/モモチカケル) @momochikakeru

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