13-6 五体

「はあああ?!」

「おいおい大女将おおおかみ、いきなりどうしたんだい」

 ザンギリ頭でシャモたちの前に戻って来たみつるに、シャモもうち身師匠も動揺を隠せない。

 対するみつるは、大山のお守り片手に忙しなく店をうろつき始めた。

「そのバリカン借りるよ」

「バリカン?! え、何でこんなものを持ってんだ俺」

 シャモが無意識のうちにカバンから出したバリカンを奪うと、みつるは何のためらいもなく頭を丸めた。


 大山おおやまのお守り片手に般若心経はんにゃしんぎょうを唱えるみつる。その右手からバリカンを差し出されたうち身師匠。

「若様のご無事のためなら、なけなしの毛なんぞ全部阿弥陀あみだ様にお返しするわ」

 うち身師匠は『南無阿弥陀仏』と唱えると、迷いなくバリカンをこめかみにあてがった。


高天原たかまのはら神留座かむづまります――」

 次は新香師匠。いさぎよくカツラを脱ぎ捨てると、側頭部にホンダワラのごとくへばりついた白髪を刈る。


 そして新香しんこ師匠の視線が捉えたのは――。

「自分も、ですか……」

 三元が生まれるはるか前から『味の芝浜』の板場を束ねる板長――通称板さん。

「天にまします我らが神よ――」

 四体の坊主頭から発せられる視線が角刈りの白髪頭を貫く中、板さんは意を決したように白髪頭にバリカンをあてがった。


※※※


 一方その頃三元は。

「ふいーっ。まったくとんだ災難だぜ」

 竜巻警報に先んじて中止された練習試合。八景島から脱出せんとする車列にじれつつ無事帰宅。

 多良橋の車から番重を下ろすと、よっこらしょういちとつぶやきながら首を回した。

「あれ、今日は臨時休業ですか」

 三元の後ろで保冷ケースを抱えた餌が、パンダのような顔をしかめる。


「多分風が強いからのれんを下げたんじゃねえのか。ただいまーっっってばあちゃんっ! 師匠、板さん。みんなどうしたんだよ」

「シャモさん、見損ないました。自分一人だけ坊主なのが嫌で、高齢者のなけなしの髪を問答無用に刈るなんて」


 頭を地にこすりつけるように般若心経を唱えるみつる。南無阿弥陀仏と超高速リピートするうち身師匠。大祓詞おおはらへのことばをひたすらそらんじ続ける新香師匠。十字を切って手を組む板さん。

 そして、『臨兵闘者 皆陣列在前りん・ぴょう(びょう)・とう・しゃ(じゃ)・かい・じん・れつ・ざい・ぜん』とゲーム仕込みの九字を切るシャモ。

 五者五様の祈り方。五体の共通項はただ一つ。

 坊主頭だ。


「ねえばあちゃん。ばあちゃんしっかりしてよ」

「ひいっ。時次ときじ時坊ときぼう。幽霊じゃねえな。本物だな」

 一心不乱に祈りを捧げるみつるの背を撫でると、みつるは骨ばった手で三元さんげんの太ましい体をさすった。


「温かいよ。生きてる、生きてらあ! これも阿弥陀様のおかげだよ」

「神よ! カミよ!」

「本当にお怪我(お毛が)無くっておめでたいよ! これぞ皇太宮こうたいぐうの御力に違いない」

「これで本当の『『大山詣おおやまいり』ってか」

 四人分の髪の毛が散らばった床を見ながら、シャモが坊主頭を一撫でした。


※※※


「まったく、ばあちゃんは気が早くっていけねえや。竜巻警報が出た頃にはとっくに八景島を出ていたってのにな」

「多良橋先生の判断が無ければ、ぼくらもあれに巻き込まれたって事ですよ。三元さん」

 無音のテレビ画面に映る惨状に三元と餌が背中を震わせる。


「そもそも、八景島で練習試合があるのにシャモさんが無理やり大山に行くからこんな事に。この惨状はシャモさんのせいです。シャモさんが『大山詣り』の生霊を呼び寄せたんですよ。反省してください。Understand?」

「No! そもそも『大山詣り』の生霊って訳分かんねえよ。俺は別に、ちょっと確認したい事があってここに来ただけで」

「だったらその手のバリカンは何なんですか。見苦しい言い訳は止めるのです。シャモさんを現行犯で逮捕します」

「おい、刑事キャラは野獣眼鏡(松尾)の専売特許だろ。てかそもそも俺がなんでバリカンを持ってるのかからして分かんねえよ」

 餌にあっさり確保されたシャモは、バリカン片手にマシンガントークを始めた。


「そも、お前らが俺の頭を勝手に刈ったんだろ。俺はお前らと滝沢さんと鶴巻中亭に泊まって。俺が二〇二号室で、滝沢さんとお前らは二〇三号室で。俺は大山詣りに備えて早寝して、それで朝起きたら勝手に坊主になってたんだよ。そんな訳あるか? 二〇三号室にお前らを起こしに行ったら全然知らねえオッサンにキレられて。それでフロントに電話したら俺が最初から一人で泊まってたって。どんなドッキリだよ」

「さあ」

 シャモの熱弁を冷めた二言で受け止める餌の小さな肩を、シャモは全力で揺さぶった。


「もう朝からしつこいんですよ。だって僕らは本当に泊まっていませんもの。ねえ三元さん」

「本当に俺も餌も泊まっていないぞ。そうだよな、ばあちゃん」


「そうともさ。時坊は滝沢さんを秦野はだのに送って、帰りにあんた(シャモ)の知り合いの教授さんに晩飯をごちそうになった。午後九時過ぎには家に戻って来たよ」

 シャモは、坊主頭のみつるを穴が開くほど見つめた。


※本作のシャモが大山で丸坊主にして、『味の芝浜』にいた老人達も丸坊主になりながらお祈りをする流れは(八景島/金沢八景の地名も含め)、落語『大山詣り』のアレンジです。

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