コース料理の話

 ある日、祖母を含めた家族と親戚と思われるお祖父さんとでコース料理を食べることとなった。どこか名のしれた大企業の社長の子供なわけでなく、普段から金銭的な贅沢をしているわけでもない私にとっては初めての出来事であった。


 そもそも、コース料理を食べるという事実を知ったのが、前菜が出てきて「こんなに少ないのか。しかも、主食がないぞ。なんだコレは」と思って母に尋ねたタイミングであったため、なんの予備知識もなしにコース料理に挑むこととなってしまった。


 ましてや、レストランが入っているホテルの玄関からすでにただならぬ雰囲気を感じていたものの、そこに意識を奪われて料理に関してはノーマークだったので完全に不意打ちとなった。


 さて、目の前の状況を説明すると、ランチョンマットのようなものの上に食器と中央にナプキンが置いてある。右手にはナイフとスプーンがある。だが、左手には何故だかフォークが三本もある。しかも、そのうちの一本には指す部分の一部にくびれがついており、謎が謎を呼ぶ事態となった。一体どのようにしてフォークを三本も使うのであろうか。両手と口で持つのは行儀が悪く実用性もないし、ナイフとフォークでお肉を切る要領で二本使うならまだしも、三本なんて人間が使う方法では全くもって想像がつかない。私の腕は二本である。断じて三本ではない。しかもあのくびれは何なのだろうか……


 私が頭の中で困惑していると、母から「ナプキンは膝に敷きなさい」と言われたのでなるほどと納得した。確かに、ナプキンは料理を置くのに邪魔であろうし、何より膝に敷いているのをテレビか何かで見たことがあるような気がする。


 謎が一つ解けてややスッキリした気持ちでナプキンを敷いていると、ホールスタッフの方からデザートは何にするかと聞かれた。デザートの割にはコーヒーやら紅茶など飲み物が多いなと思っていたものの、説明が終わるとまずいことに気がついた。私はコーヒーが飲めない。そして、紅茶も飲めない。したがって、今までの説明に出てきたカフェオレ、エスプレッソ、カプチーノ、あと名前を覚えていない紅茶のたぐいは総じて飲むことができない。


 ピンチである。「コーヒー牛乳なら毎日飲んでるんだけどなぁ……終わったなぁ……」と絶望しつつ「お水だけでなんとかいけるか?」と我が一番の相棒であるお水へ信頼を寄せながら考えを巡らす。すると、スタッフの方が新たな説明をし始め、まさかの、コーヒーなどが苦手な人にはオレンジジュースの代替案だいたいあんがあるということが判明した。


 もう水以外に飲めるものはこれしかない。私は迷いなくオレンジジュースを選択した。周りには私と同じくらいの高校生らしき人はおらず、他のお客さんもあまりいなかったので若干ホッとしたものの、そのあとにはコーヒーを飲めない自分を一人で恥じた。


 ピンチが過ぎ去ってしばらく平和な時間が流れた。コップに水を入れるスタッフの方の手際の良さに驚いたり、窓の外に現れた鳥やリスを眺めながら軽くリラックスしていた。一応言っておくが、このレストランのあるホテルは自然公園のようなところの近くで、庭も大きいのでリスがいたのだ。都会のど真ん中でリスがいたら少し驚きである。


 しばらくすると料理が持ってこられ、例の前菜であるコーンスープ、エビらしきもののキッシュ、豆サラダ、そしてしらすキャベツパスタが出てきた。しっかりした名前は覚えていないがどれもおいしく、ゆっくりと味わう余裕もあり、さすがはコース料理だと感服していた。


 しかし、ここで問題が起こる。一通り食べ終えておいしいなぁと思っていたところに次の料理が出されるやいなや、私は戦慄した。


 直前に聞いたあたりでは鳥の照り焼きと温野菜、魚の何かが出てくると言われていたのでなんとも思わなかったのだが、実物を見ると温野菜の中に私の苦手な野菜が入っていたのである。それも四つも。一つはタマネギ、もう一つはナス、さらにもう一つはブロッコリー、そして最後は何があろうと相入れることはなく絶対に許すまじきトマトである。


 まず、前者の三つは私の中で「食べられないことはないけどあまり食べたくはないもの」のカテゴリに分類される。どれも食感があまり得意でなく味の中にもやや苦手なものを感じるため好んで食べることはない。けれど、食べられないことはないのでこうして出てこられると、私のもったいない精神が残すことを許さないのでなんとか食べている。


 だが、トマトだけは駄目だ。絶対に駄目だ。まず、あやつは生が駄目、焼かれたのも駄目、カレーやハヤシに混じっているあの残骸も駄目なのだ。何かの間違いで皮が口の中に入っても、あやつを見ても、あやつを食べた時の苦しみが軽くフラッシュバックする。この苦しみは筆舌に尽くし難い。


 しかし、私も鬼ではない。ケチャップも食べられるし、ミネストローネも食べられる。最近では皮も少しは食べられるようになったので何年かに一回は、己の成長を信じてあやつとの和解を試みようとするが、その度にあやつは私の口の中を水分で満たし、食感の気持ち悪さを耐えているところをじわじわとあの酸味と味で追い詰めてくる。しかも、あやつは私が吐き出せないことをいいことにそのような戦法をとってくるのだ。あやつの性格が垣間見えるであろう。


 こういった理由であやつとは距離を置いていたのだが、今、こうして仕方なくあやつと対峙している。ここで会ったが百年目、なるようになれと思ってあやつを口に放り込むと、やはりあの苦しみが強く、はっきりと蘇る。息を止め、なるべく味を感じないように噛み潰し、ごくんと飲み込んだ。生きた心地がしない。


 嫌いな野菜四天王を攻略したところからもう私の記憶は残っていない。強いて言うなれば、肉と魚はおいしかったことと安全だと思っていた薄い紫ダイコンに裏切られたことである。その後は五センチメートル四方のケーキと、なぜかすました顔をして出てきた大平原というお菓子を食して、私の人生初のコース料理は終わった。なかなかに波瀾万丈な体験だったので、今度はメニューに怯えず、ただ単にファミレスなどでおいしいものを食べたい。

                               布団

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ただのお話 布団 @fukkafukano

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