王子とツバメと鉛の心臓

みこと。

全一話

 さくっ、さくっ、と、しもごと土を踏みしめる音が、響く。


 灰色の空からはチラチラと雪が舞い落ち、明けきらぬ冬が、凍える寒さを届ける朝。


 ひとりの少年と、ひとりの少女が、スコップを片手に、街はずれのゴミ溜めを掘り返していた。


 さく、さく。


 ふたりの手は止まることなく。


 さく、さく。


 無言で土やゴミをのけていく。

 そして。


「あったぞ! これだ!」


 声がはじけた。


 少年の掘った穴の中に、ふたつに割れた黒いかたまりがあった。


「"鉛の心臓"。ついに見つけた」


 少年は"心臓"と呼んだその物体を、両の手で拾い上げた。


「見事に燃えてませんね」

「うん」


 少女の言葉に、少年は頷く。


「鉛は、溶けやすい物質ですのに」


 少女が不思議そうに首をかしげた。


「これは、僕の"決意"だからね。簡単に溶けるようなものじゃないよ」


 鉛の塊りに目を落とし、少年が言う。


(ツバメを失った後悔ショックで、真っ二つに割れちゃったけどね)


 少年は、前世に思いを馳せた。



 ◇



 "鉛の心臓"のかつての所有者は、"幸福の王子"と呼ばれる黄金きん色の像だった。


 幼子おさなごたちの童話にある。

 街を見下ろす高い塔に設置された、王子像。


 その像は金箔に覆われ、両の目はサファイア。剣の柄はルビー。


 彼は生前、不幸を知らぬ、恵まれた王子だった。

 憂いなき宮殿で過ごし、その死後に王子を模した像が飾られた。

 像となった王子は塔の上から、初めて街の暮らしを目にすることになった。


 病気や貧困にあえぐ人々を知り、涙して、"何とか助けたい"と一羽のツバメに協力を頼んだ。

 ツバメは王子の手足となり、苦しむ人々に王子の宝石の目を、柄飾りを、金色の箔を届けた。


 そうして南に行く時期を逃したツバメは、王子像の足下で命を落とし。

 金がはがれ、みすぼらしくなった王子の像は、高炉に投げ込まれた。


 すべてが溶けたのに、"鉛の心臓"は残ったので。


 それは街の人の手によって、ゴミ溜めに捨てられたのだった。



 ◇



「あの頃の僕は、本当にバカだった」


 少年が言った。


「一番力になってくれて、そばにいてくれた、大切な相手を助けることが出来なかった」


 その目は、隣にいる少女を映す。

 少女は、そんな彼にニッコリとほほ笑んだ。


「でも、私は幸せでしたよ。あなたのお手伝いが出来て。人助けも出来て」


 ふるふると少年が首を振る。


「ううん。駄目だよ。きみを犠牲にしてしまった。挙句あげくふたりとも、"みすぼらしい"と捨てられてさ。……あんなに、街のために尽くしたのに」


 手の中の鉛を、そっと握りしめる。


「僕は二度、失敗した。一度目は何も知らない王子として。二度目は金の像として。一部の人だけを助けて、世の中を救えるつもりでいたんだ。こうしてもう一度"生"を得た今、今度こそ間違えない」


 そして"鉛"に向かって、彼は念じた。



 ──正統なあるじとして迎えに来た。その身をひらき、真の姿を見せると良い──



 ジュワッと鉛が溶け、手からあふこぼれる。

 光沢のある銀色の液体が、ぽたり、ぽたりと地面に落ちて。


 鉛がなくなると、中から青い宝石があらわれた。



 それは、鉄を溶かす高炉程度では燃えることのない、大きなサファイアだった。

 まるで"幸福の王子"の瞳のような。



「これを売って、きみが昔旅した国にあったという、寒さに強い野菜や穀物の種をたくさん買おう。貧しさの前に、皆が飢えて死ぬことのないよう」



 一握りの人たちじゃない。

 多くの人たちを救うために。


 ほんの一時ひとときではなく、皆がながく豊かに暮らせるように。



 サファイアよりも強い輝きが、少年の目に宿っている。

 彼は彼女に呼び掛けた。


「一緒に来てくれる?」

「もちろん! あなたが行くならどこにでも」


 即答した少女は、そっと少年に寄り添った。


「でも私は"良かった"と思ってるんです。こうしてあなたと同じ種族に、生まれ変わることが出来たから」


 少年の青い瞳が驚きに見開かれ、そして嬉しそうに細められた。

 

「ありがとう。僕の愛しいロンディネツバメ 



 さくっ、さくっ、と、薄く積もった雪を鳴らし、少年と少女は歩き始めた。



 やがて春が来て。

 花が咲き、豊かな緑が大地を覆う頃には、少年が買った種も芽吹いていた。


 そしてそれは、近く国中に広がり、大勢の人々の胃袋を満たして、命を救うかてとなった。



 "幸福の王"。


 少年の後世の呼び名である。



 そのかたわらにはいつも、艶やかな黒髪の女性が並び立っていたという──。



 咲く咲く花よ 花畑

 続く未来に確かな春を

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王子とツバメと鉛の心臓 みこと。 @miraca

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