第8話忍者たち2

 ハネたちが3ラボのグラウンドで忍者の訓練をしている頃、上忍紅河サロメは自宅近くの道を歩いていた。この日は休みをもらい友人と会った帰り、これから自宅アパートで母親とゆっくり過ごすつもりだった。他にも、いずれかたをつけねばならない野暮用もあったが、案の定、それは向こうからやって来た。

 黒塗りの大きな車が歩道につけて停まっていて、ガラの悪いのが二人、車体にもたれていて、そのまま歩いてゆくとサロメの前をふさいだ。

「紅河の兄貴のお嬢さんよ、親分がお呼びだぜ」

 サングラスのあばた面が薄笑いで告げ、スライドドアが開く。三人がけの後部座席には既に一人座っている。見るからに質の悪そうな感じのこの男は伊沢。見かけ以上の悪だと、サロメは父親から聞いていた。こんな薄気味悪い連中に車に乗るよう迫られたら、大概の女子高生は声をあげて逃げ出すか、立ちすくむかである。サロメも少し前まで女子高生だったが、平然と乗り込み、後部座席の真ん中にヤクザとチンピラに挟まれて座った。

 車は動き出し、

「大した者になったそうじゃないか」

 伊沢が窓に顔を向けたまま言った。浅黒い肌で、青いシャツの衿元からはタトゥーが覗いている。

「なににもなっちゃいないけど」

 サロメは木で鼻を括ったような態度。

「組の情報力をなめるんじゃないぜ。おまえが政府のサイバーになったってのは先刻承知よ。これからはその力、組のために役立ててもらうぜ」

「寝言はよしてくれる。アンタたちのために働く義理なんて、一ミリだってないけど」

「ケッ、相変わらずかわいげのないガキだぜ」

 伊沢が素早く動いた。サロメにつかみかかり、右手には注射器が握られている。

「てぇめえみたいにしつけの出来てないガキは、まわりの大人がしつけてやらないとな」

伊沢は腕力に任せてグイグイ押してきて、透明な液を滴らせる注射器の針が、サロメの首に数センチのところまで迫る。が、がっしり手首をつかむサロメの腕に抑えられて、それから先に押し切れない。

「・・・・」

 伊沢はサロメの強靭な抵抗力に信じられぬ思いだった。日頃ジムに通い、ヤクザ仲間でも腕力自慢の男である。女など倒すも潰すも手間のかからぬはずであったが、サロメにつかまれた腕が、もう一ミリも動かない。

「クソアマ、おとなしくしやがれ」

 左側のチンピラがつかみかかるが、サロメの肘鉄が顔面にヒット、チンピラをのけぞらせた。

「クソアマ、死にやがれ」

 鼻から血を流したチンピラは、逆上してナイフを取り出すと、怒りにまかせて突きかかるその刹那、サロメの体が沈んで、押しかかる伊沢の腕を頭上に流す、

「ギャアアア」

 伊沢の注射器がチンピラの喉に刺さったのだ。

「しまった」

 注射器の針をチンピラの喉に深々刺して啞然とする伊沢の、注射器にかかった指を、サロメの指がグイッと押して、中の液体を注入した。

「クスリはしっかり打たないとね」

 幼女の面影の残る顔に、悪魔の笑みを刻む。

「クソガキが」

 伊沢はジャケットの下から拳銃を出すが、既にサロメの手にはチンピラのナイフがあり、シュッ、風を鳴らす一振りで伊沢の指が二本落ちた。

「うっ・・」

 伊沢はたまらず声をあげて、拳銃を落とした。

「クソアマ、死にやがれ」

 助手席の男が振り向いて拳銃を突きつけたが、サロメは銃口をかわして男の腕を押さえて、グサッグサッと、何度もナイフを突き刺した。

「ギャアアアアッ」

 男は悲鳴をあげて腕を抱える。服の袖がしとどに赤く濡れた。

「暇つぶしにしてはまあまあの一幕だったけど、アンタたちの血がついてバッチイじゃん」

 サロメは頬についた血をハンカチで拭いた、

「病院に回れ」

 伊沢の命令に、サロメが運転席の男のうなじにナイフを突きつける。

「親分が呼んでるんでしょ。真っ直ぐ行ってよ」

「・・・・」

 運転手は迷ったように目を泳がせる。

「指の縫合なんて慌てなくても、当節クローン技術で新品作れるしね」

 「たしかにな。おかげで指の欠けてるヤクザなんぞとんと見かけねぇ」

  伊沢は、指を苦痛を嚙み殺して笑った。

「だが、病院に回れって言ったのはそれじゃない。ヤスの喉に刺さった注射器だ。妙なところにクスリが入って、このままじゃヤバそうだ」

 サロメは小さく笑い、ナイフを引くと、気を失っているチンピラへと目をやる。その瞬間を狙って伊沢が動いた。いっぱしの悪名を売ってきたヤクザが、指を二本落とされたぐらいで、闘志を萎えさせるものではない。が、それを見越したように、サロメのナイフを握った手が、鞭のしなるように空を裂く。今度は伊沢の左手が指を三本なくし、血まみれの手から落ちたのは小型のスタンガンだった。

「アンタの性根については父さんから聞いてるよ。目の前に死にそうな人がいても、一円落ちてたほどにも気にかけないヤツ。下心もなしに、仲間の心配なんてするわけないよね」

「ケッ、紅河の兄貴も買いかぶってくれるぜ」

 伊沢は、脂汗を吹く顔で笑い、

「組へ直行だ。ヤスの野郎はマジヤバいが、ヤクザの運の分かれ道なんぞこんなところだ」

 クルマは二十分ほどで組に着いた。繫華街にある七階建てのビル。伊沢が車から降りると、迎えに出た組員たちが驚いた。両手が血まみれで、指が何本もない。続いてサロメが降りて、組員たちは血相を変えたが、

「世間に恥をさらす気か、ガタガタ騒ぐんじゃねぇ」

 伊沢が怒鳴りつけた。

「ちと病院へ行ってくる。組長の客人だ、丁重にご案内しろ」

 伊沢が再び乗るとクルマは走り出した。

 ガラスの自動ドアには大きく宇喜村組の文字と下り藤の家紋。潰れたパチンコ店の跡に賃貸で入って、汚い手を使ってビルを丸ごと乗っ取ったと聞いている。

 目を尖らせた組員たちが形ばかりの丁重さで招くのに、サロメは会釈もせず、腕組みして入っていった。

 中はパチンコ店の面影はなく、きれいに改装されてまっとうな事務所に見えなくもないが、たむろしている人間を見れば、ここがまともな場所でないのは一目瞭然だ。サロメが入ると獣どもの視線が集まり、幼さの残る美貌とモデル体型に、生つばを吞み舌なめずる、ギドギドした欲望のまつわりつく。奥に組長室のドアがあり、案内の組員がノックして、客人ですと告げた。

「お通ししろ」

 応えがあってドアを開ける。サロメはドアの左右に人が構えていないか気配をさぐりつつ踏み込む。正面奥のデスクに中年の男姿があった。宇喜村精一。宇喜村組の組長である。

「さっき伊沢から連絡があったよ。アイツなにか勘違いしていたようだな。私はなにも、手荒なことをしてまで連れて来いなどとは命じていないよ」

 宇喜村は片手にスマホを持ったまま、

「まあ、かけたなさい」

 デスクの前の応接セットを勧めた。小さなテーブルを真ん中に、左右にソファー、そしてデスクに相対する主客用の重厚感ある椅子。ソファーには宇喜村組の幹部か、人相の悪いのが三人腰かけていた。サロメは主客用の椅子に腰かける前に、仕掛けがないか確かめた。

「紅河竜二は、宇喜村組ではそれと知られた極道だった。その娘を、罠にかけたりするものかね」

 デスクの宇喜村組長は優しそうに笑いかけるが、この男、いつも目は笑っていない。最初に会った時から、この薄ら笑いには虫酸の走るサロメであった。

「今日来てもらったのは、キミのような二十歳前の女の子に切り出すのも、いささか心苦しいが、なかなか捨てては置けない問題でね。おい」

 親分の声でソファーから一人立ち上がり、デスクに歩いていって一枚の紙を受け取ると、サロメの前のテーブルに置いた。

「竜二が組に作った十五万円の借金の証文だ。こいつをどうにかしてもらいたいと思ってね。キミと里子さんの器量なら、出るところへ出ればそれなり稼げるはずだし、いずれそんな話でもしようと思っていたら、キミがサイバーになったと聞いてね。だったらその能力を使って返済してもらおうと思ったわけさ。まあ、うちとしては、どてらでもいいんだがね」

 宇喜村の薄笑いに合わせて、子分どももニヤニヤ笑う。それにサロメも、おかしそうにプッと吹き出す。

「ガキが、なに笑ってやがる。ナメやがるとただじゃおかねえぞ」

「どうただじゃおかないのさ」

 サロメは平然と返して、ヤクザどもの凶悪そうな視線も歯牙にもかけず、

「一年ぐらい前に、家族で東映だかのヤクザ映画、二百年ぐらい前のヤツ観たけど、ステレオタイプの悪党は、何百年経っても、やること変わんないなと思ってね。こんなの捏造でしょう」

「勝手なことぬかしやがる。コイツは確かにおまえの父親が書いたもんだ。出るところに出て白黒つけたっていいんだぜ」

 息巻くヤクザに、

「だったら、そうしようか」

「な、なんだと」

「たとえソレが本物だとしても、親の借金子供が払えってこの国の法律にはないわけだし、母さんだって自己破産すればチャラでしょ。母娘でナニして返済しろとか、どういう頭のネジの巻き方してるんだっつーの」

」ガキが、つけあがりやがって」

 声を荒らげて立ち上がりかける子分どもにを、

「よさないか、十代の女の子に相手に大人げないぞ」

 宇喜村が止めた、いかにもものの分かった親分気取りだが、コイツが一番汚いのをサロメは知っている。

「しかしサロメちゃん。おまえも利口ぶった口をきくが、それじゃあ渡世の義理が立たないぜ」

「渡世の義理とは笑わせるわね。父さんを半裂組に売ったのがアンタらだってこと、知らないと思ってた」

「竜二の野郎は、とかく粋がりの目立ちたがりで、扱いに困る舎弟だった。売ったのなんのは言いがかりだが、しかしまあ、なにされても自業自得ってもんだぜ」

 ソファーのヤクザが、適当にシラを切って嘲笑う。

「父さんは、意地と男気の極道だった。アンタたちみたいに、陰でコソコソ悪だくみや、汚い商売に手を染めるのは性に合わなかったのよ」

「ガキが、組をコケにしやがるか」

「ガキの戯言に。いちいち騒ぐな」

 宇喜村はしかし、子分ども同様に気に障った表情で、

「だが、こうもしつけが出来てないとなると、俺たちで教えてやるしかなさそうだ」

「!!」

 とっさに椅子から飛び出そうとしたサロメだったが、天井から降り注ぐ電磁パルスの滝に捕らえられた。バチバチと火花を散らす稲光のような光線の滝のの中で、サロメは頭上にかざした左手だけがどうにかコスチュームとなり、頭を直撃から守っていたが、全身がイナズマのような電磁パルスに縛られている身動きが出来ず、これ以上のコスプレもできそうにない。

「ふーん、普通の人間なら一秒で失神してるか死んでるかだが、サイバーってヤツは驚くべき耐性だな」

 宇喜村はデスクを離れてサロメの前にくる。だが、近づき過ぎると自分も、バチバチ火花を散らす電磁パルスにやられるので、一メートルほど前で止まる。

「だが身動きできまい。ガッチリ電磁パルスに絡め捕られているからな。それに、耐性があるといったって、このまま十分もしたら気を失う、そうしたら、たっぷりヤクをぶち込んで、しつけてやろうって段取りよ」

 宇喜村の顔はみだらな欲望にただれ、

「ご相伴にあずからせてもらいやすぜ」

 子分どもも欲望に目をギラギラさせる。

 宇喜村の顔に唾を吐き掛けたいサロメだったが、電磁パルスの縛めに身動きがとれない。それに、たしかにこのままでは気を失いそうだ。

「心配することはないよ。おまえを片付けたら母親もかっさらって来てやる。私はね、前からおまえたち母娘をどうにかしたいと思ってたのさ」

「これと狙いをつけたら、必ずモノになさる。大した才覚ですぜ」

 子分のお追従に、まんざらでもない宇喜村。

 不意にドアが開いた。

「なんだテメェ!」

 番犬が吠えるように誰何する子分に、

「外の子分さんたちが身体検査を済ませています。丸腰ですよ」

 背広の内側を見せて武器のないことを示すと、歩いてくるうだつが上がらなさそうな中年の男、来島であった。

「やあ、紅河くん。すっかり参ってるようだね」

 天井から降り注いで、バチバチと火花を散らす光の網に絡め捕られたサロメは、クモの巣にかかった蝶の如き風情。その顔は電撃の苦痛に耐えていたが、来島の声に応えて笑みを返す。

「見込んだ通りの根性だね」

「テメェなにもんだ」

 宇喜村が、声にもドスを利かせて睨む。

「私ですか。サイバー特課湾岸署の来島という者です」

「サツかい」

「その親戚みたいなものです」

「親戚だか分家だか知らないが、サツがのこのこやってきて、どうこうできる場所じゃない。命が惜しけりゃ失せやがれ」

 ぞんざいにあしらう宇喜村に、来島は営業マンのような笑みで応じる。

「紅河くんは大事な部下なので、連れて帰ります。解放してください」

「あいにくだが、コイツにゃたっぷりやらないことにはしめしがつかないんでね。こっちは都議会の泉北先生とも昵懇なんだ。おまえさんのような小役人の首の一つや二つ、取るのもたやすいことなんだぜ。わかったら、とっとと帰るんだな」

「泉北先生ですか。おたくらとつるんでいたとは、なるほど、悪臭プンプンなわけだ」

 来島は納得のいった顔で、

「しかしですね、これはあなたたちのために、言ってるんですがね」

「俺たちのためだと」

「サイバー特課に所属のフィジカルサイバーは、善良な市民に暴力をふるってはならないのです。それは懲戒処分の対象となります。しかしあなた方ヤクザは善良な市民に含まれません。異義がおありで」

 来島は、宇喜村をはじめとするヤクザの面々の、ムカついてるような顔を眺めわたし、

「今、紅河くんを解放してくれたら、私がなにもさせません。穏便に済ませると言ってるんですがね」

「ぬかしやがれ、コイツになにができるってんだ」

 宇喜村は、来島の提案を一蹴した。

コイツはもう、クモの巣にかかった蝶同然。あとはヤク漬にして、ねっとりじっくり仕込んでやるのさ」

「ハハハ、二十世紀のカストリ雑誌さながらの、そんなお楽しみ企画でしたか。では、これで失礼します」

 来島は踵を返して出口へと歩いていった。が、ドアの前で振り返り、

「そういえば、電力会社からのお知らせで、この界隈の一部の建物建物、メンテナンスのために一分ほど停電するそうです」

「なに」

 宇喜村が聞き返した直後、電源が落ちた。外は昼だが、この部屋は窓にカーテンが引かれて外光の入る隙間も小さく、照明が落ちると物の形もぼんやりとした薄暗がりとなる。

「非常用の電源はどうした。すぐに明かりをつけろ」

 騒いでいるうちに照明が戻った。

「ったく・・」

 ぶつくさ言いながらふいと見やった宇喜村は、飛び上がるほどに驚いた。そこには凛とした佇まいの漆黒のコスチューム。

「てっ、テメェ・・」

 サロメを捕えていた電磁パルスの網も、停電で消えていたのだ。

「乙なもてなしありがとさん。おかげでアンタのゲスな本音も聞けて、母さんのためにもいよいよ捨ててはおけないわね」

「そんな格好をして、マンガのヒーローにでもなったつもりか。蜂の巣にしてやるぜ」

「そっちがそんなものを出すのなら、こちらにも披露するものがあるわ」

「なんだと」

「健さんの唐獅子牡丹じゃないけれど、悪党どもが目ん玉ひん剥く代物よ。離れてないとケガするよ」

 サロメは背中の大刀を抜き放った。一般的な刀剣の鋭さのあるフォルムではなく、メカニカルな感じさえするが、しかし強烈に物騒な雰囲気を醸すソレを、サロメは下段の腰構えから、周囲を薙ぐように大きく一旋させる。ヤクザどもは強烈な波動にしりもちをつき、ビルの壁に亀裂が走り、ソレが大きく一周する。ズッ、微妙な振動がして、

「クソアマ、俺のビルになにしやがった」

 宇喜村がわめく。

「さあね」

 サロメは大刀を背中の鞘に納めた。

「コケ脅かしか。こんな厄介な女は生かしちゃおけない。もったいないが、殺してしまえ」

 宇喜村の命令に応じて、一人のヤクザがサロメの前に立つ。

「そのスーツは硬いらしいが、これならどうかな」

 ヤクザの手には大型のリボルバーがあった。

「500ハイパーマグナム。自動車のモーターでもぶち抜く威力だぜ」

 サロメに向けて号砲を轟かす。まさにハンドキャノンの迫力だったが、サロメの顔面に向けて撃たれた弾は、コスチュームの黒い覆面に跳ね返されて、サロメの頭を小さく反らせただけだった。六発の弾が全て跳ね返されて、

「コイツが通用しないのか」

 啞然とするヤクザ。

「タマ切れ、じゃあ、こっちのターンね」

「えっ」

 サロメの手には十字手裏剣があった。

「ギャア」

 十字手裏剣がヤクザの鼻の横に突き刺さる。棒手裏剣よりは殺傷力に劣るとはいっても、こんなのが顔面に三四センチの深さで刺さってはたまったものではない。ヤクザは顔を押さえて床にのたうち回る。

 部屋には、ビルの中にいた宇喜村組のヤクザどもの何十人と駆けつけて、サロメは群がるヤクザどもに手裏剣を投げつける。顔に飛んできた手裏剣を防ごうとしたヤクザの指がスパッと切れた。手裏剣は次々とヤクザどもに命中して、あちこちで悲鳴があがる。フィジカルサイバーのコスチュームには通用しないが、普通の服装の相手には十分な威力である。しかも致命傷になりにくいので遠慮なしに投げられる。ヤクザたちは、なにしろマグナムも効かない相手なので、拳銃を撃つ間も惜しんで我先にに逃げ出し、残ったのは親分の宇喜村一人となった。

「待て、もうおまえたち母娘には手を出さない。誓約書だって書く」

 宇喜村はデスクに走り、ペンと紙を手にして見せた。

 サロメは無言で、こっちに来いと、指で招く。恐る恐るやって来た宇喜村の手からペンをひったくり、

「アンタたちに誓約書何百枚書かせたって、そんなもん鼻紙代わりにしかならないでしょ」

 サロメは宇喜村の右手を取った。華奢な体型からはとても想像出来ぬ、忍者となったサロメは屈強の男もねじあげる腕力で、細くしなやかな指が万力のように締まり、宇喜村は悲鳴をあげた。

「だから紙じゃなくて、こっちに記すのよ」

 宇喜村の手をテーブルに押さえつけて、手にペンを突きたてる。

「うぎぁあ!!」

 悲鳴をあげた宇喜村は、放された右手を見る。手のひらをペンが貫通していた。「私たちに何かしたくなったら、その手を見ることね。次は額に突き刺さることになるわよ」

 サロメは言い捨てて部屋を出た。ビルを出るときには、忍者コスプレを解いて、来た時の服装に戻っていた。

 外に出ると数人が、宇喜村のビルを見上げて話していた。

「このビル、おかしくない」

「一階と上が微妙にズレている気がする」

「手抜き」

「さあ」

 そんな会話を聞き流して歩いていると、来島が待っていた。

「よう」

 陽気に声をかける来島に、サロメはおじぎをした。

「電気を停めてくれたんですね」

「キミにだってそれぐらいできたろう」

「どうですかね」

 上忍であるサロメには、ネットワークシステムに干渉するスキルがある。そして一部でもコスプレしていたら、スキルは使用可能である。だが、あの状態で電脳空間に意識を飛ばして、送電システムに介入できたか自信がない。

「ビルからヤクザどもが、血まみれになって飛び出してきたのはケッサクだったぜ。しかし、ビルを丸ごと薙ぎはらうとはな」

「武器の力です」

「だが、その武器を扱えるのは、紅河サロメただ一人だ。どうだい、メシでも食べに行くか」

「せっかくですが、母が待っていますので」

「そうかい。じゃあ今度、ハネたちも一緒に食いに行こう」

「・・・・」 

 サロメは一礼して歩きだした。その後ろ姿を見送りながら、

「とにかく、湾岸署のサイバーチームは君を中心にやって行くしかない」

 華奢な体に重荷を背負わせるのも済まなそうに、来島はつぶやくのであった。







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フィジカルサイバー忍者アーツ 七突兵 @miho87

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