第16話:マホロ:人間界最後の日を過ごす。
「──マホロちゃん、それってどういうこと!?」
ハルカの泣きそうな声を横目に、私はまほう界のオキテについて話した。
人間界でまほうを使ったまほうつかいは、一生国を追放されてしまうこと。
まほうを知ってしまった人には、すべての記憶が消されるということを。
「そんな……!」
「でもね、後悔はしてないよ!だってハルカやこの学校のみんなを助けられたんだから!」
「でも!」
「ただ……っ、ハルカも、マオくんも、同じクラスのナズナやアスカも、私にとってはじめてできた友達なの。そのみんなが、突然私の記憶をなくしてしまうことが……すごくつらいだけ」
記憶を消されてしまったら、私が『おはよう』と声をかけても、もう誰も返事を返してはくれない。
ハルカとなにかあるたにび音楽室でおしゃべりしたことも、一緒にお助けクラブの活動をしていたことも、二人で遊んだことも、全部なかったことになってしまう。
それがたまらなく悲しいんだ。
「……俺たちは忘れないよ、マホロ」
悲しくて、寂しくて、だけどこればかりはどうしようもなくて、顔を俯いていると、マオくんの力強い声が聞こえてきた。
「マホロと過ごした期間は一ヶ月くらいだけど、それでも絶対思い出してみせる」
「わ、わたしもだよマホロちゃん!たとえマホロちゃんとの記憶を消されても、クラブ活動のときとか、音楽室に来たときとか、マホロちゃんとの思い出がたくさんある場所で絶対思い出してみせるから!」
「……ハルカ」
「わたし、マホロちゃんのこと大好きだもん。絶対絶対、思い出すんだから」
「俺たちは、マホロのことを絶対にわすれないから」
私は幸せ者だ。
こんなことを言ってくれる人に出会えることができて。
「……ありがとう、二人とも」
だから、なにが起こってももう大丈夫。
本気でそう思えた。
「──マホロや、起きたのかい!」
そのとき、理科実験室の入り口から聞こえた、私を呼ぶ声。
……おばあちゃんだ。
おばあちゃんがここへきたということは、いよいよ記憶の抹消とまほうの証拠が消されるときが来てしまったということだ。
私の罰が……下されるとき。
***
私は呼ばれた声にそっと振り向く。
「おばあちゃん……って、えぇ!?」
おばあちゃんのとなりには、なんとお母さんも一緒にいた。
「お、お母さん!?」
フェアリス王国の女王様であるお母さんが、まさかここに来ているだなんて思いもしなかった。
「……マホロ」
その声に、私は咄嗟に目をつむって備えた。
きっと、人間界でまほうを使ったことを咎められるに違いない。
ものすごく叱られるんだっ。
「……よく、人間界のみんなを救ってくれましたね」
「え?」
だけど、お母さんの口からは私を叱咤する言葉は出てこなかった。
「体調はどうですか?まほうの杖を持たずにまほうを使ってしまったから、きっと魔力が分散して少し眠ってしまったようですね」
「……おかあ、さん?」
「キセキのカケラを本当に百個集めたのですね。よくがんばりました、マホロ」
「お母さんっ」
怒られるんだって、思っていた。
これまで以上に怒られるんだって覚悟していたのに。
予想もしていなかったお母さんの優しい言葉に、また涙がポロポロと溢れてしまった。
私は思わずお母さんの元へ駆け寄って、思いきり抱きしめながら泣きついた。
……あぁ、今日の私はまるでハルカみたいに泣き虫だ。
強いまほうつかいでいたかったのに。
立派な女王様に……なりたかったなぁ。
「マ、マホロちゃんのお母さんですか!?」
私がみっともなくグスグス泣いていると、ハルカが怯えたように声を振るわせながらお母さんに声をかけた。
「えぇ、そうです。マホロの母親です」
「あ、あの!わたし、マホロちゃんと友達の前野ハルカって言います!えっと、マホロちゃんを元いた国に返してあげてください!」
そして、お母さんに向かって大きな声でそうお願いした。
「……ハルカ?」
「マホロちゃんはみんなのためにまほうを使ってくれたんです!確かにオキテを破ってしまったかもしれないけど、でも、マホロちゃんは悪くないんです!」
「俺からもお願いします。マホロのおかげで、学校中のみんな助かりました。だから、どうかマホロの将来の夢のためにも、まほうの国に帰らせてあげてください」
「マオくんまで……っ」
私が諦めていたことを、ハルカとマオくんが頭を下げてお願いをしてくれた。
……でも、きっとそれは許されない。
二人のその気持ちだけで、私は十分に嬉しいから。
「……素敵なお友達を持ちましたね、マホロ」
「うん」
「ハルカちゃんに、マオくん。マホロがまほうつかいだということを誰にも言わないと、約束できますか?」
「は、はい!絶対の絶対に誰にも言いません!」
「もちろんです!絶対、誰にも言いません!」
「三人の秘密ということにできますか?」
「「はい!」」
ハルカとマオくんの声がシンクロした。
「──分かりました。今回のマホロの行いを、すべて許します」
「──え?」
「わぁ!よかったよマホロちゃん……!」
私、今……許されたの?
人間界でまほうを使ってしまったのに?
重大なオキテを、破ってしまったのに?
「お母さん……私、本当に許してもらえるの?」
おそるおそるお母さんに尋ねると、お母さんはにっこりと微笑んだ。
「えぇ、もちろんですよ」
「な、なんで!?私、オキテを破っちゃったんだよ!?許されないこと、したのに……っ」
「マホロががんばって一生懸命に集めたキセキのカケラを、自分の帰国のためではなく、すべてを投げ打って他の人を助けてあげた、その心意気に免じて……です」
「……っ」
「立派になりましたね、マホロ」
そう言って、お母さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
「うぅ……っ、うわぁん!よかったよぉ〜、フェアリス王国に帰れるんだっ」
お母さんのその言葉を聞いて、これまで必死に我慢していたものが途端にあふれ出てきてしまった。
フェアリス王国の女王様になりたいって夢も、諦めなくていいんだ。
まほうの勉強も、まほう鳥のお世話も、またできるようになるんだ……!
──私、フェアリス王国に帰れるんだ!
それになにより、ハルカやマオくんたちに忘れられることもないんだ!
「よかった……っ、みんなとまた、友達でいられるんだっ」
嬉しさと、喜びと、安心と、それからいろんな思いが私に押し寄せてくる。
「よかったね、マホロちゃん!」
「うんっ。ハルカもマオくんも、お母さんにお願いしてくれてっ、ありがとうっ」
涙のせいで、もう顔がびしょ濡れだ。
それでも構うことなく、私は思いきりハルカとマオくんのことを抱きしめた。
「マホロ?お母さんはもう少し人間界でやらなければならないことがあります。リリアとも話をしなければなりませんからね」
「……あ、そうだね」
「それまでに、素敵なお友達にお別れをしておきなさいね」
そう言って、お母さんとおばあちゃん、それからリリアは別の場所へ去っていった。
──お別れ。
改めて二人のほうへ振り返ると、ハルカもマオくんも同じように私のほうを見ていた。
「マホロちゃんとのお別れはすっごく寂しいけど、でも……っ、マホロちゃんの女王様になりたいって夢を、わたし、応援するからね!」
いつものハルカなら、間違いなくここで泣いてしまうはずなのに、今は一生懸命に堪えている様子が見え見えだった。
「わたしね、マホロちゃん!マホロちゃんみたいに、強い女の子になるよ!」
「ふふっ、なれるのかなぁ?」
「うん!泣き虫をなおして、マホロちゃんみたいになるの!」
“お別れ”
本当はこれからだってずっとハルカとマオくんと過ごしていきたいけど、私はまほう界に帰らなくちゃいけない。
「──マホロ、俺たちまた会えるよな?」
マオくんのその言葉に、私は大きくうなずいた。
「……もちろんだよ!」
人間界へ行けるまほうつかいは、そう多くはない。
まほうの存在が知られるわけにはいかないから、なるべくこの二つの世界は関わり合いを持たないようにしている。
でも、わたしはいつか、絶対にハルカやマオくんたちに会いに来る。
「私がすっごく偉いまほうつかいになったら、また人間界へ来られるから!そのために私、これからもがんばる!だから私のこと、忘れないでね?」
「当たり前だよ!ずっとずっと、待ってるからねマホロちゃん!」
「……それでね、マオくん」
そして、もしもまたマオくんに会えたら……そのときは、マオくんに伝えたいことがある。
でも、それは今はまだヒミツだ。
「二人とも、わたし、また絶対人間界に来るからね!」
「うん!マホロちゃんのこと、いつでも待ってるからね!」
「……マホロ、向こうでも頑張って」
「──ありがとう、二人とも!」
***
こうしてわたしは、無事にまほうの国『フェアリス王国』に帰ることができた。
まほうアカデミーに帰ってきてからも、やらなくちゃいけないことはたくさんある。
まずはエリスとパーラに変身まほうを使ってしまったことを謝ること。
そして、いつも強い言葉できつく当たっていた人たちに優しくすること。
人間界の友達から教わってきたことを、私はこれからも大切にしたい。
十年後の自分に宛てて書いた手紙を見て、“十歳のマホロ”が思い描いていたとおりの大人になるために。
そしていつか、ハルカやマオくんたちに会えたとき、今よりももっともっと成長した姿を見せられるように。
「──よーし!今日から私、まほうつかいのマホロは頑張るんだから!」
【完】
まほうつかいのマホロちゃん!〜マホロ、人間界にやってくる!〜 文屋りさ @Bunbun-Risa
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