第15話:マホロ、マオくんとの最初の出会いを知る。
私はわざと、残り一つとなったキセキのカケラを集めていなかったんだ。
まだ、人間界にいたかったから。
ハルカやマオくん、それからナズナやアスカたちとお別れするのが嫌だったから。
もう少しだけ、みんなと一緒にいたかったら。
そんな私の甘えのせいで、今、大切な人たちを救ってあげられない。
「一つ、足りない……っ」
唯一みんなを救ってあげられる方法だったのに。
体中の力が抜けて、その場に座り込む。
どうしようっ。
これから急いで一つのカケラを集めるにしても、みんな倒れてしまっているせいで、誰かからキセキのカケラを集めることすらできない。
涙がジワリと目尻にたまる。
情けないよ。本当に自分が情けない。
「……ねぇ、マホロ。これ使える?」
そんな私に、そっと声をかけてきたマオくん。
「え?」
そして私の元へ、スッと手を差し出した。
マオくんが私に手渡してきたのは、なんとキセキのカケラだった。
「ど、どうしてマオくんが?」
「何度聞いても思い出せないようだから、仕方ないから教えるか」
そう言って、マオくんは人差し指でそっと私の涙を拭いながら言った。
「俺たち、実は一度会ってんだよ。五歳のとき、この街で」
「えぇ!?」
それは、私が忘れていた記憶の話──。
***
「──つ、つまり私は今から五年前に一度出会ってるってこと!?」
「そう。俺が一宮小学校から見えるあの丘で迷子になってたとき、突然やってきたのがマホロなわけ」
今から五年前、それは私とマオくんが五歳のころの話。
それは私が人生ではじめて、フェアリス王国の女王様であるお母さんと一緒に人間界へ降りた日の話だった。
「俺、五歳のときにこの街に引っ越してきたばかりでさ。一人で街探検をしてたとき、うっかり丘の上まで来て迷子になってたんだよ。そのときマホロが『大丈夫?』って怯えながら声をかけてくれたってわけ」
「そう、だったんだ……。私、全然覚えていなくて」
「俺はあのときすごいマホロに救われてさ。このまま一生家に帰れなかったらどうしようって怖くなってたとき、マホロが『アブラカタブラ』のおまじないを教えてくれたり」
「……!」
だからマオくんは、あのおまじないを知っていたんだ!
……って、あの呪文を教えたのは私だったの!?
「迷子になって怖がってたときに、マホロがいろんな話をしてくれたんだよ。自分は将来、女王様になるのが夢なんだって。だから強くて立派なまほうつかいになるって」
「ま、まほうつかいになるって言っちゃったの!?」
「あぁ。最初は俺も信じられなかったんだけど、暗くなってきたとき、マホロが光のまほうを使って周りを照らしてくれたから、信じられたわけ」
「私ってば……っ。五歳のときに重大なオキテを破っちゃってたのね……」
マオくんは当時の記憶を呼び起こしながら、一つずつ私に話してくれる。
「それで、まほうっていう存在を信じることができた。あとは、コレのおかげ……かな」
そう言って私に見せてきたのが、マオくんが持っていたキセキのカケラだった。
「マホロが迷子になっていた俺を助けてくれたときに出てきたカケラ。マホロと別れるとき、マホロがこれをくれたんだよ。今見たことは二人だけのナイショだって。まほうのことは誰にも言わないでねって」
その話を聞いて、どうしてマオくんにだけキセキのカケラが見えていたのか、ようやく理解した。
五歳のとき、マオくんは私の光まほうに触れてしまっていたからだ。
だからキセキのカケラが見えていたんだ。
「あの出会いから五年経って、マホロが転校生としてきたときに驚いてさ。だから最初に聞いたんだよ。“俺たち、どこかで会ったことある?”って」
「そう、だったのね!?」
「マホロは覚えていなさそうだったし、まほうつかいだってことは隠してたみたいだから、なにも言わずにいたんだけど」
すべて納得した。
まさか、“まほうつかいの私”を知っている人が同じ小学校にいるだなんて、思いもしなかった。
「だからこれ、使えるなら使って」
マオくんはそう言って、キセキのカケラが入った小瓶の中に自分のカケラを入れた。
マオくんが今までずっと持っていたキセキのカケラを入れた途端、小瓶に表示されていた数字がゼロになった。
その途端、キセキのカケラの一粒一粒が強い光を放った。
「わっ!眩しい……!」
思わず顔を背けてしまうくらいの光が、不気味な理科実験室を輝かせる。
そしてもう一度カケラが入っていた小瓶を見ると、そこには金色に輝く大粒のストーンが入っていた。
「(これが、キセキのストーン)」
……あぁ。これでみんなを助けてあげられる。
私はグッと力を込めて、覚悟を決めた。
体中に巡るまほうの力を集中させて、ストーンに向けて放った。
「──キセキのストーンよ、お願い!フコウの鏡の中に閉じ込められたハルカを……っ、黒まほうのせいで倒れたみんなを……っ、どうか、助けてください──!」
***
「──ちゃん」
……うん?
「……ホロちゃん!」
あれ、ハルカの声……?
「──……ホロ」
今度は、マオくんの声?
あれ?
私、なにしてるんだっけ──。
重たいまぶたを、ゆっくりと開いていく。
すると、それまで真っ暗だった視界が、少しずつオレンジ色の夕焼け空を映した。
理科実験室の窓からのぞいている夕焼け空が、とてもきれいだった。
「マホロちゃん!」
「マホロ、起きたの?」
「……ハルカに、マオくん?」
そんなきれいな空を遮るように私の顔をのぞき込んできたのは、大量の涙を浮かべているハルカと、心配そうにしているマオくんだった。
……あれ?
ハルカは確か、『フコウへ誘う鏡』の中に閉じ込められていたはずじゃ?
……あれ?
そういえば私、キセキのストーンに──……。
「──って!!ハルカ!!」
そこまで考えて、私はこれまでのすべてのことを思い出した。
そうだ。
私はマオくんからもらった最後のキセキのカケラを集めて、そしてストーンに変えてお願いしたんだった!
ハルカを助けてくださいって。
学校で倒れたみんなを元に戻してくださいって。
「じゃ、じゃあハルカがここにいるってことは……」
「マオから話は聞いたよ!マホロちゃん、助けてくれてありがとう!」
「マホロがその小瓶になにかを言った瞬間、いきなり倒れるからびっくりしたんだぞ」
「ご、ごめんマオくん……」
「もう体調は平気?どこか痛いとかない?」
「私は平気!それよりみんなは!?一宮小学校のみんなはどうなったの!?」
いつの間にか床で眠っていた私は、いきおいよく体を起こした。
そして一番に見つけたのは、私のとなりで転がる小瓶だった。
キセキのストーンのお願いを使ってしまったせいなのかな。
カケラが入っていたときのキラキラ感は微塵もなくて、今では抜け殻のように色のない灰色の石ころだけが小瓶の中に入っていた。
「キセキの、ストーン……」
このストーンにしようと思っていたお願いごとは、本当はもっと別のことだった。
フェアリス王国に帰らせてくださいって、そうお願いするつもりだった。
そのために、一生懸命にキセキのカケラを集め続けてきたんだ。
「マホロがまほうを使ってお願いしたとき、このストーンが光り輝いた瞬間にあの例の鏡が割れてハルカが出てこられたんだ」
「……」
「あと、学校のみんなも、今はもう目を覚ましてる」
「……そっかぁ。なら、よかった」
「それに、学校にマホロのおばあちゃんがきてるぞ」
「え、おばあちゃんが!?」
「あぁ。目覚めたら呼びにきてほしいって言ってた」
──そっか。
おばあちゃんがきてくれたなら、もう安心だ。
そう思うと、なんだか肩の荷が降りたように、途端に体の力が抜けていく。
「マホロちゃんって、まほうつかいだったんだね!」
「あ……っ、えっと」
「かっこいいなぁ!わたしを助けてくれてありがとう!」
ハルカは元気な声でそう言って、いつものように私にギュッと抱きついた。
ハルカのそんな元気な姿を見て、心の底から安心できたんだ。
「それと、ごめんなさいマホロちゃん」
「え?なんで謝るの?」
ハルカは私に抱きついたまま、今度はシュンとしながら謝った。
「わたし、音楽室でマホロちゃんに八つ当たりしちゃってでしょ?ずっと後悔してたの。早く謝りたいって、ずっとずっと思ってたの」
「……ううん。いいのよ。それよりハルカが無事で本当によかった」
私、みんなを助けられたんだ。
本当によかった。
本当に本当に……っ、よかったよ。
でも、これからきっと、ここへフェアリス王国の偉い人たちがやってくる。
今回の件で、私は重大なオキテを破ってしまったから。
“人間界でまほうを使ってはならない”
“まほうを使ったまほうつかいは、人間たちの記憶から抹消され、そしてフェアリス王国に帰ることはできない”
「(私はもうすぐ、ハルカやマオくんたちに……忘れられちゃうんだ)」
フェアリス王国にも戻ることはできなくなる。
つまり、フェアリス王国の女王様になるっていう夢も……もう叶えられないんだ。
「……うぅっ」
「マ、マホロちゃん!?」
「ご、ごめん!なんでもない!」
そう思うと、悲しくてたまらない。
ハルカたちを助けたことに一ミリも後悔なんてしていないのに、それでもみんなが私のことを忘れたり、まほう界へ帰れないんだって思うと涙が止まらなくなった。
それまでグッと堪えていた涙が、大粒の雫となってこぼれ落ちる。
「……ごめんね、二人とも。私、ずっと嘘ついてたの」
「え?」
「私ね?本当はお父さんとお母さんの都合で海外にいたわけじゃないの。本当はね、『フェアリス王国』っていうまほうの国で、重大なオキテを破ってしまって……追放されたの」
ハルカもマオくんも、どうせ私のことを忘れてしまうなら、せめて私のことを覚えてくれている今、ちゃんと本当のことを伝えておきたかった。
私のことが憧れだと言ってくれたハルカには特に、ごめんなさいという気持ちでいっぱいだ。
「私、まほうの国では友達が一人もいなかったんだ。いつも強がって、一番じゃなくちゃイヤで、まほうアカデミーのみんなから、嫌われてたの」
でも、そんな私に、人間界のみんなは親切にしてくれた。
一緒に給食を食べることや、放課後グループになっておしゃべりすることが、こんなにも楽しいことだったんだって、教えてくれたんだ。
ハルカと二人で放課後のお助けクラブの活動をすることも、音楽室でピアノの演奏を聴くことも、全部がたまらなく楽しくて。
これからみんなは私のことを忘れてしまうけど、私はずっと覚えておくよ。
泣き虫ハルカのことも、いつも姿を見るたびに心臓がドキドキしてしまうマオくんのことも。
ナズナにアスカ、ユリに、それから私と仲良くしてくれた全員、一生私が覚えておくから。
「だからね?本当はハルカの気持ち、ちゃんと分かってたよ。友達がいないって、つらかったよね。寂しかったよね。一番になれなかったときの悔しさも、全部……私も経験したからわかるよ」
「マホロ、ちゃん……」
「それなのに、私、嘘ついてごめんね。本当の私は、ハルカに憧れてもらえるような存在なんかじゃ……ないの」
ハルカに本当のことが言えて、少しだけ心が軽くなった。
ハルカはそんな私の嘘を知って、怒るかな。悲しむかな。
「ハルカもマオくんも、本当に……ごめんね」
「──謝らないでよ!」
いくら経っても止まってくれない涙を隠すように顔を下へ向けたとき、ハルカの強い声が耳に届いた。
「わたしはどんなマホロちゃんも大好きだし、これからもずっと憧れの存在ってことも変わらないよ!音楽室で一人で泣いていたわたしを助けてくれたのは、マホロちゃんだもん!」
「……ハルカ」
「鏡の中に閉じ込められたときも、助けてくれたのはマホロちゃんでしょ!?わたしは、過去のマホロちゃんがどんな子でも、大好きで、大事なお友達だってことに変わりはないんだから!」
ハルカからの予想もしていなかった言葉に、私は大きく目を見開いて顔を上げた。
私の本当の“マホロ”を知っても、嫌わないでいてくれるの?
それでもまだ、友達だって言ってくれるの?
嬉しくて、余計に涙があふれてくる。
以前、ハルカが嬉しくても泣いてしまうんだよと言っていた言葉の意味を、私ははじめて理解した。
「マホロ、もう泣かないで」
「マオ、くん……」
「五歳のときに出会ったマホロも、今のマホロも、俺は好きだよ」
「……え?」
──す、好き?
今、マオくんは好きって言ったの?
「アハハ!マオ、今マホロちゃんに告白したの!?タイミング違うよー!」
「今言わないと、もう一生言えない気がしたから」
あのマオくんが、私のことを?
無意識のうちに、キューッと顔が赤くなっていくのが分かった。
「マオね、ずっと言ってたんだよ!五歳のときに出会った女の子にもう一回会いたいって!まさかその女の子がマホロちゃんだったなんて、まるで運命みたいだね!」
「ハルカは黙ってて」
「だって、わたし嬉しいんだもん!幼なじみのマオと、大好きなマホロちゃんが仲良くなってくれるの!」
「……」
「また三人で、これからもたくさん思い出つくろうね!」
「……っ」
──ごめんね、二人とも。
その思い出の中に、私はもう……入ることができないんだ。
「私はもう、みんなとはいられないんだ」
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