第14話:マホロ、みんなを助けるために決断をする。


 「──ハルカを、鏡の中に閉じ込めたぁ!?」


 「そうだよ?この鏡の中に閉じ込めて、ずっと悪夢を見させるの。そうしたらもっともっと効率よくフコウのカケラを集められるから」


 「いい加減にしてよ!返して、ハルカを返して!」


 ハルカはピアノの発表会のことやお守りを落としたことで、ずいぶんネガティブになってしまっていた。


 だからきっと、この『不幸を誘う鏡』の力の影響をたくさん受けてしまったんだ。


 私、ハルカに言わなくちゃいけないことがあるんだ。


 仲直り、しなくちゃいけないのに。


 「返してあげないよ?あたしはフコウのストーンにお願いしたいことがたくさんあるんだから」


 「ハルカは関係ないでしょ!?人間界の人はまほうが使えないから、何倍もまほうの影響を受けてしまうって習わなかったの!?」


 「関係ないよ、そんなこと!これまであたしをバカにしてきたまほうアカデミーのみんなを、フコウのストーンを使って見返してやるんだから!」


 「みんなを、見返す……?」


 リリアの怒りが、ヒシヒシと伝わってくる。


 ものすごい怒りの裏には、苦しみや悲しさも一緒についてきているみたいだった。


 「あたしのこの目、真っ赤でしょう?みんなこの目を見て、あたしのことを悪く言うの。黒まほうつかいだ、悪い魔女だ、怖い、嫌い……って」


 「そんなっ」


 「みんな、そんなことばっかり言うの……」


 そう言ったリリアは、かつて私が抱いていた感情と同じものだ。


 まほうアカデミーのみんなからからかわれて、黒まほうつかいだって言われて、友達が一人もいなくて、孤独だったころの私にそっくりだった。


 「だからあたし、決めたの。いつか、絶対にあたしのことをいじめてきたヤツらに仕返ししてやるんだって。見返してやるんだって。そのときにたまたま知ったのが、フコウのストーンのこと」


 リリアが話す一言一言に、たくさんの気持ちが詰まっているような気がした。


 怒り、苦しみ、それから……悲しみも。


 「人間界に降りて、少しずつ人を不幸にしていくのは大変だったよ。だから鏡を使って効率よくカケラを集めてたのに……マホロちゃんがきたせいで、台無しじゃない」


 「なにを言って……」


 「マホロちゃんはまほうの国を追放されたんでしょ?だってマホロちゃん、まほうアカデミーでお友達が一人もいなかったもんね」


 「なんで、知ってるの?」


 「あぁ、言ってなかった?あたしも同じまほうアカデミーにいたんだよ?マホロちゃんより二つ年上だから、まほうアカデミーの六年生だったの」


 「そんなっ」


 同じフェアリス王国の出身だったんて。


 「ねぇ、マホロちゃんにも恨めしい人っているでしょ?一緒にフコウのカケラを集めて、これまでからかってきた人たち全員、懲らしめてやろうよ!」


 「──いやだよ!」


 最初は私も、リリアと同じ気持ちを持っていた。


 エリスとパーラのことを憎んでいた。


 いつも黒まほうつかいだって言われて、すごくつらかった。


 真っ黒な髪の色を見て『悪い魔女だ』ってからかわれたり、変身まほうや姿を消すまほうが得意だって知られると、みんなからヒソヒソ言われてきた。


 私のことを人間界に降ろしたお母さんのことも、許さないって思っていた。


 人間界にきて、ナズナやアスカたちに親切にしたのだって、最初はキセキのカケラを集めるためだった。


 「(……でも、今は違う)」


 みんなからもらえる『ありがとう』って言葉が嬉しくなった。


 友達だよって言ってもらえることに、感謝した。


 今までいろんな言葉を言われて傷ついてきたけど、言葉っていうのは心をあたたかくしてくれるものでもあるんだって、人間界のみんなが気づかせてくれたんだ。


 「私はもう、誰も恨んでなんかいないよ」


 「嘘だ!思い出してみてよ!つらかった記憶は、どんなに頑張っても消えてはくれないんだ!傷つけられた心は、ずっとずっと治らないんだから!」


 「だからって、同じように相手を傷つけたら、リリアの傷は治るの?」


 「……っ」


 「からかってきたり、いじめてきた人たちと、同じようなことを……ううん。それよりももっとひどいことをしても平気なの?」


 「う、うるさい!あたしはもう決めたの!フコウのカケラを百個集めて、ストーンに変えて、みんなを……っ、あたしのことをバカにしてきたヤツら全員を、呪ってやるんだ!」


 リリアの悲痛の声が、理科実験室に大きく広がっていく。


 ──ドンッ、ドンッ。


 そのとき、例の鏡の中からドンドンと叩く音が聞こえた。


 そしてその音と一緒に、ハルカの鳴き声がかすかに聞き取れた。


 「……ハルカ!?」


 「……してっ。出して!ここから出してよぉ!」


 私はハルカのその声に、急いで鏡の前まで駆け寄って中を確認する。


 すると、鏡の中には本当にハルカが閉じ込められていた。


 「ハルカ!?ハルカ、聞こえる!?」


 「怖いよぉ〜!誰か、助けてよー!」


 「ハルカ!」


 どれだけハルカの名前を呼んでも、向こうには届いていないのか、ハルカはただ鏡を内側から叩きながら泣いていた。


 「マホロちゃんに会いたいよ〜!大きな声で怒ってごめんねって、言いたいのに……っ。仲直りして、お泊まり会だって、恋バナだって、まだまだやりたことがたくさんあるのにぃ」


 「……ハルカ」


 「無駄だよ?このハルカちゃんが残りのフコウのカケラを生み出すまでは出られないようになっているんだから」


 「……ハルカを戻して」


 「だからぁ、あたしには無理。閉じ込めることはできても、途中で出てくる方法は知らないんだもん」


 「いい加減にしてよ!こんなことして……っ、リリアをいじめてきたどんな人より、リリアが一番の悪者じゃない!」


 「……」


 「こんなことやってたら、いつか、大人になったときに後悔するよ?知らないの?一度でもまほうで呪いを使ったら、本物の悪い魔女になっちゃうんだよ?」


 「……別に、いいし」


 「リリアのことをいじめてきた人たちの言ったとおりになっていいの?」


 「……っ」


 「ダメじゃん!いじめっ子たちのことを本当に見返したいなら、誰よりも立派になって、みんなが羨ましがるような良いまほうつかいにならないと!」


 「やめて、聞きたくない」


 「瞳の色が赤くても、誰になにを言われても、良いまほうつかいでいなくちゃ!リリアのことをいじめた人たちが羨むくらいの強くて立派なまほうつかいになることが、一番の仕返しじゃない!」

 

 「聞きたくないっ」


 「友達なら、私がなってあげる。フェアリス王国に帰ったら、私がちゃんと味方でいるよ。だから……っ、私の大事な人間界の友達を返してっ」


 リリアに、心の底からお願いをした。


 ハルカを一刻も早くこの鏡の中から出してあげなくちゃ。


 「マホロちゃんが、友達に?」


 「そうだよ。友達って、すっごく素敵な存在なの。友達がいれば楽しいことは何倍も楽しいって思えるんだよ?逆にね、つらいこととか、悲しいことを話せば……不思議と心が軽くなる」


 「……」


 「人間界に来るまでずっと一人ぼっちだった私は、はじめて気づいたよ。だからリリアも、これからそういういろんなはじめてを感じてみてよ。周りに味方がいるって……すごく心強いんだから」


もしもハルカやマオくん、それから同じクラスのナズナたちがいなかったら、きっと私はこんなふうに思うことはできなかったと思う。


 もしかしたら、リリアと同じように悪い魔女の道に進んでいたかもしれない。


  「でも、もう遅いよ……っ。あたし、人間界で黒まほうを使ったし」


  「まだ間に合う!ハルカをここから出して、まほうの国で正直に話せばきっと……っ、まだ元に戻れる可能性はある!でもこのまま黒まほうを使っていたら、本当に戻れなくなるよ!?」


 黒まほうは、使えば使うほどまほうつかいを黒く染め上げてしまう。


 リリアはまだ間に合う、大丈夫だ。


 「ごめんなさい……っ、あたしっ」


 「ハルカを鏡の中から出す方法、本当に知らない?」


 「知らないの。本で見ただけだからっ」


 あぁ、どうしよう。


 このままハルカがここに閉じ込められたままになったら、命の危険だってあるかもしれない。


 「(どうしたら……ハルカを中から出してあげられるだろう)」


 方法がわからない。


 なにか、いい方法はない?


 ───ガラガラッ!


 「マホロ!?」


 頭をフル回転させて、どうにか鏡の中からハルカを救出する方法を探していたそのとき、理科実験室のとびらが勢いよく開かれた。


 そこへやってきたのは、ひどく慌てた様子のマオくんだった。


 いつもクールで大人なマオくんが、今は息を切らせている。


 「マ、マオくん!?」


 「大変だ、マホロ。学校中の生徒が倒れてる!」


 「……え?」


 マオくんの信じられない一言に、私とリリアは顔を見合わせた。


 「体育館でバスケしてたら、いきなりチームメイトがみんな倒れはじめて……っ。先生を呼んで来ようとしたら、職員室の中にいた先生も、他の生徒もみんな同じように倒れてて、俺……っ」


 「そんなっ」


 「で、理科実験室のウワサがふと頭をよぎって来てみたらマホロがいたから……って、ハルカは?マホロと一緒じゃないの?」


 きっと、フコウのカケラのせいだ。


 まほうが使えない人間は、まほうの影響を受けやすいんだって、まほうアカデミーで習ったことがある。


 だから人間界でまほうを使うことが禁止されているんだ。


 きっと、ハルカが落としていった大量のフコウのカケラに、学校中のみんなが影響されてしまったに違いない。


 「……リリア。お願い、学校のみんなを助けるために、フコウのカケラを回収して」


 「わ、分かった。行ってくる!」


 リリアは目に浮かべていた涙を拭いて、理科実験室を走って行く。


 「あの、マホロちゃん、あたしのせいで……大切な友達を鏡の中に閉じ込めて、ごめんないさい」


 そして、教室を出て行く間際、今にも消え入りそうな声でそう言った。


 「……今すぐに許してあげる、とは言えないよ。でも、もしハルカが無事に鏡の中から出てこられて、学校のみんなも助けることができたら、そのときはリリアの友達になる!話もたくさん聞いてあげる!……だから今は、人間界のみんなを助けるために力を貸してほしい」


 「うん。分かった」


 私がそう言うと、リリアは頷いて理科実験室を出て行った。


 リリアの気持ちが少しでも変わってくれてよかった。リリアも優秀なまほうつかいだし、フコウのカケラを回収できればきっと大丈夫。


 だから、あとは──。


 「……ハルカが、鏡の中に閉じ込められている?」


 私とリリアの会話を聞いていたマオくんは、驚きと不信感を抱きながら私にそう言った。


 ……無理もないよね。


 まほうのない世界の人には、信じられないことだもん。


 でも、今はもう誤魔化している場合じゃない。


 一刻も早く、ハルカや一宮小学校の生徒たちを救わなくちゃならない。


 「……あのね、マオくん」


 私はマオくんに、今起きているすべてのことを話した。


 鏡のウワサの真相、それからリリアのこと。


 学校のみんなが倒れてしまった理由と、そして……私がまほうつかいだということも。


 「マホロが、まほう、つかい……?」


 「ごめんねマオくん。驚いて当然だよね。あとでちゃんと説明する。でも今は、ハルカを助けなくちゃならないから……っ」


 私はそう言って、おばあちゃんお手製の手提げぶくろの中に潜ませていたキセキのカケラが入ったビンを取り出した。


 「キセキの、カケラ……」


 ハルカを助けるために思いついた、たった一つの方法。


 それは、キセキのストーンにお願いをすることだ。


 “フェアリス王国に帰らせてほしい”じゃなくて、“ハルカと学校のみんなを助けてほしい”というお願いに変えれば、きっとみんな助かるだろう。


 でも、そうなると人間界の人たちにまほうを使ったことになってしまう。


 それはつまり、まほう界でもっとも重要なオキテを破るということ。


 そうなれば、ハルカもマオくんも、ナズナやアスカたちも全員、私のことを忘れてしまうということだ。


 これまでの楽しかった思い出も、一緒に過ごしてきた日々も、全部、ぜんぶっ、忘れ去られてしまうんだ。


 「……っ」


 それが何よりも悲しくてたまらない。


 そして──……私はオキテを破った罪として、一生フェアリス王国には戻れない。


 それが、まほう界のオキテだ。


 「ハルカ!ハルカ……!聞こえるか!?」


 「……っ」


 「クソッ!どうなってんだよ!」


 「……」


 「マホロ、何か手を考えるぞ。どうやってハルカを助けるか一緒に……」


 「大丈夫だよ、マオくん」


 今、ここにいる中で、ハルカや倒れた生徒たちを元通りにしてあげられるのは、私しかいない。


 キセキのストーンに、お願いする以外の方法が……見つからない。


 私はそっとキセキのカケラが入った小瓶を見た。


 「あれ?残り……一個?」


 まほうの小瓶には、『残り1つ』と書かれている。


 キセキのカケラがあと一つ足りない!?


 「うそ!?そんな……っ!」


 これじゃあキセキのストーンに変身させることができない。


 みんなを、助けてあげられない。


 「どう、しよう……っ」




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