第13話:マホロ、黒まほうつかいリリアと出会う
思えば、学校に再び変な空気が流れはじめたのは、今から数日前の出来事だった。
──2日前。
「うぅ……っ、ヒックッ。ふえーん……っ」
「もう、ハルカってばぁ!これ以上泣かないの!」
「だってっ、ヒックッ。せっかくマホロちゃんがくれたお守り……失くしちゃったんだもん。それに、ピアノの発表会もうまくいかなかったし……っ」
「お守りはちゃんと縫えてない部分があったから落ちちゃっただけ!それに、ピアノの発表会、二位の銀賞だったんでしょ!?それってすごいことじゃない!」
「でも、でもぉ……っ」
「お守りはまた作ってあげるから、もう泣かないの!」
十月になって、ハルカがずっとがんばってきた発表会が行われた。
でも、本番でミスをしてしまったようで、一位にはなれなかったそうだ。
それに加えて、以前私が作ってあげたお守りをどこかで落としてしまったらしい。
「(別に気にしなくていいのに。いつでも作ってあげられるんだし)」
「ほら、元気出して!もうお昼休み終わるよ!?」
ハルカが話を聞いてほしいと言いに来て、一緒にやってきた場所は音楽室。
この音楽室は、はじめてハルカと出会った部屋だ。
今ではなにかあるたびに、ここへ来て二人で会話をしたり、ピアノの練習をしたりしている。
音楽室の壁にかけられてあるクルクル頭のおじさんたちの絵は、今日もこちらをジッと見つめてきて不気味だ。
「(どの方向から見ても目が合ってしまうんだよねぇ)」
あのおじさんたちは、音楽の偉い人たちなんだよってハルカが言っていたのを思い出した。
「うぅっ、元気なんて出ないよぉ」
「お守りならまた作ってあげるから!」
「はじめてマホロちゃんからもらったモノだったのに。あれじゃなきゃ意味がないもん」
「あぁ、もう!そんなこと言ったって、失くしちゃったんだから仕方ないじゃない!」
いつまで経ってもグズグズ泣き続けるハルカに、思わず強い口調でそう言ってしまった。
──あ、まずい。言い過ぎちゃった!
「えっと、ごめんハル……」
「──マホロちゃんには、わたしの気持ちなんて分かんないよ!」
とっさに出てきてしまった言葉を謝ろうとしたとき、ハルカの怒った声が音楽室中に響いた。
はじめて聞くハルカの大きな声に、一瞬驚いてしまった。
「ど、どうしたのよハルカ」
「お友達もたくさんいて、勉強もできて、スポーツもできて、一位をたくさんとってるマホロちゃんに、わたしの気持ちなんて分からないよ!」
「なんですってぇ!?分からないから話を聞いてあげてるんじゃない!」
「聞いたって分かるわけない!どうせわたしのことなんて、泣き虫で、ウジウジしてて、得意のピアノでも一位を取れないかわいそうな子って思ってるんだ!」
「なっ!お、思ってないよそんなこと!」
「嘘だ!おまけにもらったお守りも落としちゃうようなマヌケって思ってるんでしょ!」
「ちょっと、なに言ってんのよ!いい加減にしないと怒るからね!」
いったいハルカ、どうしちゃったの!?
ハルカはこれまで以上に泣きながら、それでも怒った様子で私にいくつも言葉をぶつけてくる。
私、ハルカが一位を取れなくてかわいそうなんて思ってないのに。
まぁ、泣き虫だなとは思っているけど、ウジウジしてるだとか、マヌケだなんて思ったこと、本当に一度もないのに!
勝手に想像して決めつけてくるハルカに、だんだんと怒りが込み上げてくる。
「マホロちゃんなんてもう知らない!」
「あっそ!そんなこというなら、私、もうハルカの話聞いてあげないんだから!」
ケンカはよくない、ダメダメ!
もうすぐキセキのカケラも集まって、フェアリス王国に帰る日が近くなっているんだから。
仲良くしなきゃって、そう……思っているのに。
引くに引けなくなってしまって、プイッとハルカにそっぽ向いてしまった。
「マホロちゃんの馬鹿!」
「なっ!」
ハルカはそう言って、走って音楽室を出ていってしまった。
いつものハルカでは考えられないくらいの勢いで、バシッととびらを閉めて行ってしまった。
「……なんなのよ」
思ってもないことを勝手に決めつけて言ってくるなんて、最低!
シンと静まった音楽室。
一人でここに残るのは、やっぱり苦手だ。
あのおじさんたちの絵が、私に怒っているみたい。
「(教室に、戻ろう……)」
こういうとき、どうしたらいいんだろう。
今まで友達がいたことがないから、こんなふうに関係がギクシャクしてしまったとき、どうしていいのか分からないよ。
***
「暗い顔してるけど、なんかあったの?」
教室へ戻って席につくと、となりの席のマオくんが声をかけてくれた。
……そうだ。
マオくんはハルカと幼なじみだだから、きっと仲直りできる方法を知っているかもしれない。
「実はさっき、ハルカとケンカしちゃって……」
「あのハルカとケンカ?……珍しいな」
マオくんは目をパッと開きながら、少し驚いた表情を見せた。
「なんで?」
「ハルカって人見知りだし、普段からあんまり他の人と喋ったりするようなタイプじゃないんだよ」
「たしかにそうだけど……」
「だから自分の気持ちはあんまり言わないし、誰かとケンカなんて今までしたことなかったはず」
「そ、そうなんだ」
「そんなハルカが、マホロには気持ちをぶつけたんだろ?」
「うん。ピアノの発表会のこととか、私があげたお守りを失くしちゃったことがすごく悲しかったんだと思う」
「それってさ。マホロにだから言えたことなんだと思う。マホロのことを本当の友達だって思ってるから、泣いたり怒ったりできたんだと思う」
「……え?」
「それくらい、ハルカはマホロのことを本当の親友だって思ってる証拠だから。家でもずっとマホロの話をしてるみたいだし」
私にだから、言えたこと?
本当の、親友?
聞き慣れていないそんな言葉たちに、こそばゆくなった。
でも、ハルカにとって私は特別で、私はハルカの特別な存在になっているんだって思うと、心が震えるくらい嬉しくなった。
「俺もハルカも、マホロがここに来てくれてよかったって思ってるよ」
「……私もだよ。私もっ、二人に出会えて本当に嬉しい」
勉強やまほうでどれだけ一位を取って、みんなの前で表彰されたときだって、こんなふうに思えたことはなかった。
そう思ったとき、自分がしなくちゃいけないことが分かった。
それはハルカにもっと寄り添ってあげること。
だって私は特別なんだもん。
ハルカにとっての、“特別”だから──。
「それと、早く“あのこと”を思い出してくれるともっといいんだけど」
「なっ!五歳のときのことでしょ!?分からないから早く教えてよね!」
「ダーメ。マホロが思い出すまでヒミツにしとくって決めてるから」
「なんでよ!マオくんの意地悪!」
マオくんがそう言ってイタズラに笑った顔を見て、少しだけ元気になれた気がした。
今日の授業が終わったら、ハルカとちゃんと仲直りしよう。
もっともっと話を聞いてあげて、お守りも新しいのを用意してあげよう。
そう決意しながら、私は次の授業で使う教科書を用意した。
***
「じゃあまたね、マホロちゃん!」
「うん、また明日!」
すべての授業が終わって、私は急いでランドセルを背負って、キセキのカケラが入っている手提げぶくろを手に持った。
そしてナズナやアスカたちにサヨナラの挨拶をして、ハルカがいる四年二組の教室へと向かう。
「──ハルカ!今日は二人で話しながら一緒に帰ろ……って、あれ?いない?」
二組の教室のとびらの前でそう声をかけて、ハルカの席を探した。
たしか、席替えをして黒板から一番近い席になったと言っていたから……あれだ!
だけど、そこにハルカの姿はなかった。
「(もしかして、もう帰っちゃったとか?)」
私は『失礼しまーす』と言いながら、ゆっくりとハルカの席へ近づいていく。
「な、なにこれ……っ」
そして、そこで見た光景に目を大きくして驚いた。
「どうしてフコウのカケラがこんなに大量に!?」
ハルカの席の周りには、大量のフコウのカケラが転がっている。
真っ黒で、不気味なモヤを放ちながら数えきれないくらいのカケラがハルカの席の周りにだけ落ちていた。
やっぱりマオくん以外の他の人たちにはこのカケラが見えてはいない様子で、フコウのカケラに気づくこともなく普通に放課後の時間を過ごしている。
「これ全部、ハルカの……?」
普通はこんなふうに、一度に大量のカケラが出てくるなんてありえない。
キセキのカケラだって、一人の人からいくつも生まれてはこないのだから。
「(こんなの、普通じゃない)」
──もしかして。
ハッとあることに気づいた私は、急いで四年二組の教室を出た。
そして向かったのは、あの理科実験室。
頭の中では『そんなことない』『だって例のあのウワサは解決したはずだもん』と必死に自分に言い聞かせている。
でも、どうしても確かめなくちゃいけないと思った。
──ガラガラッ!
古い理科実験室のとびらをいきおいよく開いた。
そして急いで例のあの鏡がないか、他にも黒まほうがかかったなにかがないか調べようとしたとき。
「……ど、どうして!?」
前と同じ場所に、それは置かれてあった。
先生にお願いして撤去してもらったはずの……例の鏡が。
それに、以前よりもはるかに膨大な黒まほうの影響を感じる。
ビリビリと肌にあたる空気が痛くてたまらない。
「──やっぱり、あなたがこれを先生に言って没収させたのね。マホロちゃん?」
「だ、誰!?」
どうして!? なんで!? 誰がこんなことを!?
そんな疑問ばかりが頭の中でグルグルとしていたとき、足音も立てずにやってきた一人の生徒。
でも、上靴の色が私と同じじゃないことに気づいた。
「(青色の上履きだ……ってことは、六年生だ!)」
「マホロちゃん、あなた、まほうつかいでしょ?」
「……!?」
「あたしはリリア。六年四組の、今はただの小学生だよ」
「もしかしてあなたも……まほうつかいなの!?」
「ふふっ。そんなこと、大きな声で言っちゃいけないこと知らないの?」
「質問に答えなさいよ!」
「そうだよ?あたしもマホロちゃんと同じ、『カケラ』を集めてるんだよ?」
「……どういう、こと?」
「まぁ、あたしの場合は『キセキのカケラ』じゃなくて、『フコウのカケラ』だけどね」
ダメだ、頭の整理が追いつかないよ。
目の前にいる六年生は、私と同じまほうつかいで、そして──……フコウのカケラを集めている。
本当なら仲間がいて嬉しいって思うはずなのに、なんだか怖くてたまらない。
「く、黒まほうつかい……なの?」
「さぁ?どうだと思う?」
「黒まほうは使っちゃいけないってルールでしょ!?それに、人間界でまほうを使うことだって禁止のはずなのに」
「やだぁ、マホロちゃんってマジメなんだね!そんなルール、バレなければいいじゃない」
──まちがいない。
リリアと名乗るこのまほうつかいは、黒まほうつかいだ。
「ど、どうしてフコウのカケラなんて、そんなモノ集めてるわけ!?」
「マホロちゃんはどうしてキセキのカケラを集めているのかなぁ?」
「な、なんでそのことを……?」
「ふふふっ。たまたま学校に落ちてるの見かけたんだよ?キセキのカケラって、キラキラしていて、きれいで、美しいよねぇ」
「だったらリリアだって、キセキのカケラを集めればいいじゃない」
「──ダメ。あたしはフコウのストーンがいいの。だからこうして黒まほうで『フコウへ誘う鏡』を通して、みんなを不幸にしてカケラを集めてきたんだから」
「な、なんですって!?」
リリアは得意な顔をしながら、黒まほうの鏡について話し始めた。
黒まほうにかけられた鏡には、この鏡をのぞいた人の悲しい過去の記憶を思い出させたり、不安や悩みを抱えている人を夢の中で苦しめたりする効果があるんだって。
そして、たくさんの人の“負の感情”を呼び起こして、『フコウのカケラ』を大量に生み出させる仕組みなのだと、リリアは満足げにそう言った。
「フコウのカケラを集めて、いったいリリアはなにをするつもり?」
そう問いかけると、リリアは途端に険しい表情を浮かべた。
なにかを思い出して、怒りの感情がむき出しになっているようだった。
「今まであたしのことをバカにしたり、からかってきた人のことを呪ってやるの!絶対に、絶対にゆるさないんだから……っ!」
声を震わせてそう言ったリリアは、人間界に来る前の……私自身とそっくりだった。
「もうすぐなんだぁ。もうすぐでフコウのカケラが百個集まるの!」
「そんな……っ!」
……ダメ、絶対にダメ!
フコウのカケラが百個集まっちゃったら、それが今度はフコウのストーンになってしまう。
ストーンに変身させてしまったら、もう取り返しがつかなくなっちゃう!
もしかしたら、ハルカもこの黒まほうの鏡をのぞいてしまった?
だからあんなにも大量のフコウのカケラが落ちていたんじゃ……。
「もしかして、リリア。あなたがハルカを……?」
「あぁ、あの泣き虫の子?あの子はね……ちょっと特別なの」
「なんで、すって?」
「もともとすっごくネガティブな子なのかなぁ?他の人より何倍もフコウのカケラを生み出してくれるの!ふふっ、だからね──?」
リリアがニッコリと微笑んだ。
そして、言ったんだ。
「あの子をね、この鏡の中に閉じ込めちゃった!」
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