第12話:マホロ、二分の一成人式をする


 理科実験室の鏡のウワサから、数日が経った。


 例の鏡は先生たちによって回収されてからというもの、少しずつウワサは消えている。


 風邪を引いていたアスカも、階段から転んで怪我をしたナズナも、今は二人とも元気に学校へ来られるようになった。


 「──今日は、四年一組のみんなで“二分の一成人式”を行いたいと思います」


 そんな穏やかなある日の授業は、いつもとは少し変わっていた。


 「……二分の一成人式?」


 「先生、成人式ってなんですかぁ?」


 五時間目の授業がはじまってすぐ、担任の小林先生の言葉に、クラスが一気にザワザワとしはじめた。


 「日本では、みんなが二十歳になると『成人式』というものを行います。成人式とは、これから大人になります、立派な社会人になりますよ、という一つの区切りの儀式のようなものです」


 「(そんな儀式があるんだ……!)」


 まほう界では、十五歳になったら『まほう見習い師』から『初級まほう師』にステップアップする仕組みになっている。


 初級まほう師の称号を与えられると、大人の仲間入りを果たし、もっとレベルの高いまほうを学ぶことができるようになったり、自分が得意なまほうの専門的な勉強だってできるんだ。


 「みんなは今、その半分の歳にあたる十歳を迎えた人が多いと思います。なので、これから行う二分の一成人式では、十年後の二十歳になった自分へお手紙を書いてあげようというものになります」


 「なにそれ素敵!」


 「先生、でもどうやって十年後の自分にお手紙を出すんですか?」


 「今日書いたお手紙は、おうちに帰ってお父さんやお母さんに預けましょう。そして、二十歳の成人式を迎えたとき、このお手紙を渡してもらうようお願いをしておきましょう」


 小林先生は二分の一成人式の説明をしたあと、一人一枚ずつレターセットを配っていく。


 ──十年後の、私。


 二十歳になった私は、いったいなにをしているんだろう。


 どんな大人になっているのかな。


 目の前に置かれたお花柄のかわいいレターに、なにを書いていいのかすごく頭を悩ませた。


 「ねぇ、マホロはなんて書くの?」


 「へ!?あ、あ……えっと」


 うーん、とレターとにらめっこしていた私に声をかけてきたのは、となりの席のマオくんだった。


 マオくんとは、たまにハルカとマオくんの三人で一緒に帰るときに会話をするくらい。


 教室の中で話すことはほとんどないマオくんに声をかけられて、なぜか少しだけ緊張してしまう。


 「ま、まだ悩んでる!マオくんは?なにを書くかもう決めた?」


 「俺は将来の夢は叶いましたか、とか、元気でバスケやってますか、とかかな?」


 「マオくんの将来の夢ってなに?」


 「俺は建築家になること。一級建築士の資格をとって、いろんな人の家を設計したいから」


 「す、すごい夢だね!でもマオくん頭いいし、絶対なれるよ!」


 算数や国語のテストで、唯一負けたのがマオくんだ。


 やっぱりみんなから『完ぺき王子さま』と呼ばれているだけあって、マオくんは本当に勉強が得意みたい。


 中でも算数と理科だけはいつも満点をとっている。


 「マホロは?マホロは将来、なにになりたいの?」


 「え?」


 私の、将来の夢──。


 私の将来の夢は、もうずっと変わっていない。


 それはみんなが憧れるまほうつかいになって、いつかはフェアリス王国の女王様に選ばれること。


 おばあちゃんが女王様を引退したとき、フェアリス王国のみんなが次の女王様に選んだのは、私のお母さんだった。


 みんなに祝福されながら、フェアリス王国の女王様だけが持つことを許されるまほうのスティックと冠を手にしたお母さんは、本当に素敵で、きれいで、あっという間に私の憧れの存在となったんだ。


 「(あの光景を見てから、私も女王様になりたいって思ったんだよね)」


 でも、大きくなったらお母さんのように立派な女王様になれるのかって、たまにふと考えてしまう。


 女王様というのは、フェアリス王国のみんなを守る強い存在でなくちゃいけない。


 だけど私はというと、まほうアカデミーのクラスメイトを石やカエルに変えて危険な目に遭わせてしまった。


 「(あんなこと、するんじゃなかった)」


 怒り任せに危ないまほうを使ってしまったことを、ものすごく後悔した。


 「……っ」


 「マホロ?」


 「あ、えっと……!」


 マオくんが呼ぶ声に、ハッと我に返った。


 「えっとね、私はお花屋さんに……なりたい、かな。アハハ……」


 フェアリス王国の女王様になりたいとは言えないし、とっさに誤魔化した。


 こうやってせっかくできた友達に、ウソをつかなくちゃいけないのも、なんだかすごく心苦しくなっていくる。


 「──マホロはどこかの国のえらい人になりたいんじゃなかったっけ?」


 「……え?」


 「なんて言ってたっけ?あぁ、女王様になりたいんだろ?」


 マオくんがそう言った瞬間、頭の中が真っ白になった。


 私は人間界に来てから、一度だって本当の自分の夢を話したことはない。


 なのにどうしてマオくんは、私の本当の将来の夢を知っているの?


 「な、なんで知ってるの!?」


 そう言えば、マオくんにこうして驚かされたのははじめてじゃない。


 キセキのカケラが見えることも、『アブラカタブラ』の呪文を知っていたことも、そして今も、どうして私のことを知っているんだろう。


 「……なんでだと思う?」


 マオくんは私を見て、いたずらな笑みを浮かべながらそう言った。


 「わ、分からないから聞いているんだよ!」


 「まだ思い出せないの、?」


 「思い出せない?……な、なにを?」


 ジッと私を見つめるマオくんに、自分でも顔が赤くなっていくのが分かった。


 私は無理やり視線を逸らして、必死にマオくんとのことを思い出していく。


 「(考えても考えても、分かんないんだってばぁ!)」


 「マホロが思い出してくれるまで、俺もヒミツにしておこうっと」


 「そんなぁ!」


 「ヒントは、五歳のとき……かな」


 「ご、五歳?それって……」


 「──みんな、書けましたか?」


 マオくんが出したヒントについて、もう少し質問を投げようしたとき。


 小林先生のその声かけに、自分のレターがまだ真っ白だったことを思い出した。


 「やばっ!と、とにかく早くなにか書かなくちゃ……えっと」


 私は急いで鉛筆を握りしめて、もう一度机に置かれたレターと向かい合った。


 そして、ていねいに文字をすべらせていく。


***


 二十歳になったマホロへ。


 今、あなたはなにをしていますか?


 十歳の私は、ものすごく悪いことをした罰として、まほう界を追放されて人間界に来ています。


 人間界はまほうが使えない不便なところだって思っていたけど、本当はすごくいいところです。(ごはんもすっごくおいしいよ!)


 でも、やっぱり私は立派なまほうつかいになって、女王様になりたいです。


 だから、フェアリス王国のみんなから選ばれるように、しっかりまほうの勉強をしてください。


 それから、二十歳のマホロには、お友達はできていますか?


 自分のことを心配してくれる人や、一緒におしゃべりをしてくれる人が周りにいますか?


 勉強も、スポーツも、なんでも一番になることも大切だけど、今の私はそれ以外にも大切なことがたくさんあることを知りました。


 もしもフェアリス王国でまだ一人ぼっちなら、まずは自分から声をかけること。


 困っている人がいたら、一番に助けてあげること。


 「おはよう」っていうこと。


 みんなの意見もちゃんと聞いてあげること。


 そうやって周りの人を大切にしていれば、いつか、こんな意地っ張りな私にも、自分のことを心配してくれて、一緒にいてくれる友達ができるかもしれません。


 これを読んでいる二十歳の私が、立派な大人になっていますように。


 それじゃ、もうすぐ授業が終わってしまうのでこの辺で終わります。


 勉強、頑張れ!!


 十歳のマホロより。


***


 「ねぇねぇ、マホロちゃんはもう二分の一成人式はした?」


 「うん、したよ!ビッシリお手紙かいてやったんだから!」


 「お手紙にはなんて書いたの?」


 「えっとね、勉強頑張れ、とか、それから……いろいろ!」


 放課後、ハルカと二人でお助けクラブの活動をしながら、二分の一成人式について話していた。


 「わたしはねぇ、ピアノの先生になっていますか?っていう質問と、あとは今もマホロちゃんとずっとお友達でいますか?って尋ねたの!」


 「……」


 「二十歳の成人式も、マホロちゃんと一緒がいいなぁ!」


 「……」


 「マホロちゃん?」


 十年後、きっと私はもう人間界にはいない。


 むしろ、キセキのカケラは残すところ七個となっている。


 あと七個カケラを集められれば、私はフェアリス王国へ帰ることができる。


 そうしたらもう、ハルカやマオくん、ナズナやアスカたちには会えなくなる。


 「(……みんなと、離れたくない)」


 でも、フェアリス王国に帰らないと、自分の夢を叶えることはできない。


 人間界がこんなに楽しいところだなんて、想像もしていなかった。


 友達という大切な存在ができた。


 時間をかけて、自分の手で作るものには自分の気持ちが込められることを知った。


 一緒にいたいと言われたり、誰かに心配してもらえたりすることのあたたかさを知った。


 一番にならなくても、目立とうとしなくても、ちゃんと私を見てくれる人がいることを知った。


 「ありがとう」って言葉が嬉しいものだと知った。


 私は人間界へ来て、いろんな“はじめて”を知っていったんだ。


 「マホロちゃん?どうしたの?大丈夫?」


 「ねぇ、ハルカ。今度のおやすみ、私の家でお泊まり会しない!?」


 「えぇ!?い、いいの!?」


 「もちろんだよ!おばあちゃんが作るごはん、すっごく美味しいんだから!」


 「わぁ、マホロちゃんと夜ごはんも、寝るときも一緒にいられるんだぁ。嬉しい……!」


 だから、一緒にいられる今だけは、もっともっとたくさん思い出を残していきたい。


 フェアリス王国に帰ったあと、もっとみんなとあんなことをしていればよかった、こんなこともしてみたかったって、後悔しないように。


 「あ、そうだ!また次のおやすみにはマオくんも呼んで、三人だけで二分の一成人式しようよ!二十歳になったみんな宛てに、手紙を残しておくってのはどう!?」


 「ナイスアイデアだよ、マホロちゃん!どうせならタイムカプセルみたいに、どこかに埋めておかない?で、二十歳になったら取り出して、そのときみんなでお手紙を読み合うの!」


 「それもいい!そうと決まったら、マオくんも誘うぞー!」


 「大賛成ー!」


 ハルカとマオくん。


 ナズナにアスカにユリに、他の友達も、全員。


 私がこの人間界へいる間は、楽しい時間だけを過ごしていきたい。


 そう、思っていたのに──。


 「──ハルカが、いない?」


 まさか、あんなことになるなんて、このときの私に想像すらしていなかったんだ。




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