第11話:マホロ:フコウのカケラを見つける!?


 ……怖くない、怖くなんかない。


 「だって私はマホロ。将来はフェアリス王国の女王になるんだから。こんなことくらいで、怖いなんて言ってらんないんだから」


 いよいよお昼休みになってしまった。


 結局、風邪を引いていたアスカは早退しておうちに帰ってしまって、ナズナもアスカもいない今日の給食の時間は、なんだかいつもよりつまらなかった。


 それに、他のクラスでも同じように怪我や風邪で休んでいる人たちがたくさんいるんだってユリが言っていた。


 もしもその原因が、本当に黒まほうがかけられた例の鏡のせいだとしたら……っ。


 そう考えると、余計に放ってはおけない。


 「(そのためにも、まずはしっかり調査しに行かなくちゃ……!)」


 私は怖い気持ちにフタをして、ありったけの勇気を振り絞りながら教室を出た。


 「──マホロちゃん!」


 「やっぱり一人で行く気だったんだな」


 そんな私を呼ぶ声に、ピタリと足を止めた。


 「ハルカに、マオくん?」


 「マホロちゃん、一人で調査なんてダメだよ!わたしもついていくよ!」


 「なにかあるときはもっと他の人を頼っていいよって、俺言ったよな?」


 なんだか二人とも怒っている様子で、ズカズカと廊下を歩いて私のもとまでやってきた。


 「つ、ついてこなくていいって!もし二人になにかあったら大変だし……」


 「それはマホロちゃんにだって言えることでしょ!?わたしもマオも、マホロちゃんのことが心配なんだよ!?」


 ハルカは目に涙を浮かべて、普段はあまり聞かない強い口調でそう言った。


 「……」


 こんなふうに、同級生から心配されることなんて今まで一度もなかった。


 まほうの実験に失敗したときも、『大丈夫?』って言われたことはなかった。


 まほうのホウキから落ちたときも、走って転んだときも、友達がいなかった私はいつだって一人で起き上がってきたんだ。


 でも──。


 「ほ、本当に一緒にきてくれるの?」


 「もちろんだよ!」


 「当たり前」


 そう言って、ハルカとマオくんがスッと私に手を差し伸べてくれる。


 誰かに心配されるって、友達に想ってもらえるって、こんなにもあたたかい気持ちになれるんだ。


 これまでずっと孤独でかたまっていた私の心が、少しずつ溶けていくのが分かった。


 人間界に来て、ハルカやマオくんたちに出会って、私はすごく満たされていく。


 二人の手を、そっと握った。


 「じゃ、じゃあ、い、いい、行こっか!理科実験室の鏡の調査に……!」


 「ハルカ、声震えてるけど?」


 「マオは黙ってて!わたしだって本当はすっごく怖いんだからね!」


 「アッハハハ!大丈夫よ!なにかあっても私がみんなを守ってあげるんだから!」


 ハルカとマオくんが一緒に来てくれるおかげで、少し前までの怖い気持ちが消え去っていった。


 ただのウワサだろうと、黒まほうだろうと、なんでもかかってきなさい!?


 この私が、全部解決してやるんだから!


***


 「──あった!きっとあれね」


 「あれが、例の鏡……?」


 「そうみたいだな」


 今は使われていない古びた理科実験室の前で、とびら越しにキョロキョロと教室の中を探っていく。


 なんの液体が入っているのか分からない瓶や、人体模型が雑に置かれているこの部屋は、やっぱり不気味でたまらない。


 「こ、怖いよマホロちゃん……っ」


 「不気味なところだな」


 「い、いい!?みんなに一つ、とっておきのおまじないを教えてあげる!」


 そんな怖さを紛らわせるように、私は大きな声で『えっへん!』と咳払いしながら胸を張った。


 これは私が小さいとき、フェアリス王国の女王様……つまり、私のお母さんから教えてもらったおまじないだ。


 まほうとはまた違う、言葉の力を使う『おまじない』。


 恥ずかしいけれど、当時の私はすっごく怖がりだったんだ。


 まほう鳥も、火のまほうも、氷のまほうも、なにもかも怖くてたまらなかったとき、心の中に宿る『恐怖心』を払うためのおまじないだと教えてくれた。


 「おまじない?」


 「そう!怖いって気持ちを追い出すおまじないよ!それはね──……」


 「アブラカタブラ、だろ?」


 自信満々に教えてあげようとした私よりも先に、そのおまじないの呪文を声に出して言ったのはマオくんだった。


 「な、なな、なんでマオくんが知ってるわけ!?」


 どうしてマオくんが、フェアリス王国に伝わる呪文を知っているというの?


 「昔、俺が五歳のときだったかな?“誰か”から教えてもらったんだよね。怖いと思ったときに使うといいよって」


 「な、なんですって!?」


 「確か、言葉に宿る不思議な力を借りるおまじないだって言ってような」


 “誰か”って、きっとそれをマオくんに教えたのはまほうつかいに違いない。


 「(誰だか知らないけど、人間界の人におまじないを教えるなんて大バカ者じゃないの!)」


 いくらまほうじゃないとはいえ、まほう界で使われている呪文を教えるなんて!


 でも、人間界に降りられるまほうつかいは限られているはず。


 フェアリス王国の女王様か、その側近の人たちか、人間界を研究している研究者くらい。


 「(いったい誰なんだろう……)」


 「ほら、マホロ。それより今はあの鏡の調査が優先だろ?」


 うーん、と頭を抱えていた私に、マオくんが例の鏡を指す。


 ……そうだ、今は目の前のことに集中しないと。


 「そ、それもそうだね……!」


 「アブラカタブラ、だね!覚えた!」


 私は心の中で何度も『アブラカタブラ』を唱えながら、そっと理科実験室のとびらを開けた。


 ホコリっぽい空気に、かすかに薬品のにおいがする実験室。


 その教室のうしろに置かれている、例の鏡。


 身長百四十センチの私の姿がすっぽり映るほどの、四角い大きさな鏡だった。


 真っ黒なバラがいくつも彫刻されているフチが、余計に怖さを際立たせている。


 「見たところ、別に普通の鏡……だよな?」


 「そう、みたいだね。特に変わったところは……ないね」


 これが突然、怪我や風邪、それから不運に見舞われると言われているウワサの鏡。


 やっぱりただのウワサだったのかな。


 そう思いながら、人差し指でそっと鏡に触れた瞬間。


 ──バチンッ!


 「う、うわぁあああああ!」


 「……マホロ?」


 「マ、マホロちゃん!?どうしたの!?」


 まるでビリッと電気が走ったみたいな痛みが、私の指を駆け抜けた。


 突然のことに驚いてしまって、私はまたその場にドシッと尻もちをついてしまった。


 もう、なんなのよ!


 これが理科の授業で習った『静電気』ってやつ!?信じられない!最低!


 思いきり手とお尻を床に打ちつけたせいで、じんわりと痛みが広がっていく。


 「いってて……って、うん?」


 ゆっくりと起きあがろうとしたそのとき、コツンッとなにかが手に当たった。


 私はそれを拾い上げて、ジーッと観察していく。


 「なによこれ。こんなカケラが落ちているなんて危ないじゃない……って、あれ?これ、どこかで見たことがある、ような」


 それは、黒くかがやく小さなカケラだった。


 深い紫色の霧のようなモヤモヤがかかっていて、なんだか不気味な雰囲気を漂わせている。


 う、嘘でしょう?これって、まさか──。


 「フ、フコウのカケラ!?」


 とんでもないモノを見つけてしまった。


 「マホロちゃん、大丈夫!?」


 「マホロ、なにがあったんだ?」


 「あ、ううん。ごめん、なんでもない……」


 「本当に?」


 「う、うん。本当に……」


 ハルカとマオくんにぎこちなく笑って誤魔化したけど、本当はなんでもないわけない。


 大変だ、おおごとだ!これはもはや一大事だ!


 どうしてここに、フコウのカケラが落ちているわけ!?


 「(ダ、ダメだ。これはおばあちゃんに相談しなくちゃ!)」


 私一人で解決できる問題じゃないよ!


 そして、このフコウのカケラがここにあるってことは、やっぱりこの鏡はただの鏡なんかじゃない。


 これは人をフコウにする黒まほうがかけられた『フコウを誘う鏡』に違いない。


 「(でも、なんでこんなものが人間界に?誰がこんな危ないまほうをかけたっていうの?)」


 もしかして、黒まほうつかいが人間界に来ている……とか?


 頭の中は、そんな疑問で埋め尽くされていく。


 ──キーンコーンカーンコーン。


 そのとき、ちょうどお昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。


 「マホロちゃん、一旦教室に戻ろう?」


 「そ、そうだね……」


 「この鏡、どうすればいいかなぁ」


 「俺、先生に撤去してもらうように言うよ」


 「マオ、ナイスアイデアだね!そうしよう!なんだか不気味だし、変なウワサを聞いてこれ以上ここに人が来ないようにしたほうがいいよね!」


 「マホロ、ボーッとしてるけど大丈夫?なにかあった?」


 「……ううん、なんでもない。教室に帰ろう」


 そう言って、私たち三人は理科実験室をあとにした。


 私の知らないところで、なにかトンデモないことが起きているんじゃ……?


 そんな不安を抱かずにはいられなかった。


***


 人の『感謝』や『喜び』や『幸福』などの気持ちから生まれるものがキセキのカケラなら、その反対の負の感情から生み落とされるのが【フコウのカケラ】だと言われている。


 人を悲しませたり、痛い目に遭わせたり、『つらい』だとか『苦しい』だとか、そんな気持ちにさせることによって出てくるフコウのカケラ。


 キセキのカケラと同じで、フコウのカケラを百個集めるとできるのが、【フコウのストーン】。


 これは黒まほうならではの、誰かを強い呪いにかけたり、もっとも危険なお願いを叶えたりするために使われるストーンになってしまう。


 「──だからね、おばあちゃん!私の学校に黒まほうつかいがいるかもしれないの!」


 「マホロ、それは本当かい!?」


 「本当だよ!だって見てよコレ!フコウのカケラが学校に落ちてたんだから!」


 私は家に帰ってすぐ、黒まほうの鏡のことと、フコウのカケラが落ちていたことをおばあちゃんに知らせた。


 「本当だねぇ、これは間違いなくフコウのカケラだ」


 「でしょ!?黒まほうにかかった鏡を見た生徒は、みーんな怪我をしたり危ない目に遭ったりしてるんだよ!?きっと一宮小学校のみんなを不幸にしてカケラを集めている人がいるんだよ!」


 「あぁ、そうだね。このことはフェアリス王国に伝えて対応してもらおうね」


 「うん!絶対にそのほうがいいよ!」


 黒まほうなんて、人生ではじめて目の当たりにした。


 例の鏡に触れた途端、バチッとした痛みは黒まほうのせいだった。


 あれは静電気なんかじゃなかった。


 まほうアカデミーでは、黒まほうの危険さや恐ろしさを習ってはいたけど、実際に使うことは禁止されているから、今まで見たことは一度もなかった。


 黒まほうにかかった鏡のせいで、学校のみんなが不幸になっていくのはいやだ。


 でも、だからってどうしたらいいんだろう。


 「マホロ?あとのことは心配しなくていいから、マホロはこれまでどおり学校生活を楽しむんだよ?」


 「……うん、分かった。よろしくね、おばあちゃん!」


 「ここまで調べてくれてありがとうねぇ」


 「だって私の友達が危険に巻き込まれたんだもん!放っておけないでしょ!?」


 「マホロがそんなふうに誰かのためにがんばったことを知ったら、きっとお母さんも喜んでくれるねぇ」


 「……っ」


 おばあちゃんはにっこりと優しい笑みを浮かべて、お花の水替えをしながらそう言った。


 でも、お母さんはきっと、私のことを褒めてはくれない。


 まほうつかいが、まほうを使えない人たちに優しくするのは当たり前だっていつも言っていた。


 だから今回のことだって、きっと……。


 「と、とにかく!あの鏡は先生に撤廃してもらうし、あとのことはフェアリス王国の人たちがきっとなんとかしてくれるから、もう平気だよね!」


 どうか、ナズナの怪我が早く治りますように。


 アスカの風邪もよくなりますように。


 そして、あの鏡のウワサのせいで不幸に巻き込まれた人たちが、ちゃんと元通りになりますように。


 そんなことを心の中で思った。



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