第10話:マホロ:理科実験室の鏡の調査を開始する!


 「──ねぇ!この前のバスケの試合、一宮小学校のチームが優勝したんだって!」


 「知ってる!特にマオくんが大活躍だったって!」


 「あーあ、あたしもバスケの試合、観に行きたかったなぁ!」


 「他の小学校の人たちからも、マオくんは大人気らしいよ!」


 体育クラブのミニバスの試合が終わった、週明けの月曜日。


 朝、いつものように学校へ行くと、いろんなところでバスケの試合のことがウワサされていた。


 「みんな、おはよー!」


 「あ、おはようマホロちゃん!」


 「そういえばマホロちゃんって、土曜日のバスケの試合を観たんだよね!」


 「うん、観たよ!お助けクラブとして、準備のお手伝いもしたんだからね!」


 「どうだった!マオくん、カッコよかった!?」


 「教えて教えてー!」


 今ではすっかり慣れた四年一組の教室へ入ると、私よりも先に登校していたユリたちクラスメイトが勢いよく話しかけてくる。


 どうやらみんな、マオくんのバスケの試合のことが気になって仕方ないみたい。


 「えっとねぇ、相手は全部で五チームいたんだけど、どれも圧勝だったよ!」


 八人以上のチームで行われた、通称『ミニバス』の試合。


 一宮小学校のチームのキャプテンは、四年生なのにマオくんだった。


 なんでも、マオくんは五歳のときから別のミニバスチームに所属していて、毎週のように練習に通っているから強いんだってハルカが言っていた。


 味方にボールをパスしたり、遠くの方からゴールしたり、相手チームからボールを奪ったり、何度もドキドキハラハラしながらその試合を見守っていた。


 「……あれ?ところでナズナは?」


 教室を見渡してみても、今日はなぜだかナズナがまだ学校に来ていない。


 それに、いつも元気なアスカも、今日はマスクをして自分の席に座ってジッと大人しくしている。


 「それがね?ナズナは金曜日の放課後、階段から滑って転んじゃって、今日は病院にいくからお休みなんだって」


 「えぇ!?それって大丈夫なの!?」


 「足と手首を怪我しちゃったみたいでさぁ?」


 「アスカも風邪らしくって、体調があんまりよくないって」


 ナズナもアスカも、いったいどうしちゃったのよ。


 今日はみんなで一緒に図書室に行って、おもしろい絵本探しをしようねって約束していたのに。


 「アスカ、風邪引いたの?大丈夫?」


 「……マホロ、ちゃん。ゴホッ、ゴホッ!」


 アスカの席に行って声をかけると、彼女は苦しそうに咳を繰り返した。


 「ねぇ、アスカちゃん。やっぱり今日は帰ったほうがいいんじゃない?」


 そこへユリもやってきて、心配そうにアスカにそう言った。


 すると、アスカはガラガラの声でゆっくりとなにかを話しはじめた。


 「二人とも、聞いてくれない?実はあたしとナズナね、この前の金曜日の放課後、理科実験室の鏡をのぞきに行っちゃったんだ……」


 「理科実験室の、鏡!?」


 「ユリがこの前言ってたでしょ?理科実験室に置かれている鏡を見たらフコウになるウワサがあるって」


 「あぁ、あのときの……!?」


 「うん。二人でどんな鏡なのか見に行こうってなって……のぞいちゃったの」


 「も、もしかしてそのせいでナズナは怪我をしたってこと?」


 「分からないけど、そうなのかなって。怖くなっちゃって……ゴホ、ゴホッ!」


 今は誰にも使われていないほうの、古い理科実験室。


 そこに置かれている鏡を見た人は、フコウになるというウワサ──。


 確か、お助けクラブの部室のとなりが、例のその実験室だったはず。


 以前、お助けクラブの依頼にも一件だけ来ていたあのウワサのことだ。


 「(鏡を見ると、フコウになる……)」


 フコウになる、鏡……。


 フコウの、鏡──?


 どこかで聞いたことのあるウワサ。でも、それが一向に思い出せない。


 ……いったいどこで聞いたんだっけ。


 「(えっと、えっとぉ……!)」


 どうにか思い出そうと、頭を捻らせていたそのとき。


 「──マホロちゃん、大変!」


 一組の教室に大きく響いた、聞き慣れた声。


 慌てて振り向くと、教室の扉の前で息を切らせながら立っているハルカがいた。


 「ハ、ハルカ!?どうしたの?」


 「異常事態なの!お助けボックスの中が……大変なことになっていて!」


 「ど、どういうこと!?」


 「とりあえず、ツバサ先輩が部室に集合だって……っ、言ってた!」


 「じゃあ今すぐ行こう!」


 私はハルカと一緒に急いでお助けクラブの部室へ向かった。


***


 「ツバサ先輩!マホロちゃんを連れてきました!」


 「おぉ、ハルカにマホロ。朝からすまないな」


 「そ、それよりなにがあったの?お助けボックスが異常事態だって聞いたけど……」


 「あぁ。実はな、お助けボックスの中に五十枚以上のお助け依頼がきていてな」


 「ご、五十件!?」


 机の上には、今までに見たことがないほどのお助け依頼の用紙が積み重なっていた。


 五十件ということは、この依頼を全部解決したら……キセキのカケラは百個に到達することになる。


 ちょうどキセキのカケラは今、五十個ほど貯まっているはずだ。


 「(これで私、フェアリス王国に帰れるってこと!?)」


 まほう界に戻れることが、一気に現実味を帯びてきた。


 ……もうすぐだ。


 もうすぐ私、フェアリス王国に帰れるんだ!


 だけど、現実はそうは甘くなかった。


 「これね、マホロちゃん。全部同じ依頼なの……」


 「ぜ、全部同じ依頼!?どういうこと!?またイタズラ!?」


 「いや、イタズラではないらしい」


 「じゃあ、五十人の人がみんな同じ依頼をしてきたってこと!?いったいどんな依頼内容なのよ!」


 机に置かれていた依頼用紙を手にとって、一つずつ読んでいく。


 『理科実験室の鏡の調査をお願いします。友達と鏡を見に行った次の日、自転車がパンクして遊びに行けなくなりました。それからも、なんだかずっとツイてないことがあって怖くなりました』


 『古いほうの理科実験室に置かれている鏡について調べてください。僕が鏡を見た日に行ったテストで、回答がずれていて0点になりました。それからもドジがたくさん続くようになりました』


 『理科実験室の鏡について。おもしろ半分であの鏡のウワサを聞いて見に行った日から、体調が悪くなったり、運が悪くなりました。フコウが続いているので調査してください』


 「な、なにこれ……」


 ここにあるすべての依頼内容が、『理科実験室にある鏡』についての調査を希望するものだった。


 これだけたくさんのお助け依頼が来ているのに、その内容が全部同じだなんて、なんだか怖い。


 これはもう、ただのウワサなんかじゃなくなっている。


 「そ、そういえば少し前に、一件だけこの依頼がきていたよね?確かツバサ先輩が赤ペンで『保留』って書いていたはず!」


 「あぁ。あのときは単なるイタズラだと思って調査はしなかったんだ」


 「で、でも今はこんなにも依頼が殺到してるってことは……」


 「ウワサが広まるにつれて、おもしろがって鏡を見に行った生徒が増えてきたってことだろうな」


 メガネをクイッとあげながら、淡々とそう言ったツバサ先輩の言葉を聞いて、ゾッと恐ろしさがやってくる。


 こ、怖すぎる……!


 いったいなんなのよ!どんな鏡なわけ!?


 みんなを“フコウ”にする鏡なんて、人間界に存在するの?


 「(こんなの、まほうの国でしか……って、あれ?)」


 そのとき、これまでずっと引っかかっていたことが繋がった。


 “鏡”、“フコウ”、そして──……“まほう”。


 「──思い出した!!」


 「わっ!マホロ、いきなり大きな声を出さないでくれ!ビックリするだろう!」


 フェアリス王国の図書館にあった、一冊の本。


 それは、主に悪いまほうつかいが使用する『黒まほう』についての本だった。


 良いまほうつかいが、みんなを幸せにするために使う『白まほう』。


 その反対が、『黒まほう』だ。


 黒まほうは、みんなを“フコウ”へ陥れるために使われているのだとか。


 そんな黒まほうの本で見た、『フコウへ誘(いざな)う鏡』というものが載っていたはず。


 「(あぁ、だけどあんまり思い出せないよ……!)」


 もっとちゃんと読んでおけばよかった!


 でも、図書館でその本を見ていたら、まほうアカデミーの人たちから『マホロは黒まほうに興味を持ったんだ!』『やっぱりマホロは悪いまほうつかいだ!』って、からかわれたんだ。


 「と、とにかく調査よ!私、今日のお昼休みに調査してきます!」


 「マ、マホロちゃん見にいくの!?あ、危ないよ……?」


 「そうだぞマホロ!これだけ鏡を見た生徒がフコウになってしまっているんだぞ!?き、危険だ!やめておくべきだ!」


 「でも、お助けクラブに調査依頼がきたわけでしょ?誰かが調べないと……!」


 理科実験室にある鏡が本当にまほう界のモノなのか、黒まほうがかかっているのかも調べなくちゃならない。


 単なるウワサなのか、それともまほう界にまつわるモノなのか──。


 もしも本当に黒まほうがかかったまほう界の鏡なのだとしたら、とんでもない事態だ。


 どうして人間界にまほう界のモノがあるのか。


 黒まほうがかかった鏡がここにあるのか。


 「……っ」


 なんだかよくないことが起こっているような気がして、私はゴクリとツバを飲み込んだ。



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