第9話:マホロ、気持ちを込めたお守りを作る!


 「──ど、どうかなマホロちゃん。変なところとか、音が遅れている部分とかなかった?」


 クラブ活動がある毎週水曜日と金曜日以外の日は、ナズナやユリたちと教室でおしゃべりする日もあれば、ハルカと一緒に遊ぶ日もある。


 今日はハルカから『ピアノの練習に付き合ってほしい』と言われて、放課後二人で音楽室へ来ている。


 ハルカは小さいときからピアノを習っていて、来月の十月には発表会があるんだとか。


 「すごく良かった!これで優勝間違いナシね!」


 「ほ、本当に!?」


 「本当だってば!だってハルカのピアノって、いつ聴いてもきれいな音だもん!」


 白と黒の鍵盤を一本指で弾くと、ポロンッ、ポロンッと穏やかな音を奏でる。


 ドレミファソラシドの音しかないのに、これらを組み合わせて一つの曲ができるなんてすごいと思った。


 「わたしね?どんなに練習しても、発表会の日になると緊張していつも失敗しちゃうの」


 「なんで緊張するの!?みんなの注目を浴びながら演奏できる、最高の舞台じゃない!」


 「だって普段は着ないドレスを着てね?舞台に上がって、スポットライトに照らされて、いろんな人たちが見てるんだよ?ドキドキして手が動かなくなるんだもん」


 「うわぁ!もっともっとやる気がギラギラしてこない!?そんな発表会、私も体験してみたいくらいよ!」


 「……いいな、マホロちゃんは」


 私はいろんな人から注目されて、『すごいね!』って言われたり、褒められたりするとすっごく嬉しいけど、ハルカはそうじゃないみたい。


 目立つのも、大きな舞台に立つのも好きじゃないんだって。


 「でもさぁ?ハルカの演奏はすっごく素敵なのに、それをみんなに聴かせてあげないのはもったいないじゃない?」


 「え?」


 「ほら、私は勉強も運動もできちゃう天才でしょ!?」


 「うん!マホロちゃんはなんでもできちゃう天才だよ!」


 「えへへっ!でもハルカだってピアノを弾く天才なんだから、それを発揮できる場所があることも、ハルカの演奏を聴いてくれる人がいるってこともすごいことなんだよ?」


 「……っ!」


 「なのに緊張しちゃう意味が私には分かんないなぁ」


 ハルカが座っているピアノの椅子に、同じように腰掛けながらそう言った。


 私だってピアノの天才にもなりたいけど、どうやってもハルカみたいに両手で弾くのは難しい。


 ハルカに何度も教えてもらって、今はようやく『ドレミのうた』がゆっくり弾ける程度だ。


 「うぅ……っ、グスッ。ありがとうマホロちゃんっ」


 「えぇ!?ハルカ、なんで泣いてるのよ!」


 も、もしかして私ったら、なにか傷つくようなこと言っちゃった!?


 ハルカは俯いて、涙をポロポロとこぼしていた。


 「ご、ごめん!悪気はなかったの!」


 「ううん、違うの。そんなふうに言ってくれたの、マホロちゃんがはじめてで……嬉しくて」


 「う、嬉しくて泣くの?」


 「だって天才のマホロちゃんに、“ピアノの天才”って言われたんだよ?なんだか心が軽くなった気がして」


 ……心が、軽くなる。


 少し前に、私も同じようなことを感じたばかりだ。


 それは、マオくんに言われた『マホロだってもっと他の人を頼っていい』っていう言葉をもらったときだった。


 ハルカも私みたいに心が軽くなってくれたのならよかった。


 「わたし、発表会の日がんばるね!」


 「うん!みんながビックリするくらいの演奏をしてくるのよ!」


 グスッと鼻をすすりながら、ハルカは元気いっぱいに頷いた。


 ──ガラガラッ。


 そのとき、音楽室の扉がゆっくりと開く音がした。


 「……あれ、マオ?」


 「(マ、マオくん!?)」


 その扉からやってきたのは、マオくんだ。


 ランドセルを背負って、右手にはバスケットボールを持っている。


 「やっぱり、音楽室にいると思った。入ってもいい?」


 「いいけど、なにか用事?」


 今日はハルカと二人で帰る約束をしていたから、マオくんは先に帰っているものとばかり思っていた。


 もしかしたら、バスケの試合に向けて練習していたのかな。


 「実は、お助けクラブに依頼したいことがあって」


 「「い、依頼!?」」


 私とハルカの声が、ピッタリと重なった。


 まさか、マオくんからお助けクラブに依頼がくるなんて予想もしていなかった。


 「ど、どんな依頼なの?」


 「今週の土曜日にあるバスケの試合で、準備係が一人来られなくなったから、人手が足りないんだよな」


 「もしかして、その準備係の依頼を?」


 「そう。お助けクラブの二人がよかったら、お願いしたいなってことになって」


 「も、もちろんいいわよ!ね、ハルカ!」


 「うん、わたしもいいよ!でも、準備係ってなにをするの?」


 「体育館の整備をしたり、他の小学校のチームの椅子を用意したり、とかだと思う。試合は土曜日だから、休みの日に学校に来ることになるけど二人とも平気?」


 「私は平気!」


 「うん、わたしも大丈夫だよ」


 むしろ、土曜日までキセキのカケラ集めができるなんてラッキー!


 それに、マオくんのバスケの試合を観るのも楽しみだし!


 「じゃあ、二人ともよろしくね」


 「いいわよ、お助けクラブにドーンと任せて!」


 「マオ、試合がんばってね!」


 そう言って、マオくんは再び運動場へ戻っていった。


 体育クラブのバスケチームは、ここ最近、毎日のように練習をしている。


 「(試合、勝てるといいなぁ)」


 そのとき、ふと思い出したのは、おばあちゃんが作ってくれたお守りのこと。


 まほうをかけることはできないけれど、その分気持ちを込めることができると言っていた、あのピンクのお守り。


 ……そうだ!


 あれをマオくんに作ってあげるのはどうかな!


 「ねぇ、ハルカ!明日の放課後、二人でマオくんにお守りを作ってあげない!?」


 「お守り?」


 「そうよ!バスケの試合で勝てますようにって気持ちを込めたお守りを二人で作って渡してあげるの!」


 「わぁ、素敵……!うん!一緒に作ってあげよう!」


 試合まで、残りあと三日。


 まずはおばあちゃんに作り方を教わって、そのあと材料も買って、ハルカと一緒に作ろう!


 自分以外の誰かのために、なにかをしてあげようと思う気持ちが、こんなにもワクワクするんだってはじめて知った。


***


 「「じゃーん!」」


 試合当日の土曜日。


 今日は私とマオくんとハルカの三人で、朝から一緒に登校する約束をしていた。


 そして、集合場所に着いて一番に、私とハルカは二人で作ったお守りをマオくんに手渡した。


 「……これ、お守り?」


 「そう!今日の試合に勝てますようにって、ハルカと二人で作ったのよ!ね!」


 「うん!でも、私はお裁縫が苦手だから、ほとんどマホロちゃんが作ってくれたの」


 赤い布で作った、“必勝”と書かれたお守り。


 おばあちゃんみたいに上手にはできなかったけど、それでもちゃんとリボンで結んで、小さな鈴までつけてあげた。


 お守りの中には、『今日の試合、一宮小学校のチームが勝てますように!』と書いたお願いの紙も入っている。


 「ありがとう、二人とも」


 「どうしたしまして!」


 「試合の準備の“お助け”までしてもらってんのに、まさかお守りまでもらえるとは思ってなかった。嬉しい」


 マオくんは少し驚きながらも、ハルカと作ったそれをさっそく手提げぶくろに付けた。


 チリンッ、と小さな鈴の音が鳴り響く。


 「あ、それから!ハルカの分もありまーす!」


 「へっ!?わ、わたし!?」


 「来月、ピアノの発表会があるって言ってたでしょ?緊張せずにちゃんと演奏ができますようにって、実はハルカの分も前から作っておいたんだよねー!」


 舞台に上がると緊張して失敗してしまうと言っていたハルカには、オレンジ色の布で作った『成功』と書かれたお守りを渡した。


 人間界でまほうは使えないから、その分だけ気持ちを込めて作ったんだ。


 「あ、ありがとうマホロちゃん……っ」


 「あ!また泣いてる!」


 「だってぇ、嬉しいんだもん〜」


 マオくんとハルカに喜んでもらえて、なんだか私まで嬉しい気持ちになった。


 「よーし!今日は準備もちゃんとして、いっぱい応援してあげるからね!」


 「うん!わたしも応援する!マオ、ファイトだよ!」


 「……うん。俺、絶対勝つよ。このお守りもあるしね」


 マオくんのその言葉に、私の心臓がまたピョンと飛びはねた。


 最近、マオくんの姿を見ると心臓がドキドキしてしまう。


 なんだろう、この気持ち。


 今まで感じたことのない、はじめての感情だった。



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