第8話:マホロ、理科実験室のウワサを聞く



 「──えぇ!?マホロちゃん、お助けクラブに入ったの!?」


 「そうよ!だからみんなも、困ったことがあったらなんでも言っていいからね!」


 次の日、学校に来てすぐ、ナズナやアスカたちにクラブ活動のことを一番に伝えた。


 「マホロちゃんは絶対体育クラブがいいと思ったのになぁ。今度、他の小学校とミニバスの試合だってあるのにさぁ」


 「お裁縫クラブのほうがマホロちゃんには似合ってるよ!」


 「いやいや、マホロちゃんは給食が大好きだって言ってたし、お料理クラブが一番に決まってる!」


 みんなは私がお助けクラブに入るとは思っていなかったみたいで、ガッカリした様子で口々にそう言い合う。


 「まぁまぁ、いいじゃない!クラブが違っても、私たちは友達なんだから!」


 「まぁ、そうだけどさぁ〜」


 「マホロちゃんと一緒のクラブがよかったのにぃ」


 私と一緒がいいなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃない!


 人間界の“私”は、友達も多くて、勉強も運動もできちゃう天才だ。


 まほう界の“私”とは、まるで正反対。


 ナズナやユリたち、それからハルカが、私が元いた国では友達がいなくて、いろんな人たちとケンカばかりして張り合って、いつも一人ぼっちだったんだってことを知ったら、どう思うかな。


 「……っ」


 ときどき、考えてしまう。


 まほうアカデミーでも、もっと私がみんなに優しくしてあげられていたら、友達になってくれる人だっていたんじゃないかって。


 一位になることばかり考えるんじゃなくて、ナズナたちに教えてあげたみたいに、他の人たちにまほうを教えてあげたりしていたら、なにか違ったのかもしれないって。


 「……マホロちゃん?ボーッとしてるけど、大丈夫?」


 「もうすぐ十月だけど、まだまだ暑いから熱中症には注意しなさいってママが言ってたよ?」


 「……うん、大丈夫!平気!」


 私が一宮小学校の四年一組の生徒になって、もうすぐ二週間が経とうとしている。


 まほう界では、一年は『春の月』『夏の月』『秋の月』『冬の月』の四つにしか区切らない。


 だけど、人間界には特殊なルールがあって、一年を十二ヶ月に区切って、さらに一ヶ月をもっと細かく区切って、三十日や三十一日でまとめている。


 「(キセキのカケラは残り七十個。もっともっと、効率よく集めないと!)」


 とりあえず今は、フェアリス王国に帰ることだけを考えよう。


 ほかのことは……今はまだ、考えなくていいや。



***


 「──僕がお助けクラブの部長、飯島ツバサだ!よろしく頼むぞ、新人!」


 「な、なにこの人……」


 「マホロちゃん!改めて、今日からよろしくね!」


 五時間目の授業が終わって、放課後。


 今日は私のはじめてのクラブ活動の日。


 お助けクラブは不人気だからか、今は使われていない三階の古びた『準備室』がクラブ部屋になっているそうだ。


 「(なんなのよ、この部屋!ホコリっぽいし、ボロだし、それに……)」


 六年生のツバサは、腕を組んで胸を張りながら、偉そうに自己紹介をはじめた。


 キノコみたいな頭に、まんまるのメガネをかけて、『えっへん!』と鼻高々に咳払いをする。


 「あのね、マホロちゃん。ツバサ先輩は、四年生のときにお助けクラブを作った張本人なんだよ!すごいでしょ!」


 「全然すごくなーい」


 「それに、ツバサ先輩は頭もよくて、学校運営委員長もやってるんだよ!」


 「学校……運営委員長?」


 「えっとね?たくさんある委員会活動の中でも、学校運営委員会は生徒みんなの意見を聞いたりして、学校を良くしていく委員会のことだよ!限られた六年生だけが入れる委員会なの!」


 「な、なにそれカッコいいじゃない……!」


 「ツバサ先輩は、その中でも一番偉い委員長をやってるの!」


 「なっ、この人がぁ!?」


 「ふっふっふ。つまり、僕は一宮小学校の全生徒の代表ってワケなのさ!」


 ツバサはグングンと鼻を伸ばして、メガネをクイッとあげて整える。


 この六年生、なかなかやるじゃないっ!


 私よりもカッコいいなんて、悔しすぎる!


 それに、ハルカもなんだかすごく嬉しそうに拍手なんかしちゃっている。


 ハルカのトレンドマークでもあるツインテールをふわりと揺らしながら、その顔は少しだけ赤く染まっているように見えた。


 「と、いうわけで!マホロ、今日から君もお助けクラブの一員として、しっかり働いてもらうからな!」


 「言われなくても働くし!」


 「ちなみに、僕のことはツバサ先輩と呼んでいいぞ!」


 「ねぇ!そんなことより、提案なんだけど!お助けボックスは、もっといろんなところに設置するのはどう!?」


 今は職員室の前に、一つしか設置されていないお助けボックス。


 これを一年生から六年生までの各フロアに一つずつ設置すれば、もっとみんなが気軽にお助けボックスを使ってくれるかもしれない。


 いろんな困りごとがあれば、その分だけお助けしてあげることができる。


 「(そうなれば、キセキのカケラもたくさん出てくるわけで……!)」


 我ながら、本当にナイスなアイデアだ。


 それに、ツバサ先輩よりもいい働きができるんだってことを見せつけてやるんだから!


 「うーん、でも部員は三人しかいないんだぞ?そんなにたくさんのお助けボックスを毎週回収していくのは大変じゃないか?」


 「そんなの私が集めてあげるわよ!」


 「わたしも手伝うよ、マホロちゃん!」


 「そうか?ならやってみるか!」


 「じゃあ私、さっそくお助けボックス作っちゃおー!ハルカも一緒に作ろ!」


 「うん!」


 よーし、この調子で、どんどんキセキのカケラを集めていくわよ!



***


 「──つ、疲れたぁ!」


 お助けクラブに入って、一週間。


 お助けボックスをたくさん設置したり、友達に『困ったことがあったらお助けクラブに言うのよ!』と宣伝をしたりした甲斐があって、ただいま絶賛お助けクラブは大忙しだ。


 ハルカとツバサ先輩も、お昼休みや放課後を使ってせっせと依頼を完了させている。


 「あとは、体育の先生から頼まれたこのカラーコーンを運動場の倉庫に入れなくちゃ」


 お助けボックスの中には、いろいろな困りごとが書かれてあった。


 『算数を教えてほしい』


 『悩みを聞いてほしい』


 『美化委員会の掃除当番を一緒に手伝ってほしい』


 最近では、生徒からの依頼だけじゃなくて、学校の先生たちもお助けクラブにお願いをするようになっている。


 毎日が本当に大変だけど、その分キセキのカケラもザクザク集まってきている。


 おかげでこの数日の間で二十個以上貯めることができた。


 「よし、さっさとカラーコーンを片付けに行こう!」


 すばやく運動くつに履き替えて、運動場へ出た。


 お昼休みのこの時間は、太陽の日差しが一番強くてジリジリと暑い。


 それでも、鬼ごっこをしたり縄跳びで遊んだりしている生徒がたくさんいる。


 私は運動場に並べられているたくさんのコーンを一つずつ重ねて、倉庫へ運んだ。


 あぁ、こういうときにまほうが使えたら、一瞬で全部きれいに片付けられるのに!


 こんな暑い思いも、重たい苦労もしなくて済むのに!


 心の中でブツブツと文句を言いながら、重たいそれらを持ち上げた。


 「マホロ、手伝うよ」


 「……へ?」


 そんな私に声をかけてきたのは……なんと、マオくんだった!


 「マ、マオくん!?」


 どうしてマオくんがここに!?


 突然の彼の登場に驚いて、私の心臓がピョンと飛びはねた。


 マオくんにキセキのカケラを拾われたあの日から、私は密かに彼が何者なのかを探っていた。


 でも、おかしなところや不自然なところはなにも見つからずにいる。


 「このコーンを倉庫に片付ければいいんだよな?」


 「う、うん!」


 むしろ、マオくんはいつもこうしてなにかと私に声をかけてくれることがあるくらいだ。


 そんなマオくんは最近、お昼休みになるといつも体育クラブのチームメイトとバスケの練習をしに運動場に出ている。


 なんでも、来週の土曜日に体育クラブの活動で、他の小学校とバスケの試合が行われるそうだ。


 「こういう重たいものは、男子に頼みなよ」


 マオくんはそう言いながら、軽々とコーンを持ち上げた。


 そして、私と一緒に倉庫の中まで運んでくれる。


 「べ、別に平気!私、けっこう力持ちだし!」


 「でも危ないだろ。このカラーコーンって大きいから、持ち上げたらマホロの顔隠れて、前が見えなくなるし」


 「そ、それはそう……だけど」


 「これもお助けクラブの仕事?」


 「そうよ!最近は依頼もすっごく増えてきたんだから!」


 「じゃあ尚さら、もっと俺やほかの人に頼ったほうがいいよ」


 「で、でも他の人たちはお助けクラブの部員じゃないし……」


 「大丈夫。ひとこと“手伝って”って言えば、みんな手伝ってくれるから」


 「みんなに、頼ってもいいの?」


 「当たり前だろ?マホロだってみんなの“お助け”してるんだから」


 マオくんが言ってくれたその言葉に、なんだかすごく心が軽くなった気がした。


……そっか。


 私も、他の人に助けてもらってもいいんだ。


 「あ、ありがとう……」


 「うん、どういたしまして」


 二人でカラーコーンを片付けたおかげで、あっという間に運動場がきれいになった。


 「じゃ、俺はバスケに戻るから」


 片付けが終わると、マオくんは軽く手をヒラヒラと振って去っていく。


 私も同じように手を振ってバイバイしながら、マオくんの背中を見つめていた。


 マオくんが男子からも女子からも人気な理由が、少しだけ分かった気がした。


***


 「今週の分のお助け依頼、全部完了よ!」


 毎週金曜日のクラブ活動の日は、一週間で何件のお助けをしたのか、ツバサ先輩に報告するようになっている。


 私はさっそくお助けクラブ専用の古びた準備室に向かって報告をしに行くと、中にはすでにツバサ先輩とハルカがいた。


 「私、今週もいっぱい頑張ったんだよ……って、どうしたの?なにかあったの?」


 だけど、今日は二人ともどことなくいつもより元気がないみたい。


 ツバサ先輩もハルカも、眉間にシワを寄せて、怪訝そうな表情を浮かべていた。


 「あ、マホロちゃん……」


 「な、なに?どうしたのよ」


 二人の様子を伺うと、口を開いたのはツバサ先輩だった。


 「あぁ。実はな、お助けボックスの中に、一件だけ変な依頼が来ていてな?」


 「へ、変な依頼?」


 「しかも、依頼人の名前が書かれていないんだ」


 ツバサ先輩は、いつものようにまんまるメガネをクイッと上にあげながら、一枚のお助け依頼の用紙を手に持って私に見せた。


 私はそれを読み上げていく。


 「“依頼内容、理科実験室のウワサの……調査”?」


 「あぁ」


 「理科実験室のウワサって、なに?」


 「わたしは分からないんだ……。マホロちゃんは聞いたことある?」


 「な、ないない!……あ、でも待って?」


 そういえばちょうど昨日、ナズナたちといつものようにお昼休みに教室で話をしていたとき、ユリが少しだけ話題にしていたことを思い出した。


 『ねぇ、そういえばみんな知ってる?最近ね、理科実験室に置かれている鏡を見た人は、“フコウ”になっちゃうっていうウワサ』


 ナズナもアスカも、『そんなワケないじゃん!』『ただのウワサだよ!』って言いながら、その話はすぐに終わっちゃったんだっけ。


 「友達が言ってた……。理科実験室にある鏡を見た人はフコウになるウワサが出回っているって」


 「な、なにそれマホロちゃん……。もしかして、怖い話?」


 ハルカは怯えたように私の腕にギュッとしがみついて、震える声でそう言った。


 ハルカは怖い話が大の苦手なんだっけ。


 でも私だって、ユウレイだとかお化けの話は大嫌いだ。


 怖くて夜眠れなくなっちゃうんだもん。


 「ち、違うんじゃない!?こんなのって、ただのウワサだし!」


 「あぁ、そうだな。ただのイタズラな依頼かもしれないから、これは一応保留にしておこう」


 「そ、そうしよ!それがいいよ!」


 「う、うん!わたしも賛成!」


 ツバサ先輩は、そのお助け依頼の用紙に『保留』と赤ペンで書き込んだ。


 ……でも、なんでだろう。


 『鏡』と『フコウ』の二つの単語が頭の中から離れないのは。


 「どこかで聞いたことがあるような気がするんだよなぁ」



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