「うちのクラスの菊池君」というタイトルがあったので、俺のことかとクリックしてみた

みこと。

全一話

 昼休みにざわめくクラスの一角から、その話は聞こえてきた。


「えっ、"小説家になっちゃおう"の企画で?」

「そうなの。いま"菊池祭り"って個人企画が開催されてて」


 目をると、数人の女子が集まってスマホをのぞいている。


「主人公の名前が"菊池"なら、何でもありの企画でね。すごい数の作品数が集まってるんだぁ。もう百作越えてるの」


 会話に耳をそばだてる。

 菊池、それは俺の姓だ。


(なんかおかしな企画やってんのかな)


 他の苗字でしてくんねぇかな──。


 そう考えた直後、ひとつの声が耳に響いた。


「でね、私もそのお題で投稿したの」


(!!)


 思わず声の主を確かめる。

 間違いない、今の発言、藤井愛菜さんだ。


 密かに思いを寄せてる女子。

 読書家で、文芸部だって聞いてた。


(小説とか書くんだ)


 それよりなにより。


(菊池って名前のキャラで、話を書いたって?)


 どんな内容なんだろう──。



 さり気なくスマホを取り出し、話題の小説サイトを検索する。


(菊池、菊池、菊池、うわぁぁ、マジでたくさんあるなぁ)

 ホラーな菊池に、ファンタジーな菊池。童話な菊池に、SFな菊池。


 執筆者たちの名前を確認するも、当然ペンネームだらけで、藤井さんの名前はない。


(じゃあそれっぽいタイトルは……)


 スクロールしていた指が止まった。



 "うちのクラスの菊池君"



 ジャンルはと見ると、「現実世界恋愛」。

 思わず鼓動が早くなる。


 作者名は「りんごタルト」。

(そういえば彼女、りんご好きだったよな)


 ますますそうかもしれない。


 ドッドッドッドッと逸る心音を押さえつけながら、俺は作品をクリックした。



(っつ……、尊い……)


 読み終えて、机に突っ伏した。

 真っ赤な顔を隠すためだ。


 小説は、淡い恋心をつづった片想いの少女のお話。

 クラスに好きな男子"菊池"がいて、告白出来ない毎日。いつもドキドキしているといった学園での日常生活が、妙にリアルでピュア満載。たまらない。



(もし、もしこれが俺のことだったら)


 うちのクラスに菊池は一人。学年でも俺だけ。


 もう一度、藤井さんに目を向けると、彼女たちの会話はまだ続いていた。


(ねえ、もしかしてこの話ってフィクション?)

 心の中で問いかけて、藤井さんの様子を探る。


 タイミング良く、別の女子が尋ねた。


「それで愛菜は、何書いたの?」

「えへへ、秘密」

「どうせスプラッタでしょー。愛菜、血みどろ好きだもんねー」

「うんうん、容赦ないエグさとダークな作風って、つくづく本人像とかけ離れてるわあ」



(え゛っ、スプラッタ??!)



「ふふっ。あとで教えるから読んでね」


 藤井さんは否定しない。

 そのままキャイキャイと盛り上がってる。


(ス、プ、ラ、ッ、タ???)


 点になったままの目が、戻らない。


(それは"菊池"が、酷い目に遭ったりする話なんじゃ? ──まさか俺、恨まれてるとか??)



 スンと下がったテンションで、スマホを閉じる。


「…………」


(ちっくしょおおおお! 菊池が幸せになる話、俺だって書いてやるぅぅぅぅ!!)



 こうしてひとりの少年こと俺が、作家への第一歩を踏み出すことになるのだが。

 ひと一人の運命を大きく変えたことに、藤井愛菜は気づいてない。


 さらに将来、彼女には結婚というステージで人生までがっつり変えられちゃうのだが、それは新人作家の受賞式で再会する、社会人になってからの話なのだった。

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「うちのクラスの菊池君」というタイトルがあったので、俺のことかとクリックしてみた みこと。 @miraca

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