戦争が終わった日

ひづきすい

本編

 戦争は終わった。

 家で聞いていたラジオでは、戦勝記念のパレードの様子が報道されていた。泥一つついていないきれいな軍服を纏った兵士たちが、戦車と共に街中を練り歩いていると、テンション高めのキャスターが伝えていた。腰につけたラジオからも、人々の歓声が鳴り止むことはなかった。

 私は幾体もの死体を、穴に放り込んでいる最中だった。一人ずつ、農作業用の手押し車に載せて、穴の中に落としている。今しがた放り投げた死体は、腹に銃創があった。裂け目からは腸がだらしなく伸びていた。弾丸は腸をまで傷つけており、おまけに、この男は死ぬ前に飯をしこたま食っていたらしい。破れた腸からは大便が漏れ出しており、毛穴にまで染み込むような悪臭を放っていた。

 私の家は、ちょうど戦地のど真ん中にあった。私が家財道具と共にこの地に戻ってきたとき、私を出迎えたのは、迫撃砲にやられたと見られる家畜たちの死骸と、クレーターだらけの畑、トムとジェリーのチーズのように穴だらけになった我が家だった。加えて、そこら中に死体が、敵味方の別なく、転がっていた。故に、帰宅後の私の初仕事は、死んだものたちの後処理となった。

 私は少年兵の死体を見つけた。年は12歳程度とみえて、あどけない顔を見ているうちに、先月に誕生日を迎えた一人息子のことを思い出した。彼はまだ、私の妻と一緒に、首都にいる。今頃は、妻と一緒にパレードを見に行っているはずだ。私は少年の死体を抱き抱えようとした。背中に手を回して持ち上げようとすると、袖口から右腕がするりと落ちた。傷口には既に蛆が集っていた。私の腕にも、蛆が這い回っているのが感ぜられた。

 私は老人の死体を見つけた。老人の身体は、禿鷲たちに啄まれていた。鼻とふたつの眼球はどこかに消えていた。捕食者たちは、老人の舌に手をつけようとしていたが、私の接近を感じ取って、すぐさま飛び去って行った。髪の毛はほとんど無かった。それが、加齢によるものだったのか、さっきの鳥たちに持って行かれたのかまでは分からなかった。

 私はある兵士の死体を見つけた。敵方の兵士だった。その兵士の右半身は吹き飛んでいた。内臓さえも吹き飛んで、骨と血肉が乱暴にかき混ぜられていた。彼は自らの左手を大事そうに抱えていた。泥と硝煙に塗れた左手の薬指には、銀色の結婚指輪がはめられていた。彼にも妻や家族がいたのだろう。だとすれば、彼女らはこの兵士の死を知っているのだろうか。私は指輪をそのままに、彼を車に載せた。

 ここにあるのは勝利ではなく、死だった。誰もが死んでいて、私すら死んでいるのではないかと錯覚するほどだった。敵も味方もなく、勝利も敗北も無かった。ありとあらゆる感覚が、私に死の光線を、死の悲鳴を、死の臭気を感じさせた。ラジオから聞こえるパレードはいよいよ終わりを迎えようとしていた。私は穴にマッチを放り込んだ。種火は次第に炎に化け、死の匂いを巻き上げて、空高く舞い上がった。戦勝を祝う歓声が、炎と共に溶けていった。

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戦争が終わった日 ひづきすい @hizuki_sui

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