パラレルワールド

@-u-

異世界エレベーター

「ああ、暇だな。」机の上に広がる課題を見ながらふとそう思った。

実際やらなければならないことは、沢山あるのだが、全くやる気が起きず

先程から、さほど興味もないYouTubeを流し見する不毛な時間が過ぎている。

「異世界に行く方法。皆さんは異世界に行く方法を知っていますか?」

そんな動画が流れてきた。これ、小学生の頃に流行っていたやつだ。

懐かしさからか、なんとなく動画を見入っていると、ふとやってみようかなという

好奇心と恐怖心が入り混じったような気持ちが湧き出てきた。

「異世界に行くにはまず、一人でエレベーターに乗ります。四階、二階、六階、二階、十階、五階へ順番に移動します。五階につくと女の人が乗って来ます。乗ってきた女の人に話しかけてはいけません。最後に一階を押します。するとエレベーターは一階に向かわず、十階に行きます。十階に無事つくことができれば異世界に行くことができます。」

ざっと異世界に行く方法を確認すると、私は家を抜け出した。玄関を出る際に確認した時計は二十一時十五分を指していた。エレベーターホールまで歩いて向かっている間に、エレベーターを待っている人がいるかもと少し心配していたが、誰もいなかった。

エレベーターを暗がりで待っている間に好奇心よりも恐怖心が増えてきて、やっぱりやめようかなと思い始めた。なんとなくポケットからスマホを取り出すと、同じマンションに住む渚からメールが来ていた。「ねえ、明がやりたがってたゲーム、お兄ちゃんから借りれたからさ、うちでいまからやらない?」

私は、すぐに返信した。「ちょっと来て、7階のエレベーター前にいる」

すぐに既読がついた。友達からのメールで消えかけていた胸の中の好奇心がまた、こみ上げてきた。数分待った後、渚が来た。

「何?どうしたの急に?笑」

「ちょっとさ、試したいことがあるんだ」私はそういうと、異世界エレベーターの話を渚にした。話し終わった後、渚は「えー、その都市伝説古くない?」と少し呆れたように言った。「でも、いいよ。付き合ってあげる」そういうと渚は迷わず四階のボタンを押した。

エレベーターはすぐに来た。エレベーターに乗ると、「なんで急にやろうと思ったの?」と聞いてきた。「暇でさ」そう答えると、渚は「ずいぶん尖った暇つぶしだね」といって笑った。4階につき2階、六

6階、2階、10階とエレベーターは順調に進んでいく。移り変わるエレベーターのモニターの数字を見ている渚の横顔をなんとなく眺めていた。渚の口の左側にはほくろがある。私は顔に一つもほくろがないから、渚がちょっと羨ましかった。「私も口元にほくろほしいな〜、なんかそこにほくろあるだけで可愛く見えるもん」「いや、別にあってもなくても変わんないし笑、可愛く見えるのはのは、ほくろのおかげじゃなくて私の顔が良いだけだから」「うざ笑」部活の帰りそんな話したよなと回想していると、「渚って誰?」同じ部活の友達にだいぶ前に聞かれたことを思い出した。「え?何言ってるの、同じ部活で同じクラスなのにひどくない?ドッキリ?」「え?」友達が困惑した顔をしていたのを覚えている。あれ結局なんだったんだろう。「明、つくよ5階に」と少し緊張感を持った渚の声で現実に引き戻された。五階は異世界から来たとされる女の人が乗ってくる階だ。五階につき、エレベーターの扉が開く。身構えていたが誰も乗ってこず、外は夜の暗さしかなかった。「誰も乗ってこなかったね」閉のボタンを押しながら言うと、渚は「まあ、そういうもんでしょ」といいながら一階のボタンを押した。

「続けるの?」と聞くと「一応、最後までやってみよ」と言った渚の口元のほくろが反転していた。あれ。ほくろは左じゃなかったけ。と思ったが、言おうとした瞬間、兄にゲームを貸してもらうように説得するのが大変だったという話が始まってしまったので指摘できなかった。その後エレベーターは10階には向かわず1階についた。「やっぱり何にもなかったね」そう言いながら渚が6階のボタンを押した。「うん、まあ都市伝説だし」と少しがっかりしながら話していると6階についた。扉が開き、外に出た渚に続き私も出たが、なんとなく気持ち悪い雰囲気がした。いつも見慣れたマンションの通路だが、なんだか今日は違って見えた。まさかね。そう思いながら先を歩いている渚を追いかける。「ゲームさ、お兄ちゃんは上手いの?」と声を掛けると、「微妙かな笑」と言いながら渚は家の玄関を開けた。

「おじゃましまーす」と言いながら入り、私は、なんとなく掛けてある時計を見た。

え。時計は3時25分を指していた。「渚、時計壊れてない?」と声をかけた。「え?壊れてないよ」と渚は言ったが、家を出たとき見た時計は21時くらいだった。家を出てから、せいぜい10分くらいしか経っていないはずだ。6時間も経っているわけはない。混乱していると渚がスマホの画面を見せてきた. そこにはしっかり、3時25分と書いてあった。渚のほくろも相変わらず反転していた。急に怖くなり「私、やっぱり今日帰るわ。」そう言い残し私は渚の家を飛び出した行った。後ろから何か渚の叫ぶ声が聞こえたが振り返らなかった。

6階から7階まで行くのにエレベーターを使うか迷ったが、気味が悪かったので階段を駆け

上がった。急いで玄関の扉を開け中に入る。壁にかけてある時計を見ると3時26分を指していた。また、驚くことに1から12までの数字全てが鏡文字になっていたのだ。暑さからではない汗が額に滲む。きっと疲れているんだ。そう自分に言い聞かせ自分の部屋に入る。

部屋に入ると、なんとなく開きっ放しにしたノートが目に入った。呼吸が乱れた。

ノートに書いてある文字すべてが鏡文字になっていたのだ。ノートだけではない、カレンダーの数字も教科書の文字もすべてが鏡文字になっていたのだ。叫びそうになったが、これは夢か何かなんだ。「落ち着け、自分」と心の中で繰り返す。とにかく今日はもう寝よう

明日になったらきっと元通りになっているはず。そう思いながらベットに入る。とても疲れていたので瞼を閉じた瞬間すぐに眠ってしまった。

「明〜、今日塾でしょ!もう起きないと間に合わないんじゃないの!」意識の外側から急に誰かに殴られた。驚きながら時計を見ると時刻は2時半を指している。ついにお母さんにも、ボケが出てきたのかなと思いながら、歩いてリビングに行く。

「何ってんの、塾は9時からだよ。今まだ2時半なんだけど」少し苛立ちながら言うと、母は「あんたこそ何寝ぼけたこと言ってんの」と怒鳴られた。今日お母さん機嫌悪いなと思いながら窓をなんとなく見た瞬間、違和感に気づいた。

「お母さん、今、午後の2時?」「午前にきまってるでしょ、ふざけてないで準備して!」

午前?午前2時なら深夜のはずだが、外は深夜と思えないほどの明るさだった。

よく分からない。どういうこと。と混乱していたが、時計を見て絶句した。時計が反転していたのだ。昨日と一緒、変わってない!

あれは夢じゃなかったんだ。冷や汗が体を伝う。すべてが鏡文字になっているのであれば、2時半を指す時計も本来は8時半ということになる。塾は9時から授業が始まるから後30分しかない。普通に遅刻するじゃん!急いで自分の部屋に戻り、パジャマから私服に着替える。鏡文字のテキストをリュックに詰めながら考える。

「なぜこうなった」

昨日、あの都市伝説を試したからだろうか。異世界に迷い込んでしまったというのか。

でも五階で女の人は乗ってこず、エレベーターはそのまま一階に向かった。失敗しているはずなのに。準備が終わり、部屋を飛び出すと、玄関めがけて廊下を一直線に走った。

玄関の扉を開けると、外は夏らしいコントラストの強い景色がどこまでも続いていた。

「てゆうか、塾に行ってる場合じゃないじゃん」

とりあえず、もう一度、異世界エレベータを試してみよう。そうすればもとに戻れるかもしれない。

エレベーターに乗ろう。エレベーターホールへと歩いていると、

文字が見えた。なんて書いてあるんだ?首をひねりながら文字を読む。「ていきてんけんちゅう」最悪だ。エレベーター乗れないじゃん。点検ってどれぐらいで終わるんだ?「エレベーター 点検 期間」とググりながら階段を降りる。下りなので比較的楽だとは言っても、七階から一階まで降りるのは大変で一階についたときには額には汗が浮かんでいた。ググった結果、一、二時間程度で点検は終わるということだ。

これからどうしようか。塾に行くべきなのだろうか。塾に行ったって授業全部が鏡文字なら

理解できる自信がまるでない。でもこの世界と元いた世界がつながっているんだとしたら、授業を受け、元の世界に戻ったら鏡文字のプリントが、普通のプリントになるということだから、受けた方が良いのか?どうしよう

「おはようございます」「お!平木さんおはよう。今日は結構ギリギリだけど電車が遅延とかしてたの?」「いや、そういうわけでは..ないんですけど」

結局来てしまった。どうせエレベーターはまだ動かないし、一、二時間経ったら帰ろう。

いつもは最低でも十分前についているが、今日は行くかどうかギリギリまで迷っていたこともあり、三分前に着いた。

椅子に座った瞬間、誰かに肩を叩かれた。驚いて振り返ると、渚だった。

「明、昨日ちょっと変だったけど、大丈夫?」「うん、平気。ちょっと疲れちゃってて」

「そう...」渚と喋っていると、斜めの端に座っている子達が、私の方を見ながら何か話していた。「何?」と聞くと

先生が教室に入ってきた。その子は声を出さず口元だけ動かし、私に「誰と話してたの?」と聞いた。

「えっーと、じゃあ、平木さん。この問題、前で解いてくれるかな?」最悪だ。よりによって数学の証明問題で当てられてしまった。

「はい...」席から立ち上がり、前のホワイトボードに向かう。記号は反転させてかけるけど

漢字や平仮名は鏡文字を書くのが難しい。「△ABDと△CEFは」

と書いたところで手が止まった。「相似って、どうやって反転させて書くんだ?」どうしよう。少なくとも後、4行は書かなければならない。焦って手汗が出てきた。早く書かなければ。再び手を動かし始めた。半ばヤケクソで反転させず書いた。

書き終わり振り返ると、席に座った生徒が全員、真顔で私を見ていた。鏡文字じゃないことには触れず無言で私を見続けていた。私を見ている眼は虚ろで私を見ているようで、別の何かを見ているような感じがした。先生の方を見ると、先生は口を大きく開けたまま、突っ立っている。異様なほどに教室が静かだった。席から誰かが立ち上がった。あれは確か

鈴木くんだ。「お前、平木じゃないだろ。誰だお前」そう言った。すると次の瞬間口々に

「お前は誰だ」と言い始めた。恐怖で体が硬直していると、横にいた先生が「君は昨日一体何をした」と耳元で囁いた。声が耳の中でハウリングする。

ナニヲシタ

瞳孔開き、記憶が流れ込んでくる。「あんたさえいなければ、全てうまく行っていたのに

あんたが生んだのが間違いだった」「痛いよ、お母さんやめて、やめっててば」

お母さん?見えたものは私を殴る母の姿だった。「アイロンはやだ」「うるさい!」

腕にアイロンを当てられ私が、うめいていた。また違う映像が見えた。「こんな事もできないのか、料理くらい作っとけよ」「ごめんなさい、でも今日ちょっと体調が悪くて」「うるさい、こっちは仕事をしてきてんだよ。誰の金で生活できてると思ってんだ!」母に手を挙げる父の姿だった。「このゴミが」そう言って父は私も殴り始めた。

なにこれ。どれも私が知っている両親ではなかった。そして私が知っている私でもなかった。体中痣だらけで、腕には火傷の跡がいくつもあった。顔に痣がないのは、虐待をバレないようにするためだろうか。

また映像が変わった。「パラレルワールドって、本当に存在すると思う?」「明、どうしたの、急に」「いや並行世界だったら、違う世界線に行けるでしょ」渚に私が問いかけていた。「明。どうしちゃったの。大丈夫?」「大丈夫。」私の表情は強張っており、なにかに追い詰められているような感じがした。次は自分の部屋に映像が切り替わった。

異世界エレベータ?私がパソコンに打つ文字が見えた。「これが成功したら、異世界、いやパラレルワールドに行けるかも」パソコンに向き合う私は、目にクマがあり、頬もコケていて疲れている印象だった。

エレベーターの前で渚と話している映像に変わった。「それって、都市伝説だし、本当にはできないよ」「いや、できるんだ。これでうまくいく、だって...」何かを嬉々として渚に話しているがよく聞こえなかった。渚の表情は困っているような私を心配しているような表情だった。急に何かに引っ張られたような感覚がして周りを見渡すと、エレベーターホールに一人で立っていた。さっきまで塾にいたのに、そう思いながらあたりを見回す。朝来たときにはあった。定期点検中の張り紙はなくなっていた。エレベーターに乗り込むのに数分躊躇したが、これしかもとに戻る方法はないんだと自分を奮い立たせた。おそらくこちらの世界線の自分も昨日全く同じ時間に異世界エレベーターを試し、五階で世界線の違う自分と、入れ替わったのだろう。五階で、異世界からの女の人が乗ってこなかったと思っていたが、あの女の人とは違う世界線から来た自分自身のことだったのだ。エレベーターの中に入る時に壁に体がぶつかった。「痛っ!」予想外の痛さに驚きながら洋服を捲ると、腹部あたりに痣が大量にあった。複雑な気持ちになったが四階のボタンを押した。「やるしかないんだ」

四階につき、二階のボタンを押す。二階につき、六階のボタンを押す。心臓の鼓動が早くなっているような気がした。焦るな。自分に言い聞かせる。六階につき、次の階は二階だ。ボタンを押す手が震える。二階についた。ここまでは順調だ。誰も乗ってきていない。十階のボタンを押す。向こうの世界の私と昨日入れ替わってしまったのは偶然なのだろうか。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。さっき見た私自身の記憶なのか想像なのかわからない映像の中での私はやけに自信があるように見えた。まるで百パーセント、この都市伝説が成功するかのような自信が。十階についた。深呼吸をして五階のボタンを押した。五階に上がるまで、時間が永遠に感じられた。「五階です」エレベーター内アナウンスが響き、緊張感が全身に走る。扉が開いて、誰かが乗ってきたとしても話しかけてはいけない。それが誰であっても。

扉が開いた。

「え?」体が硬直した。扉の前に立っていたのは、紛れもなく私だったのだ。

なんで、どういうこと?ドッペルゲンガー?疑問が溢れてやまない。「びっくりしているみたいだね」そう言いながら私はエレベーターに乗ってきた。話しちゃだめだ。そう思いなが

ら私はもう一人の私から目をそらした。「一階に行きたいんでしょ?」また話しかけてきた。しまった。ボタンの横に立たれた。これではボタンを押すのが向こうのほうが早くなってしまう。私は話しかけてくるもう一人の自分を無視して1階のボタンをおそうとしたが、四階のボタンを先に押された。「あ。」声が出そうになったが耐えた。「失敗だね。最初からやり直さなきゃ」私は楽しそうに笑っていた。私ってこんなに性格悪かったっけ?そう思っていると、上着のポケットが振動した。スマホを取り出して見ると渚からメールが来ていた。「エレベーターに乗っちゃだめ」もう一人の私の様子を確認すると、モニターを見ていた。「なんで?私が乗ってくるから?」素早く打ち返した。すると一瞬で既読がつき返事が帰ってきた。「明を殺すつもりだよ」と返ってきた。殺すつもり。衝撃で思考が停止していると、「殺すわけないって思ってる?」モニターを見ていたはずの私はこちらを向いていた。なんで、考えていることが分かったのだろう。「昨日この都市伝説を試したのは偶然なの?」そう聞いた。「喋っちゃったね」笑顔でもう一人の私は答えた。うざ。直接言う勇気はなかったので心の中で思うだけにした。

「偶然なんかじゃないよ。ずっと機会を伺ってた。」「どういう意味?」そう私は尋ねた。

「本当は渚なんて、友達いないのかもね。今、現実だと思っていることが実は全部自分の想像の一部なのかもしれない」一瞬、私の顔が渚に見えた。「想像上では自分は何にだってなれる」ずっと何を言っているのか理解できなかった。困惑していると急にもう一人の私の手から銃が出てきた。「この銃が、おもちゃだと思えばおもちゃになるし、本物だと思えば本物になる」「厨二病かなにかなの?」私は叫ぶ勢いで言った。「?私はもう中2じゃないけど」不思議そうに答えた。厨二病知らないのか?そう思っていると、続けて私が喋りだした。「これが本物だと信じる。」そう言うと引き金を引いた。バン。

そこからの意識はない。

「続いてのニュースです。今日、午前11時すぎ、女子高生の平木明さんがエレベーターの中で何者かに銃のようなもので撃たれ死亡しました。エレベーターに防犯カメラはありましたが、犯行当時の映像は映っておらず、目撃者もいないため捜査は難航している模様です。

まだ付近に銃をもった犯人がい」

どんな人生を送るかは全部私の意識次第だ。

「明〜入るわよ。あら、何してるの?字の練習?」「まあ、そんな感じ」

「字の練習なんてしてないで、数学やりなさいよ。あら、これ鏡文字になってるわよ。」

「あ!ホントだ。ありがとうお母さん」

私はずっとこっちの世界で生きていくんだ。


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