第7話 魅了される

「『負のループ』を打ち壊すには、小さな亀裂と清涼な追い風が必要です」


「……確かに。自力では難しいからな」


「それが貴方だった、と言う理由わけです」


 えっ、ちょっと待て。

 なんでいきなり俺が出てくるんだ!?


「お陰様で、この掛け軸の供養が出来ました。御礼申し上げます」


「お前、正坊を依代よりしろにしたのか」


「いいえ。彼は……そうですね。敢えて言うなら、『幻燈機』ですかね」


「「幻燈機!?」」


 栄さんと俺の声が重なった。


「ええ。いにしえの物達が経験したトラウマ的出来事を映し出して向き合わせることで、『呪物』自らが過去を乗り越える力を与える、そんな役割です」


「「……」」


 何と返せばいいのか思いつかない。栄さんでさえ、言葉を失っているくらいだからな。


 いや、違った。

 肌色の頭から湯気が出る勢いで怒っていた。


「そんな危ねえ代物しろものを売るなんざ、骨董屋の風上にもおけねぇ。ご退席願おう。二度と正坊を危険な事に巻き込むな!」


 零れ落ちた前髪をさらりと掻き上げて、美しいあやかし店主はヘラヘラと笑い出した。


「おや、それは心外ですね。私は単に、『恐怖体験』と言うエンターテイメントを提供しただけですよ」


「エンターテイメントだって!?」


 流石の俺もツッコミたくなった。


「ええ。人と言う生き物は珍妙ですね。わざわざお金を払って、怖い書物を読んだり、お化け屋敷に行ったり、心霊スポット巡りをしたりしているじゃないですか。そんなに好きならば、便乗商売しようかと」


 えっ、そんな理由!?


「購入者は『古の物』が巻き起こす恐怖体験を臨場感たっぷりに体験できる。そして『けがれ』は昇華され、禍津物まがつものが一つこの世から減る。ウィンウィンの関係では?」


 何気に今風の言葉を使ってそれらしく言っているけど、俺、死にかけたからな!?


 まあ、最後はが助けてくれたみたいだけど。


 でもさ、あんな危険な体験にお金を払わせようなんて、単なるぼったくり商売なのでは?


 あ……


「だから、ぼったくり……」

「はい」


 涼しい顔で頷いた店主。

 手元の円相の掛け軸に何かを唱えた。


 その瞬間、掛け軸はポロポロとその姿を崩し、遂には消えて無くなってしまった。


 あ、俺の千円が……


「浄化されて霊力が消えましたので、もう形を保つことが難しくなっていましたので」


 いや、駄目だろ。品物が消えてなくなっちゃ、もはや詐欺だよな。


「ちゃんと怪異エンターテイメントを提供しましたからね。詐欺じゃありませんよ」


 まるで俺の考えを読んだかのようにそう言ってにんまり。


「お嫌いでしたか? 貴方は人一倍、古の物達の声を聞きたがっているように見えましたが……」


 くそっ! いなと答えられない。


「古の物達が好きで、一緒にいると胸が高鳴り、彼らの辿ってきた生涯に笑ったり涙したり」


 畳み掛けるように決断を迫ってくる。


「そこへ、『彼らを救う』が加わるとしたら……」

 

「正坊、耳を傾けるな」


 栄さんは心配して引き留めようとしてくれている。


 でも、分かっているんだ。本当はとっくに魅了されていることを。


 ヒリヒリとする命の危機。


 対称的に増してくる生の実感。


 究極のエンターテイメントだ。


 そして、手に入れたいモノ眼差しができてしまった。


 琥珀の輝き―――


 これは必然。

 あの店で、彼と出会った瞬間から。


「あんたの名は?」


「そうこなくては」


 満足そうな笑みを浮かべながら、形の良い唇が名を口にする。


「骨董屋『ぼったくり』の店主、朱伽しゅがでございます。以後、お見知りおきくださいませ」


 

        完



【作者より】

 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございましたm(_ _)m

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骨董屋『ぼったくり』 涼月 @piyotama

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