4-1

 朝。ポータルが一部復旧したと連絡が入った。出発地は王都ティレルから東に馬車で一時間ほど、大河バロン沿いにある学術都市ドルビニ。到着地はアヴァロニア大陸の南西に位置するグールド共和国は南、芸術の都エレノア。昨日シモーヌが言っていた通りの状況だ。それとも、七傑の魔女のために技師たちがこの都市間の回線を優先して復旧させたのだろうか。

 どちらにせよ、予定通りにことが進むのはいいことだ。予想外のことばかり起きててんやわんやだった昨日と今日を比べて安堵する美樹人とシオの二人は、王女アンジェリーヌの用意した馬車(と言っても昨日乗った馬車と大差ない)に乗って、ドルビニへ向かった。


「いやあ、今日は天気がいいねえ、魔女さん」

「そうですね。風が気持ちいい」

「こんな中で食べるよくわかんねーフルーツはサイコーだね」

「オストロムの実ですってば」

「モモとミカンとバナナ混ぜて甘さ引いたみたいな味するね」

「全部分かりません」

「うまいよ」


 もったりした食感の甘いような甘くないような果実を齧りながら、ぼんやり流れていく景色を眺める。こっちは田園風景。そっちは大河。挟まれるように伸びた太い幹線道路は、シオ曰くいつになく交通量が多いのだそうだ。確かに頻りに他の馬車とすれ違う。


「あとどんくらいで着くの?」

「ええと……三十分くらいでしょうか」

「結構近いんだねー」

「まあ、そもそもキュヴィエは大きな国ではありませんから」


 まだ土地勘がほとんどない美樹人は、なるほどそんなものかと頷いた。車で一時間、となると……高速道路だったら法定速度を守って六十から七十キロだろうか。馬車だから、もっと近いかもしれない。


「いやあ、昨日が嘘のようにのどかな時間だ……ずっとこれでいい……」

「束の間の休息ですね」

「なんでそんなこと言うの」

「いえ、その……タニアさんと一緒に犯人を探すんだったら、穏やかにはいかないと思って……」

「タニアさん、聞けば聞くほど危険人物なんだけど」

「い、いい人ですよ。少し大雑把なだけで」

「魔女なのに?」

「……私が細かいって言いたいんですか」

「そういう印象はある」

「うぐっ……」


 言い返せないシオにケラケラ笑いながら、美樹人はオストロムの実なる果実の最後のひとかけらを口に放り込んだ。

 残った皮を持て余していると、急に馬車が停まった。ガタン、と荷台が揺れて、美樹人は咄嗟に傾いたシオの体を支える。華奢な体は、けれどすぐに起き上がって御者席に視線を遣った。


「何事ですか?」

「越境種です!」

「!」


 シオが表情を変えて、美樹人を見た。越境種とは。目をパチパチさせた美樹人に、シオは言う。


「対岸から来た神授種です!」

「うお、マジ!?」

「協力していただけますか!?」

「具体的に何したらいい!?」

「馬車から引き離してドッカーン! です!」

「なるほどオッケー!」


 荷台から飛び出して、馬車の前方を見る。サーベル状の牙。四メートル近くあろうかという巨体。のしのしとこちらに向かってくるそれに、シオが叫ぶ。


「イノストランケヴィア! トッププレデターじゃないですか!」

「つまり?」

「特定地域で食物連鎖の頂点に君臨してる種です!」

「やべーじゃん!」


 シオがレッグポーチから試験管を一本取り出して美樹人に渡す。美樹人はなんとなく察して、栓を抜いてからイノストランケヴィアに向かって投げた。

 バシャ、と顔に試験管の中身をかけられたイノストランケヴィアは、数秒、硬直したかと思うと――


「うわああ思ってたより足が速い!」

「こっちです!」

「ごめん担ぐね!」

「えっ……きゃあ!?」


 怒ったのか、全速力で美樹人に向かって走り出した。そんなに素早そうな見た目はしていないのに、なるほど食物連鎖の頂点に君臨しているだけある。結構な速度だ。美樹人はかつてない瞬発力を発揮してシオの示した方向――河川敷のようになっている大河のほとりへと走った。もちろんシオを担いで。だって離れると死ぬからね。


「何投げたの俺!?」

「昏睡させる魔術薬ですっ。人間には効くんですけど、何故か神授種には効かないどころか怒らせるみたいでっ」

「聞かなかった俺も悪いけど、そういうことは最初に言ってね! 無言で渡さないで!」

「ごめんなさい!」


 坂を駆け下りて、川沿いに走る。なかなかどうして、美樹人の速度も捨てたものではない。あのトッププレデター相手に逃げることができているのだから。


「魔女さん、そろそろいいんじゃない!?」

「そうですね……下りますから、タイミングよく投げてください!」

「オッケー責任重大だね!」


 イノストランケヴィアとの距離は数メートル。失敗したらこっちまで爆発に巻き込まれるし、最悪あの牙の餌食になる。なかなかなプレッシャーだが、美樹人には成功体験があった。

 新たな試験管を受け取ってから、シオを地面に下ろす。そして試験管を握りしめて、構えて――投げる!

 狙ったのは、イノストランケヴィアの頭。確実に殺せる部位。果たして投げた試験管は直線的に飛んでいき――爆ぜた!


「魔女さん!」


 途端に起こる爆風と衝撃波から、シオを庇う。もうもうと土煙が上がる。その向こうから、いつイノストランケヴィアが現れても逃げられるようにシオの背中に腕を回した美樹人は、しかし明瞭になった視界に目を見開いた。


「す……ストライク……バッターアウト」

「?」

「魔女さん、これ、人間に向けちゃダメなやつだ」

「む、向けませんよ、流石に」


 頭がまるまる吹き飛んでいた。辺りに散らばった肉片と骨片。そりゃあもう恐ろしい肉食動物だったが、こうなってしまうと、何か思うところがあるような、ないような。


「『翡翠のうお様あー! 大丈夫ですかあー!?」

「あ」


 声に顔を上げれば、御者が道路からこちらを見下ろしていた。野次馬だろうか、見知らぬ顔も大勢。美樹人はとりあえず大声で返事をした。


「大丈夫でーす! 仕留めましたー!」

「そりゃ何より! 待ってください、今そいつを運びますから!」


 そう言って、御者たちは下りてくる。美樹人は首を傾げた。

 

「運ぶ?」

「だって、こんなところに放置していくわけにはいきませんよ」

「でも、運ぶって……どうやって、どこに?」

「それは、まあ、もちろん――」


 数十分経って、馬車は再び走り出した。美樹人と、シオと――シオによってしっかり防腐処理された、頭のないイノストランケヴィアの死体を乗せて。

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アヴァロニア大陸の謎~落ちこぼれ魔女と時空の迷子~ 富岡 @tommy14

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