【短編】起こしたのは誰

ずんだらもち子

【短編】起こしたのは誰

「うわぷ」

 タケシが溺れた!?――俺とヨシ君は焚火する手を止めて川面へと振り返った。

 飛沫が派手に舞ったことが伺える音と、白い泡がかすかに水面に浮かぶ。

 だが存外タケシは無事だった。ばしゃばしゃと溺れるように泳いで岸に向かってるとすぐに足が着く高さになったようで一気に臍から上が現れた。

「やめろよそーゆー冗談は。マジで川は急に深くなるから」

 俺はため息交じりに言った。

「い、いや……その……」

 お調子者のタケシの顔は蒼白だった。川に精気を奪われたのだろうか。夏の暑い盛り、それほど水温は低くない。

「なんかオレ、水の中で目が合って……」

「はぁ?」

「ほ、本当なんだよ」

「魚だろ」

「いや違う……いやわかんない」

 タケシは虚ろな返事をするばかりだった。「なぁ、帰ろうぜ?」

「バカ言うな、やっと火が点いたのに」

 俺は準備もせず一人涼しい川に入った挙句、わけのわからないことを言い出したタケシに腹が立った。

「お前が今度は火の番してろよ。泳いでくるから」

「う、うん……」

 意気消沈し上陸するタケシ。

 俺はさっそく汗だくになったTシャツを椅子に投げ捨て、川に向かって走った。5歩ほど進むと、次の一歩でかくりと川の中に腰まで浸かった。足を屈めて無理矢理肩まで浸かる。

「ひゅー!」とつい高揚感を口にしてしまう。俺は顔を浸けてみたが、自分のせいで濁ってしまった水中は見通しが悪かった。しばらく沖へと泳いでみる。

「ぱはっ――何もいないって――と」

 足を着けようと思ったのに、気づけば首まで無理なく浸かってしまう――。

 その時、足の裏に妙な柔らかさを感じた。当然石ではなく、砂や泥の様に埋まるような感触もない。苔とは違ってかすかだが弾力がある。

 もう一度、水中に顔を突っ込んだ。

 俺も確かに目が合った――。


 警察の話では、恐らく入水自殺をした女性の遺体らしい。川底で石に引っ掛かっていたようだ。翌朝には全国区のニュースで話題になった。身元は未だに判明していないとのこと。

 遺体の状態については、俺たち三人には見せてもらえなかった。


 でもあの感触は今でも足の裏に押し付けられているかのように鮮明に覚えている。




「――あ、もしもし。なぁやっぱり呪われるかな。なんだか寒気がするぜ」

『……大丈夫だよお前は』

「そうかなぁ。でもありがとう、ごめんな。それだけ。じゃ」

 ヨッシーは頼りになるな。あの日も一人だけ冷静に座って事の成り行きを見てたし。そう言われたらすげー安心しちゃったよオレ。

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【短編】起こしたのは誰 ずんだらもち子 @zundaramochi777

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