金髪女子高生とギターと②最強の実習生
綿串天兵
初めて聞く生京都弁って
早いな、あっという間に五月。電車の窓から見える景色は、ビルや保育園、古い家、踏切が流れていく。
新学期早々から始まった「トイレに行かせないイジメ」も無くなった。今は、中間考査も終わって平穏な日々を過ごせている。
「ふぁぁ」
思わずあくびが出た。いつもの駅で電車を降り、改札を抜けて左に曲がると、後ろに、うちの高校とは違う制服を着た男子がいることに気が付いた。
向かいの高校の生徒だ。おかしいな、あの高校、三浦高校より始業時間が三十分遅いから、もう二本、遅い電車に乗るはず。
それにしても天気がいいよ。まさに五月晴れ。まっすぐ遠くまで続く国道の上には、くっきりとした青い空。少しだけ控えめに浮いている白い雲が、青さを引き立てている。
いつものように、高校に一番近い横断歩道を渡ると、自転車にまたがった
「おはよ、最近、毎日ここで会うね」
「おはよ!
「ねえ、今日、教育実習の先生が来るんだって」
「そうなの?」
そういえば、そういう時期だった。
「でも、三年生は関係ないんじゃないの?」
「それがね、なんと、折田大学の人で特別に三年生を担当するんだって」
折田大学と言えば、日本で一位、二位を争う国立大学。うちの高校も、この街じゃトップの進学校、大学の様子も聞けるだろうし参考になるかも。
教室に入り、椅子に座って待っていると、
「え、金髪、外国人?」
「瞳は緑っぽいね」
「
「超かっこよくない?」
「ちょっと、マッチョっぽいよね」
教室内が急にざわついている。でも、顔つきは、あたしと違って明らかに西洋人という感じで鼻が高く、目元の堀も深い。
「はい、じゃあ、教育実習生を紹介します。例年、教育実習生が三年生を担当することはありません」
あ、こっちを見た。あたしに気が付いたみたい。
「折田大学の学生で、このクラスは受験希望者もいます。それで、特別に担当することになりました」
金髪の男性は、少し肩を開きながら呼吸をした。
「えっと、ノース=バック=トゥリヴァです。よろしゅうおたの申します」
え? クラスの空気が固まった。あたしも一緒に固まった。とても流ちょうな関西弁だったから。
「折田大学の総合人間学部に在学していまして、心理学、脳科学関係を特に深く学んでおります」
すごい、イントネーションが、テレビで見たことのある関西弁。これ、破壊力すごすぎる。
「ちなみに、イギリス出身の両親は日本に永住しており、僕は日本生まれ、日本育ちで、英語は不得意です」
数秒の静粛……。
「なんでやねん!」
誰かが静粛を破った。
「僕、家は京都なんで、突っ込みはかんにんしとくれやす」
教室中が笑い声で埋まった。なんか、このクラスでこんな笑い声を聞いたのは初めて。
そっか、あたしたちには関西弁と京都弁の聞き分けがつかない。ノース先生は京都弁なんだ。
僕って言うときも、「ぼ」の音程が低くて、「く」の方が高い。
すべての授業が終わると、あたしは図書室に行った。月曜日は受付の当番だから。
「すみません、本の返却をお願いします」
「はい」
あたしはパソコンを操作して返却処理をした。「つくつく」か……作者は? 堀沢明夫、うーん、知らないな。表紙、ちょっとかわいいかも。どうせ暇だし、ちょっと読んでみようか。
パラパラっとめくってみると、大人の恋愛小説みたい。何か学びがあるかもしれないから、読んでみよう。あれ? 学び? 恋愛とか別にどうでもいいじゃん。
「
「いえ、なんとなく」
あたしが本を読んでいるのが珍しいのか、一緒に受付に座っていた別クラスの女子生徒が話しかけてきた。
「そういえばさ、作家さんのこと、先生って言うよね。どうしてか知っている?」
「え、わかんない」
「あのね、戦前までは、『書生』って言って、作家になりたい人は偉い作家さんに弟子入りしていたんだって。それで『先生』って呼ぶらしいよ」
「へえ、じゃあ、学校の先生と同じだね」
「うん」
結局、あたしは読み切ることができず、この本を借りていくことにした。
♪ ♪ ♪
「というわけで、
職員室は相変わらずごちゃごちゃしている。先生、よく「整理整頓」って言うけど、先生たちの方こそ整理整頓した方がいいんじゃないかな。
というか、この事務机、ノートパソコンを置くにはちょっと小さい気がする。
今日はどうして呼ばれたのかな? 何か、また面倒ごとに巻きまれちゃったのかな。
ウイーンっと、後ろの方からコピー機の音が聞こえる。目の前には、たくさんの事務机と椅子に座った
「そこに座って」
「はい」
あたしは椅子に座ると、視線を床に落とした。あたしなりの、言われたくない言葉に対する防御態勢。あれ?
「
「あら、あ、愛車のキーよ。ありがとう」
「ご用件はなんでしょうか?」
「実は、ノース君をうちのクラスに迎えたのは、私の意図によるものなの」
「どういうことですか?」
「ほら、うちのクラス、二つに分かれちゃっているでしょ。そこで、ノース君の面接をした時に、これだって思ったのよ」
あたしはノース先生の方を見た。爽やかな笑顔、なんとなく
「ほら、今日も大ウケだったでしょ。ノース君をきっかけに、クラスがまとまってくれないかなって」
「それで、なぜあたしを?」
「うちのクラスは、あなたを中心に回っているから」
そ、そんな、大それたことを……。
「い、いえ、むしろ、あたしが問題点というか」
「いい?
「どういうことですか?」
「どちらかに加担してクラスを正常化させようとすると、そっちのグループの色が強くなってしまうの」
うーん、そういうものかな。でも、あたしの立場ってものも。平穏で、目立たないのが一番なんだけど。
「そこで、
「ありません」
あたしは即答した。
ノース先生は、少しうつむき、両手を握って左右の親指を交互に入れ替え始めた。数分後、おもむろに顔を上げた。何度見ても綺麗な顔をしている。
「心理学に同調行動というものがあり、全員で同じ行動をとることで、無意識のうちに一体感を高めることができます」
「それだけ?」
「お聞きした状態だと、それだけでは無理だと思います」
「そうよね」
「そこで、現状のグループ構成は意識せず、まずクラスを細かく分けて競い合いをします。身体を動かしたり、五感に訴えるものが効果的です」
「なるほど」
「そうやって小さな一体感を作ってから、最後にクラス全体で成功体験をしてもらいます」
ノース先生、話している言葉は標準語なのに、やっぱりイントネーションが違っておもしろい。
「何がいいかしら」
「
「どちらが上手かってこと?」
「いえ、もっとシンプルに声の大きさを競うんです。そして、最後、全員で歌うと、もっと大きな声になるという成功体験をしてもらいます」
「なるほど。でも、どうやって声の大きさを計るの? 騒音計なんて無いわ」
「それは問題ありません。パソコンのアプリで音量を表示できます。それを視聴覚室のテレビで表示すれば盛り上がります」
「ノース君、すばらしいわ」
「というわけで、
「え?」
「カントリードーロを知らないの?」
「知ってますけど、あたし、フォークギターはあまり弾いたことがなくて」
「
「その……」
♪ ♪ ♪
月曜日は放課後、図書委員の仕事がある。今日は、何事もなく終わり。ざっくりと書棚を巡回して、変なところに本が入ってなければ帰宅。うん、大丈夫。
いつものように駅まで歩き、電車を二本乗り継いで無事帰宅、順調順調。でも、フォークギターか、うーん、大丈夫かな。最近は全然、弾いてないし。
パパはいつも夜八時ごろ帰ってくる。あたしは夕食を済ませてパパの帰宅を待った。
「パパ、学校でフォークギターを使いたいんだけど、借りてもいい?」
「ああ、いいよ。でも、それ、貴重なやつだから大切にな」
「うん、わかってるってば。楽器は全部、大切に扱うもん」
「そうだな、よろしく頼むよ」
あたしはリビングの隅に立てかけてあるパパのギターを、ケースから出してみた。よく見ると、ギターのボディに細かなヒビのようなものがたくさん入っている。
「ねえ、パパ、このギター、なんかヒビがいっぱい入っているけど、大丈夫?」
「それは、ギターの木がよく乾燥しているってこと。いい音するよ」
「ふーん、そういうものなんだ」
パパは、何やら鼻の穴をひくひくさせている。何かを隠していたり、自慢したりするときの表情。
「そのギターな、パパが生まれた年に作られたギターなんだ」
「そんなに古いの?」
「うん。しかも状態がいいし、全部、オリジナルのパーツだから、そうだな、今、買うなら三十万円ぐらいかな」
「えーっ?」
大きな声を出したのは、ママだった。
「パパ、いつの間にそんな高い買い物をしたの?」
「結婚する前だから。無駄づかいには入らないということで」
「もし、オークションに出したら……」
ママ、なんだか目が泳いでいる。もしかしたら、パパが長期出張とか行ったら、本当にオークションに出しちゃうかも。
あたしはギターだけ手にして自分の部屋に戻ると、スマホでコード譜を探し、早速、練習を始めた。
「えっと、カントリードーロ、日本語の方じゃなくて原曲の方だから、最初のコードはAか……。次は……」
――ポコポコポン。
まったく響かない、歯切れの悪い音が鳴った。
うぅ、F#マイナーが押さえられない……。どうしよう、人差し指の力が足りないよ。エレキギターと全然違う。
そうだった、フォークギターはエレキギターよりもネックが太いし、弦が硬いから、押さえるのに力がいる。確かに、固い弦をしっかり弾かないと大きな音が出ないよね。
しかも、F#マイナー、結構、たくさん出てくるよ。
キーボードを初めて弾いたときの事を思い出した。
中学に上がる前までピアノを習っていたから、練習スタジオに置いてあるキーボードを弾いてみたことがある。これが、実に弾きづらい。
同じ鍵盤楽器でも、ピアノの鍵盤を叩くときの重さに比べて、キーボードの鍵盤の軽いこと。
軽すぎて調子がくるってしまい、すぐに弾くのをやめてしまった。
今は、あの時の逆。弦を押さえるのに力が必要で、押さえられなくて苦労している。
どうしよう。パパに相談してみよう。
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カクヨム
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
本小説では、基本、施設名などは、ひと文字ずらしたり、由来などで関係する名前にしています。
しかし、「カントリードーロ」、ワタクシ的にはおもしろい! と思ってしまいまして、使ってしまいました。
ワタクシ、バンドをやっておりまして、ピアノ奏者のメンバーが初めてキーボードを弾いた時に、「これ、違う、絶対に違う」って騒いでいました。
そんなわけで、ピアノが弾けるからと言って、いきなりキーボードが弾けるとは限らないので、ご注意を。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
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