金髪女子高生とギターと最強の実習生

綿串天兵

初めて聞く生京都弁って

 早いな、あっという間に五月。電車の窓から見える景色は、ビルや保育園、古い家、踏切が流れていく。


 新学期早々から始まった「トイレに行かせないイジメ」も無くなった。今は、中間考査も終わって平穏な日々を過ごせている。


「ふぁぁ」


 思わずあくびが出た。いつもの駅で電車を降り、改札を抜けて左に曲がると、後ろに、うちの高校とは違う制服を着た男子がいることに気が付いた。


 向かいの高校の生徒だ。おかしいな、あの高校、三浦高校より始業時間が三十分遅いから、もう二本、遅い電車に乗るはず。


 それにしても天気がいいよ。まさに五月晴れ。まっすぐ遠くまで続く国道の上には、くっきりとした青い空。少しだけ控えめに浮いている白い雲が、青さを引き立てている。


 いつものように、正門に一番近い横断歩道を渡ると、自転車にまたがった葉寧はねいがいた。


「おはよ、最近、毎日ここで会うね」

「おはよ! 楼珠ろうずに早く会いたいからね」


 葉寧はねい、やっぱり今日もあたしの後ろを見た気がする。葉寧はねいは自転車から降りると、あたしの横を歩き始めた。


「ねえ、今日、教育実習の先生が来るんだって」

「そうなの?」


 そういえば、そういう時期だった。


「でも、三年生は関係ないんじゃないの?」

「それがね、なんと、折田大学の人で特別に三年生を担当するんだって」


 折田大学と言えば、日本で一位、二位を争う国立大学。うちの高校も、この街じゃトップの進学校、大学の様子も聞けるだろうし参考になるかも。


 教室に入り、椅子に座って待っていると、南島なしま先生と、もう一人、金髪の男性が入ってきた。


「え、金髪、外国人?」

「瞳は緑っぽいね」

朱巳あけみさんみたい」

「超かっこよくない?」

「ちょっと、マッチョっぽいよね」


 教室内が急にざわついている。でも、顔つきは、あたしと違って明らかに西洋人という感じで鼻が高く、目元の堀も深い。


「はい、じゃあ、教育実習生を紹介します。例年、教育実習生が三年生を担当することはありません」


 あ、こっちを見た。あたしに気が付いたみたい。


「折田大学の学生で、このクラスは受験希望者もいます。それで、特別に担当することになりました」


 金髪の男性は、少し肩を開きながら呼吸をした。


「えっと、ノース=バック=トゥリヴァです。よろしゅうおたの申します」


 え?クラスの空気が固まった。あたしも一緒に固まった。とても流ちょうな関西弁だったから。


「折田大学の総合人間学部に在学していまして、心理学、脳科学関係を特に深く学んでおります」


 すごい、イントネーションが、テレビで見たことのある関西弁。これ、破壊力すごすぎる。


「ちなみに、イギリス出身の両親は日本に永住しており、僕は日本生まれ、日本育ちで、英語は不得意です」


 数秒の静粛……。


「なんでやねん!」


 誰かが静粛を破った。


「僕、家は京都なんで、突っ込みはかんにんしとくれやす」


 教室中が笑い声で埋まった。なんか、このクラスでこんな笑い声を聞いたのは初めて。


 そっか、あたしたちには関西弁と京都弁の聞き分けがつかない。ノース先生は京都弁なんだ。

 僕って言うときも、「ぼ」の音程が低くて、「く」の方が高い。


 すべての授業が終わると、あたしは図書室に行った。月曜日は受付の当番だから。


「すみません、本の返却をお願いします」

「はい」


 あたしはパソコンを操作して返却処理をした。「つくつく」か……作者は? 堀沢明夫、うーん、知らないな。表紙、ちょっとかわいいかも。どうせ暇だし、ちょっと読んでみようか。


 パラパラっとめくってみると、大人の恋愛小説みたい。何か学びがあるかもしれないから、読んでみよう。あれ? 学び? 恋愛とか別にどうでもいいじゃん。


朱巳あけみさん、その本、おもしろいの?」

「いえ、なんとなく」


 あたしが本を読んでいるのが珍しいのか、一緒に受付に座っていた別クラスの女子生徒が話しかけてきた。


「そういえばさ、作家さんのこと、先生って言うよね。どうしてか知っている?」

「え、わかんない」

「あのね、戦前までは、『書生』って言って、作家になりたい人は偉い作家さんに弟子入りしていたんだって。それで『先生』って呼ぶらしいよ」

「へえ、じゃあ、学校の先生と同じだね」

「うん」


 結局、あたしは読み切ることができず、この本を借りていくことにした。



  ♪  ♪  ♪



「というわけで、朱巳あけみさん」


 職員室は相変わらずごちゃごちゃしている。先生、よく「整理整頓」って言うけど、先生たちの方こそ整理整頓した方がいいんじゃないかな。


 というか、この事務机、ノートパソコンを置くにはちょっと小さい気がする。


 今日はどうして呼ばれたのかな? 何か、また面倒ごとに巻きまれちゃったのかな。


 ウイーンっと、後ろの方からコピー機の音が聞こえる。目の前には、たくさんの事務机と椅子に座った南島なしま先生。


 南島なしま先生が背中を揺らすたびに、安っぽい椅子の背もたれから、ギイギイと音が聞こえる。


 南島なしま先生のすぐ横には、丸いパイプ椅子に座ったノース先生。あたしの分だろうか、もうひとつ、丸椅子が置いてある。


「そこに座って」

「はい」


 あたしは椅子に座ると、視線を床に落とした。あたしなりの、言われたくない言葉に対する防御態勢。あれ?


南島なしま先生、床に何か落ちています」

「あら、あ、愛車のキーよ。ありがとう」


 南島なしま先生は、椅子をずらしてキーホルダー付きのキーを拾った。何か、黒いマスコットみたいな人形が付いていたような気がする。


「ご用件はなんでしょうか?」

「実は、ノース君をうちのクラスに迎えたのは、私の意図によるものなの」

「どういうことですか?」

「ほら、うちのクラス、二つに分かれちゃっているでしょ。そこで、ノース君の面接をした時に、これだって思ったのよ」


 あたしはノース先生の方を見た。爽やかな笑顔、なんとなく清水きよみずさんの笑顔を思い出してしまう。


「ほら、今日も大ウケだったでしょ。ノース君をきっかけに、クラスがまとまってくれないかなって」

「それで、なぜあたしを?」


 南島なしま先生は腕を組み、ふうっと大きく息を吐いた。


「うちのクラスは、あなたを中心に回っているから」


 そ、そんな、大それたことを……。


「い、いえ、むしろ、あたしが問題点というか」


「いい?朱巳あけみさん。この一か月間、私なりにクラスを観察してきたの。私がどちらかに加担すれば、バランスは崩れる」

「どういうことですか?」

「どちらかに加担してクラスを正常化させようとすると、そっちのグループの色が強くなってしまうの」


 うーん、そういうものかな。でも、あたしの立場ってものも。平穏で、目立たないのが一番なんだけど。


「そこで、朱巳あけみさん、ノース君、何かいいアイデアはないかしら」

「ありません」


 あたしは即答した。


 ノース先生は、少しうつむき、両手を握って左右の親指を交互に入れ替え始めた。数分後、おもむろに顔を上げた。何度見ても綺麗な顔をしている。


「心理学に同調行動というものがあり、全員で同じ行動をとることで、無意識のうちに一体感を高めることができます」

「それだけ?」

「お聞きした状態だと、それだけでは無理だと思います」

「そうよね」

「そこで、現状のグループ構成は意識せず、まずクラスを細かく分けて競い合いをします。身体を動かしたり、五感に訴えるものが効果的です」

「なるほど」

「そうやって小さな一体感を作ってから、最後にクラス全体で成功体験をしてもらいます」


 ノース先生、話している言葉は標準語なのに、やっぱりイントネーションが違っておもしろい。


「何がいいかしら」

南島なしま先生が英語の先生であること、そして教育の場に相応ふさわしい行動で、かつシンプルさを求めると、英語の歌が良いかと思います」

「どちらが上手かってこと?」

「いえ、もっとシンプルに声の大きさを競うんです。そして、最後、全員で歌うと、もっと大きな声になるという成功体験をしてもらいます」


「なるほど。でも、どうやって声の大きさを計るの? 騒音計なんて無いわ」

「それは問題ありません。パソコンのアプリで音量を表示できます。それを視聴覚室のテレビで表示すれば盛り上がります」

「ノース君、すばらしいわ」


 南島なしま先生は、ノース先生の手を取り、上下にブンブンと振った。


「というわけで、朱巳あけみさん、英語の授業でやるから、曲は『カントリードーロ』、原曲通りでよろしくね。ワンコーラスだけでいいわ」


「え?」


「カントリードーロを知らないの?」

「知ってますけど、あたし、フォークギターはあまり弾いたことがなくて」

朱巳あけみさんなら大丈夫よ。明日の授業で告知するから、来週、実行しましょう」

「その……」


 南島なしま先生の意気揚々とした笑顔を見たら、言葉が出なくなってしまった。



  ♪  ♪  ♪



 月曜日は放課後、図書委員の仕事がある。今日は、何事もなく終わり。ざっくりと書棚を巡回して、変なところに本が入ってなければ帰宅。うん、大丈夫。


 いつものように駅まで歩き、電車を二本乗り継いで無事帰宅、順調順調。でも、フォークギターか、うーん、大丈夫かな。最近は全然、弾いてないし。


 パパはいつも夜八時ごろ帰ってくる。あたしは夕食を済ませてパパの帰宅を待った。


「パパ、学校でフォークギターを使いたいんだけど、借りてもいい?」

「ああ、いいよ。でも、それ、貴重なやつだから大切にな」

「うん、わかってるってば。楽器は全部、大切に扱うもん」

「そうだな、よろしく頼むよ」


 あたしはリビングの隅に立てかけてあるパパのギターを、ケースから出してみた。よく見ると、ギターのボディに細かなヒビのようなものがたくさん入っている。

 

「ねえ、パパ、このギター、なんかヒビがいっぱい入っているけど、大丈夫?」

「それは、ギターの木がよく乾燥しているってこと。いい音するよ」

「ふーん、そういうものなんだ」


 パパは、何やら鼻の穴をひくひくさせている。何かを隠していたり、自慢したりするときの表情。


「そのギターな、パパが生まれた年に作られたギターなんだ」

「そんなに古いの?」

「うん。しかも状態がいいし、全部、オリジナルのパーツだから、そうだな、今、買うなら三十万円ぐらいかな」


「えーっ?」


 大きな声を出したのは、ママだった。


「パパ、いつの間にそんな高い買い物をしたの?」

「結婚する前だよ。だから、無駄づかいには入らないということで」

「もし、オークションに出したら……」


 ママ、なんだか目が泳いでいる。もしかしたら、パパが長期出張とか行ったら、本当にオークションに出しちゃうかも。


 あたしはギターだけ手にして自分の部屋に戻ると、スマホでコード譜を探し、早速、練習を始めた。


「えっと、カントリードーロ、日本語の方じゃなくて原曲の方だから、最初のコードはAか……。次は……」


 ――ポコポコポン。


 まったく響かない、歯切れの悪い音が鳴った。


 うぅ、F#マイナーが押さえられない……。どうしよう、人差し指の力が足りないよ。エレキギターと全然違う。

 そうだった、フォークギターはエレキギターよりもネックが太いし、弦が硬いから、押さえるのに力がいる。確かに、固い弦をしっかり弾かないと大きな音が出ないよね。

 

 しかも、F#マイナー、結構、たくさん出てくるよ。


 キーボードを初めて弾いたときの事を思い出した。


 中学に上がる前までピアノを習っていたから、練習スタジオに置いてあるキーボードを弾いてみたことがある。これが、実に弾きづらい。

 同じ鍵盤楽器でも、ピアノの鍵盤を叩くときの重さに比べて、キーボードの鍵盤の軽いこと。

 軽すぎて調子がくるってしまい、すぐに弾くのをやめてしまった。


 今は、あの時の逆。弦を押さえるのに力が必要で、押さえられなくて苦労している。


 どうしよう。パパに相談してみよう。




   ----------------




カクヨム

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


本小説では、基本、施設名などは、ひと文字ずらしたり、由来などで関係する名前にしています。


しかし、「カントリードーロ」、ワタクシ的にはおもしろい! と思ってしまいまして、使ってしまいました。


ワタクシ、バンドをやっておりまして、ピアノ奏者のメンバーが初めてキーボードを弾いた時に、「これ、違う、絶対に違う」って騒いでいました。


そんなわけで、ピアノが弾けるからと言って、いきなりキーボードが弾けるとは限らないので、ご注意を。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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