つまらないと思ってたら

 南島なしま先生が教壇に立った。横にはノース先生もいる。


「それでは、今日はちょっとしたゲームをします」


 あ、始まった。どんなゲームだろう?


「タイトルは、名付けて『キーワードゲーム』、これから、棒くじでグループ分けをします。四人ずつです。そして、図書室で『五文字のキーワード』を探してもらいます」

「先生、探すだけですか? 俺たち、受験生なんですけど」


 誰かが不満げな声で質問をした。


「最初に見つけたグループは、なんと、全員、乗馬体験ができます」


 クラス内がどよめいた。乗馬体験なんて、豪華すぎる。普通に申し込んだら、安くても五千円はするらしい。


「そして、そのキーワードを発表し、みなさんに実行してもらいます」


 なるほど。


「このクラスは三七人なので、四人ずつのグループに分けると一人余ります。当たり棒を引いた人は不戦勝で当選ということでキーワード探しは見学、数字の付いた棒を引いた人はその数字のグループになります」


 南島なしま先生は、あたしの列の前に立つと棒の入った箱を先頭の女子生徒に差し出した。


「私の方は女子だけね。男子はノース先生から受け取ってください」


 こういうのって、ドキドキする。それに、苦手な人と同じグループになったらどうしよう。いや、苦手じゃない人は葉寧はねいだけだし。


朱巳あけみさんもどうぞ」

「はい」


 あ、三番だ。当たり棒が良かったのに。


 全員のグループが決まると、あたしたちは南島なしま先生とノース先生に先導されて、図書室に向かった。


「それじゃ、始めるわよ。制限時間は四十五分。じゃあ、スタート」


 みんな、図書室の中に散らばった。あるグループは壁を眺めたり、別のグループはテーブルの下をのぞいたり。


 あたしの三番のグループ、う、穂美ほのみしか名前がわからない。どうしよう。


楼珠ろうずは図書委員だから、何か思い付くことはない?」


 穂美ほのみがあたしに話しかけた。ほかの二人の視線もあたしに集まる。確かに、図書室には週二日、受付当番で来ている。


「うーん」


「キーワードを準備するということは、図書室にもともと存在するもので、何か変化させられるものだと思うんだ」


 男子生徒の一人が口を開いた。


「どうして?」

「だって、ほら、例えばカードとか置いたら、これ見よがしにって感じで、簡単すぎるじゃん」

「なるほど、あなた、頭いいのね。さすが、クラスで成績がトップなだけのことはあるわね」


 男子生徒と穂美ほのみは会話を続けた。しかし、すぐに黙り込んでしまった。

 そうだったんだ。この人、クラスでトップなんだ。


 図書室にもともとあるもので、変化させられるものか……。


朱巳あけみさん、何か思い付かないかな」

「はいっ」


 男子生徒に話しかけられた、ちょっと、びくってする。


「ごめん、そんなに驚かないで。朱巳あけみさんが頼りだよ。何かないかな」


 変化、変化、変化、変化、変化、変、変、変……返却……。


「そ、そうだ、あの、本を読んだ人、たまに元の場所に返さないことがあるの」


 再び沈黙……大丈夫、静かなのは慣れている。


「そうか!」


 もう一人の男子生徒が声を上げた。


朱巳あけみさん、すごいよ、それ、すごい。素晴らしい観点だよ」

「どういうこと?」


 穂美ほのみが怪訝そうな顔をして答えた。


「他のグループに聞かれるとまずいから、こっちに来て」


 あたしたちは、他のグループのいないカウンターの近くまで戻った。みんな、さすがにカウンターにキーワードは潜んでいないと考えたんだろう。


 男子生徒は興奮気味に話し始めた。


「いいかい? 図書室に元々存在するものは本とか資料」

「そんなの普通よ」

「でも、たまに元の場所に返却しない生徒がいる」

「それがどうしたの?」


 少しの間を開けて、男子生徒が再び話し始めた。


「本のタイトルだよ。タイトルの並び」


 タイトルの並び?


「本は約四万冊もあってとても多い。でも制限時間は四十五分、気が付けばすぐに解ける問題のはず」

「それで?」


 穂美ほのみの声からは、とっとと答えを言いなさいと訴えるような不機嫌さを感じる。


「基本、本は著者順、さらに、あいうえお順で並んでいる。だから、キーワードの文字数五文字、つまり五冊の本が不自然に並んでいるところを探せばいいんだ」


「「なるほど!」」


 三人――思わず、あたしも一緒に声を上げてしまった。


「これなら本棚を眺めていくだけで見つけることができる。四人で手分けすれば、本棚の数から推定して、四十五分は余裕のある時間だ」


 あたしたちは探す区画を決め、早速、探しにかかった。ほかのグループも本棚を探しているけど、あたしたちのように、さらっと見ている感じじゃない。きっと、この仕掛けに気づいていない。


 三十分も経たないうちに、クラストップの男子生徒がやってきた。既にメンバーはそろっている。きっと、あたしの背が低いから、見つけにくかったのかも。


 金髪は目立つけど、あたしの身長だと本棚で見えなくなってしまう。


朱巳あけみさん、わかったよ。カウンターに行こう」

「え、もう?」

「うん、ばっちり」


 あたしたちはカウンターに戻り、男子生徒が南島なしま先生に報告をした。


「正解よ。よくわかったわね。まだ時間、たっぷりあるのに」

朱巳あけみさんがヒントをくれたからです。朱巳あけみさん、ありがとう」

「い、いえ、そんな」


 南島なしま先生は立ち上がった。


「はい、みなさん、キーワードゲームは終了、ミッションコンプリート!」


 最後の「ミッションコンプリート」は南島なしま先生のこだわりなのかな。キーワードゲームは日本人発音だったのに、ここだけはネイティブ発音だった。


 クラスのみんなは、何か言いながらゾロゾロと集まってきた。残念そうな顔をしている。


「じゃあ、答えを言って」

「はい」


 ざわついていた図書室が、再び静まりかえった。


「ハイタッチです」

「正解、じゃあ、みんな、一列に並んで。一番前の人から後ろに向かってハイタッチをしていくのよ」

「はーい」


 ハイタッチ、けっこうおもしろい。テレビでは観たことがあるけど、こんな感じなんだ。みんな、あたしの身長を意識してくれているのか、ちゃんと合わせてくれる。


 あ、あたしに告ったことのある男子だ。でも、笑顔、よかった。


 ――パシッ!


 あちこちで景気のいい音がした。



  ♪  ♪  ♪



 週末、乗馬体験のため、通学に使っている駅を越え、ひとつ先の駅で降りた。


 へえ、こうなっているんだ。今まで車で連れてきてもらったことしかなかったので気が付かなかったけど、線路がたくさんあって、整備場? みたいなのがある。


 日差しがけっこう強い。見上げると、青空と白い雲が半々ぐらい。青と白のコントラストがきれいだ。


 松木々まつきぎ公園は駅を降りてすぐ。でも、松木々まつきぎ公園は広いので、乗馬場まではけっこう歩く。公園に入ると、大きな松の木がたくさんあって、道はほとんど日陰になっている。


 ウォーキングやジョギングをしている人が通り過ぎていく。遠くからは、家族連れだろうか、遊んでいる子どもの声が聞こえる。


 乗馬場に着くと、南島なしま先生が手を振ってくれた。生徒は十人ぐらいかな、乗馬体験する生徒だけでなく、友だちも来ているみたい。集団の中には葉寧はねいとノース先生の姿も見えた。


朱巳あけみさん、いらっしゃい。あ、今日はポニーテールなのね。乗馬だから?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、邪魔になるかなと思って。今日はよろしくお願いします」


 そうだった。ポニーテールは、馬のしっぽというか、ポニーのしっぽを模した髪形だったっけ。


「もうちょっと待ってね。もうすぐ全員そろうから」

「はい」


「ね、楼珠ろうず


 葉寧はねいが話しかけてきた。ちょっと興奮気味なのか、目が輝いて鼻息が荒い。


「お馬さん、こんなに近くで見たの、初めてだよ。いいな、楼珠ろうず、乗馬体験できて」

「うん、あたしも楽しみだよ」

「いっぱい写真、撮るからね」

「よろしくね」


 向こうから生徒が二人、歩いてきた。やっぱり友だちを連れてきている。


「あなたたち、自転車、こっちまで乗ってきていいわよ」

「はーい」


 二人の生徒は、いったん戻り、自転車に乗って馬小屋の傍までやってきた。南島なしま先生が馬小屋の方に向かって手を振ると、中年男性が馬を乗馬場のパイプ階段の横まで引っ張ってきた。


 ――ブルルル


 ここから五メートルも離れていない。馬の鼻息が聞こえる。たてがみがきれい。


「じゃあ、説明するわね。馬は基本的に臆病だから、びっくりさせるようなことはしないこと。それから写真撮影はOKだけど、ストロボは使わないこと。まあ、今日はストロボを使うこともないと思うけど」

「はーい」

「あの方は乗馬協会の人で、馬を引いてくれます」

「よろしく~」


 乗馬場から男性が大きな声で挨拶をしてくれたので、みんな、息を合わせたようにお辞儀をした。


「じゃあ、誰から乗ってみる?」

「僕から」


 男子生徒が張り切って手を挙げた。やっぱり、ちょっと興奮している。


 南島なしま先生と一緒に乗馬場の中に入っていくと、パイプ階段を上り、何やら説明を受けている。そして、馬にまたがった。


「いいなぁ、私も乗りたかった」


 馬が引かれてゆっくり歩きだすと、後ろから他の生徒たちの声が聞こえた。


 そして、あたしの番が回ってきた。ちょっと高いのが怖かったから、最後にしてもらった。


楼珠ろうず、写真、いっぱい撮るからね」

「う、うん、お願い」


 南島なしま先生の後ろについて乗馬場に入ると、あれ?地面が柔らかい。馬が足を痛めないように柔らかくなっているのかな。


「さあ、ここから上がって」


 目の前にあるパイプ階段は常設されている感じではなく、ポンと置かれている感じ。乗馬体験の時だけ用意しているのかも。

 言われたとおりにパイプ階段を上がった。うう、この時点で既にちょっと高い。


「じゃあ、ここ、あぶみっていうんだけど、まず、ここに足をかけて。それからくらのここをつかんでまたがるの」

「はい」

「またがったら、優しく首を撫でてあげて」

「はい」


 馬を脅かさないように。そおっと、そおっと。まずは左足をあぶみに入れて、くらについている突起をつかんで、ゆっくりとまたがった。馬の首を撫でてみると、毛が短くて手触りがすごくいい。


 ん? 何かに似てる。そうだ、モグラだ。モグラの毛に似ている。昔、パパがモグラを捕まえて触らせてくれたことがある。お馬さん、ごめん。大きさ、全然、ちがうよね。


「大丈夫です」

「じゃあ、お願いします」


 南島なしま先生が男性に声をかけると、馬はゆっくりと歩き始めた。地面が柔らかいせいか、時代劇のようなパカパカという足音はせず、静々しずしずと進んでいく。


 高い。見晴らしがよくて、ちょっとワクワクする。風がふわっと吹いて、あたしの髪が後ろで揺れているのがわかる。

 馬の上は思ったより揺れない。馬って意外と細いんだ。もっと足を開くかと思っていた。


 二海さんに肩車してもらったら、こんな感じなのかな……ううん、二海さんに肩車をしてもらうなんて、なんか申し訳ない想像をしてしまった。


 半周したあたりでちょっとドキドキ感が収まってきて、深呼吸をしてみた。気持ちいい。青い空、白い雲、濃い緑色の松の木、遠くに見える芝生。全部、あたしの気持ちよさを盛り上げてくれる。


 なんて考えていたら、パイプ階段のところまで戻ってきてしまった。見ているときは、けっこう長い時間って思っていたけど、実際に乗ってみたら、あっという間だ。


 ――楽しい時間は短く感じる


 うん、今、それを実感している。


 南島なしま先生に声を掛けられながら、ゆっくりと馬から降り、あたしにとって、初めての乗馬体験はこれで終わり。まだ少し気持ちよさの余韻が残っていて、頭がポーっとしている気がする。


「ありがとうございました」


 みんな、口々にお礼を言うと、乗馬場を去っていった。


朱巳あけみさん、ちょっと」

「どうしましたか?」

「私、あなたが小さいころ、この公園で会っているの。覚えてる?」


 あたしは考えた。確かに松木々まつきぎ公園は小さな頃、家族で何度も来ている。


「全然、覚えていないです」


 南島なしま先生は、ポケットから何かを取り出した。




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カクヨム

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


ワタクシは、北海道で乗馬させてもらったことがありまして、とてもゆったり、気持ちのいいものでした。


室内だったので、本作のような感じとはちょっと違いますが、馬って、優しいんだなって思いました。機会あればぜひ、乗ってみてください。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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