第35話 【二式スカラのレポート――7/12/10:31】
ID3を起動させておれに突きつけてきた伊斗ネオス。
ここまで絶望的な現実を前にして、へたりこんだままのおれに何ができるっていうのだろう。
「――――――ちょい落ち着きなさいってぇのっ!」
――そんな両者の間に割って入ってきた騎士が玖堂ライカさんだったことに仰天させられて、脱力の局地に至ったおれはもう立てなくなってしまった。
「こんな状況になってもいがみ合いだなんて、本当バカなんじゃないのあなたたち。
大馬鹿野郎。最低。
伊斗ネオス、あなたもこれ見よがしに起動させてないで、それを仕舞いなさいっ」
ライカさんはあのネオスを微塵にも臆さず、それどころか鬼神のごとき形相のまま、もう鼻先が触れるかと思うくらいの勢いであいつを睨みつけて。
「…………フン、威勢だけは己が〈魔剣〉の輝きにも劣っておらぬようだな、女騎士。
盟約を切り結んだからこそ、その減らず口を聞いてやっていることを忘れるな」
ライカさんに根負けして渋々――という、彼らしからぬ態度でネオスがID3を引っこめた。
――というか、〝盟約〟って何の話だっけ?
おれもよっぽどみっともない顔をしていたらしくて、ネオスをもやっつけてみせたライカさんの逆鱗フェイスが矛先を向けてきた。
「二式スカラ、あなたもどうしてそんなだらしない顔してるのっ。
人前でそんな堂々と泣きべそかいてるんじゃないわよ」
「え…………あ………………?!」
目尻に涙がにじんでいるのにも気付けないほど、おれは動揺していたのだ。
「――――ああっ、もぉっまどろっこしいったらっ!!
いいからはやく来なさいっ――――」
床の上でまごついているおれに痺れを切らせたライカさんに、突然胸ぐらを掴まれてずるずると引きずっていかれる。
「いた………………あの、お、おれ、歩ける…………ので……痛い……あ、ちょっと――?!」
「あなたはそのひっどい顔でも見てもらいなさい!
お互い似たもの同士よ、まったく」
ライカさんに力尽くでブチこまれたのは、何故なのかネオスの寝室だった。
暖色系の淡い間接照明だけに照らしだされた寝室内は、貴賓室のものとはいえかなり手狭なつくりをしていて。
鏡台とシングルベッドだけで部屋の大半を占めていて、そこに敷かれた羽毛布団だけが豪華さをアピールしている。
ただ、この寝室には誰もいなかった。
ライカさんは何のつもりでおれをここへ?
そんな疑問も、ライカさんが強引に締めたドアに拒絶されてしまう。
でも、おれでもさすがに違和感を察知できた。
ここ、明らかに男性の部屋の空気じゃない。
おそるおそるの手つきで、ベッドにかけられていた羽毛布団をめくり上げてみる。
「――――…………んん…………う…………」
奥のくらやみから掠れた寝息が漏れでてきて、その声色だけで――ううん、彼女のにおいだけで、もうおれにはわかってしまっていた。
「――――お、おはようござ……ござい、ます……夕神さん」
囁きかけたおれにびっくりして目を見開いた夕神ユウヒは、ベッドから飛び起きてもまだふかふかの布団に埋もれたままで。
まだ置き抜けて頭が回っていないらしくて、ぐしゃぐしゃになった髪のちょっとだらしない夕神さん。
「あれ、誰…………なんで…………ライカじゃないのにここ入ってこられたの?」
藻掻いて取り繕おうとする仕草がちょっとおかしかったけれど、薄暗い室内でも消せないくらいの涙のあとに、彼女がどれほどの苦難を乗り越えてきたのかすぐ察せられてしまって。
――夕神さんは自分の〈魔剣〉をネオスに受け渡すことを代償に、伊斗家に命を救われた。
自分を犠牲にしてでも夕神家を守ることを選ぶしかなかったのか。
たぶん想像は当たっている。
でもそんなこと声に出して彼女に聞けるもんか。
「え………………二式君、な、なんでっ…………あ、あれ?」
おれは、無心に夕神さんを抱きしめた。
心の底から彼女をそうしてしまいたくなって、もう怒られたって構わないって、絶対に拒ませないくらいに強く気持ちをこめて彼女に触れ、熱で包みこんでいく。
おれは泣いて、寝汗でちょっと暑苦しくて、
すぐに夕神さんまでいっしょに泣きだしてしまった。
夕神さん、本当に、あなたが生きていてくれてよかった。
何度も何度も耳元で囁き続けて。
そしておれたちはそれ以上の言葉を交わせるようになるまでたっぷりと時間を使って、生き抜いてきた物語の秘密を互いに確かめ合うことにした。
(了)
たとえこの世界が英雄《キミ》を認めなかったとしても、ずっと抱きしめていてあげる。 学倉十吾 @mnkrtg
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