第34話 【月王寺アリルのレポート――7/12/09:50】

 騎士魔堂院の限られた人間しか立ち入りを許されない中枢部には、とても大きな計算機があることをあたしは知っていた。

 旧いSF映画に出てきそうなくらい冗談めいたデザインの、真っ黒な立方体の群集。

 まるで夜の共同墓地か何かみたいなこの気味の悪い眺めは、ヘリオ=タングラムという棺に閉じこめられたロータスと交信する唯一の手段だという。

 誘われるようにここまでたどり着いたあたしの前に、当然みたいな顔をして立ちふさがるやつがいた。

 騎士魔堂院の守護者、メルクリウス・スプートニカだ。

 この白髪の人外乙女は、そびえ立つモノリスの森からひょっこり現れると、悠々と歩み寄ってきて、


「こんなところで遊んでいていいんですの、月王寺アリル。

 あなたの二式スカラは、いま必死に戦っておりますのに?」


 さもあたしを待ちわびていたみたいな物言いをして立ち止まる。


「あんたがあのふざけたアバターで出てきてくんないならさ、こうやって自分から直接乗りこむっきゃないじゃん。

 あとスカラに関しちゃ……あたしなんかの出る幕じゃないし?

 あっちはふたりの仲睦まじい男女の問題。

 ガキがクビ突っこむだけヤボってやつ」


 あっけらかんと言い放ってやる。

 そうしたらすんごいジト目で返事された。


「…………うそうそ、ごめんごめん。

 まあ、こんなラスダンの最奥部まで突撃しといて、いまさら知ったかぶりする空気じゃなかったか」


 さてはて、どこから話せばこいつは納得してくれるのやら。


「で、あんた、今度こそホントのスプートニカなんでしょうね!

 またあんときみたく中身入れ替わってやがったら、説明と後始末が余計にややこしくなんだけどっ」


 そもそもエンデバーと入れ替わっていた理由が〝暗躍中のエッジワースをまんまと欺くため〟だったのかも、まだ問いただせていなかったのだけれど。


「……ま、いっか。

 あんたならエッジワースが言ってた〝この世界は仮想現実だった〟みたいなハナシが盛大な勘違いだったって、もう知ってんでしょ?」


 スカラの前であいつらがそんな話を暴露したとき、エンデバーもいっしょだった。

 つまりエンデバーになりすましたスプートニカが。


「あたしのとっておきの裏情報によればね、殉教船団は地球圏を離れて一万ん年も延々と旅してきてさ。

 何度も何度もロータスを巡った事件が起きて、そのたびにロータスの呪い――スワスティカってやつのせいで船団ごと滅亡しちゃってる。

 だからロータスはなんども人間ごと船団をつくり直してきた。

 なんでも、ロータスってヒトの魂だけなら保存できるみたいだかんね」


 この神話めいたロータスの再生世界を、全てを見届けてきたわけじゃないあたしだからどこまでが正しいのか自信はない。

 エッジワースのバーチャルゲーム仮説よかずいぶんと真実味があるって思いたいんだけど。


「――で、ちょっとヘンなのはさ、あんたらみたいなメルクリウスなんて種族はいなかったんだよ、前回の船団にはさ。

 完全新キャラだよ、あんたも、エンデバーや他の子たちも。

 ま、今さらそんなこと言われても、前回いなかったあんたにしてみりゃ知らんかもだけど」


 わかりやすく噛み砕いて伝えるが、当のスプートニカは興味深そうに聞き手に徹するばかり。

 反論の一つでもあっていいのに、かなり肩透かし。


「要するにさ、今の船団はどうもロータスの新趣向っぽいってあたしは思ってる。

 あんたらメルクリウスをキャラ追加したのもそうだし、ルールが違ってるとこだってあるのかもしんない。

 ロータス自身が自分にまつわる〝呪いスワスティカ〟ってやつを、ものすごく長い年月をかけてトライアンドエラーを繰り返して、なんとかしてやっつけようとしてきたんじゃないか――

 ――ってあたし想像してみたんだけど、どうよ?」


 頭の中にとどめていたこの考えを実際に口にすることを、これまであたしは避けてきた。

 殉教船団における万物の神ロータスも、人の心までは読めない。

 だからこそ、こうやって考えを声に出した瞬間、それがロータスに伝わってしまうんじゃないかって恐れがずっとあったからだ。

 でも、課せられた役割を終えたあたしは、もうこれ以上なにも恐れる必要がなくなったと思っていて。


「で、あんたさ――実はロータスの端末かなんかなんでしょ?

 だからあたしの視界に現れて、ロータスだって名乗ってきた。

 ならさ、あたしからのメッセージ、あんたの向こう側にいるロータスまで送り届けてもらいたいんだけど」


 あたしの目的がこれだ。

 いないはずのあたしがここにいる理由を、ロータスに問い質すこと。

 ロータスと直接対話する手段がないこの世界の人間たちにとって唯一の手段が、十二基の〈魔剣〉を集めることだ。

 ロータスが決めたそういうルールで、ここの社会は回っている。

 でも、それは時間のない今のあたしにはかなわないから、ショートカットできる方法がないか探し続けてきた。


「………………残念ですが、それは叶わない願いですの」


「え、なんでよ。ちょちょいと話させろよ。

 ここのモノリス大集合みたいなのはなんなんだよ、あからさまにパワースポット的なオーラ出しまくっちゃってんじゃん!」


 また飄々とすっとぼけられた可能性もあった。

 こいつと何度かやりあってきた経験上。


「月王寺アリル、あなたもひとつ大きな勘違いをしていますわ。

 我々の言葉はロータスには届きません。

 あれは機械であり、そしてヒトが創った機械ではありませんの。

 だから意思を持っていても、ヒトと同じように物事を考えたりすることもない。

 そんなロータスがヒトと繋がりあうためにもたらされたのが〈魔剣〉だと、我々は確信していますの」


 何やら煙に巻くような言い訳が返ってきた。

 要するに予定調和――〈魔剣〉を集めて何とかしろと言いたいのだ。

 それ以外のやり方なんてないって。

 ここまで来て徒労だったなんてね。

 それともこいつをしばき倒したら、なんか新しい秘密情報をゲロってくんないかな――


「それで、あなたこそいったい何ものですの、月王寺アリル。

 このスプートニカを新キャラと例えましたね。

 なら、あなただって意味を同じくした新キャラではなくて?」


 この神秘ちゃんの口から「新キャラ」なんて俗っぽいワードが飛びだしてきたのが、なんだかおかしくて。


「…………ま、しかたないか。

 言い出しっぺはあたしなんだし、ちゃんとオチは付けとくよ」


 あたしは自分のこめかみあたりを指先で二回ノックして、網膜下端末にジェスチャーコマンドを送った。

 皮膚や髪の毛を完璧にコートしてくれていた、ナノレベルの演出――ファンデやマスカラ、ヘアカラー、カラコン、エクステなどなど、あたしを煌びやかに飾り立ててくれていた全部がパージされて、

 元のなあたしに――ほら、元どおり。

 ところが初めて素顔のあたしを目のあたりにしたスプートニカってば、


「なるほど、人間はそうやってカワイイになれるのですね。

 さすがはカワイイ進化論ですわ」


 意味わかってすっとぼけてくれているのか、逆にじわじわ面白がられてしまう。

 ここであたしが正体を明かせば、果たしてロータスは何か新しい反応でも見せてくれるだろうか。

 あたしがここにいるっていう奇跡に、これがあたしの勘違いなんかじゃなくて、本当の奇跡だよってちゃんと教えてくれたりしないだろうか。


「――――えっとね、こいつはさっきの話の続き。

 あたしね、〝ワンサイクル旧い船団〟からやって来たのさ。

 船団最後の生き残り――ってやつ?」


 そう、あたしは今の殉教船団で生まれた人間じゃない。

 どうやったのかまでは覚えてない。

 でも、あたしはかつて旗艦ヘリオ=タングラムにたどり着いて、そこで船団の最期を見届けた唯一の人間だった。

 で、ここまでこの子には話す必要なんてなかったんだけど、きっと誰かに聞いてほしかったんだと思う。

 あたしがこうしてここに存在してるって、覚えていてほしかったんだ。

 なにげにもう一つあったりする二式家紋のペンダントをアンダーウェアから引っ張り出してきて、あたしはそいつをじゃじゃーんって見せつけてやって。


「実はあたしさ、二式スカラと夕神ユウヒの実の娘なんだよね――――――――」

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