†――Postludium
第33話 【二式スカラのレポート――7/12/09:21】
何を隠そう、このあたしがガチ恋してる、推しの騎士の名前だ。
彼は他家の当代騎士に比べて格段に顔がイイって程でもないし、いつも画面越しに応援するしかなかったあたしだから、優しそうに見えて実際どんな性格かまでわかるわけなかったんだけど。
でもね、そもそもスカラは最初からあたしの
あたしにとって彼がかけがえのない特別な存在だったって、今なら心から思える。
だからこそあたし自身が目的を果たせた今、彼とともにある理由がなくなってしまったわけ。
だってあたし――月王寺アリルをひと言で説明するなら、結局は〝時間に追いていかれてしまった何か〟にすぎなかったのだし――――――
騎士魔堂院への帰還が実に二十日ぶり近くになるって言われれば、おれはあの長い一日のことを思い出すしかない。
院内にある庭園部に渡された遊歩道を進めば、準騎士たちが滞在する寄宿舎がある。
下は五歳からはじまるここの準騎士たちは居住区出身者ばかりなので、この寄宿舎を生活拠点としているわけだ。
寄宿舎に向かう途中で何人もの子どもたちの集団とすれ違ったけれど、皆ぺこりと会釈してから顔と正装を見てようやく二式スカラだと認識できる程度の疎遠さだったらしい。
で、そのあとの子どもたちといったら悲鳴を上げながら逃げ去っていって、遠巻きにヒソヒソと陰口をたたきながらおれを監視するのだ。
もっとも、おれの隣を歩くひとりが真新しい制服に袖をとおした月王寺アリルだったことも、悪目立ちの要因なのは否定できなくて。
「――――なんだかさ、気分イイね。
英雄の凱旋――って感じじゃん」
「んなわけないでしょ。
二式スカラって死んだんじゃなかったの何でまだ生きてんだよ幽霊かよ――的な視線しか感じないし」
またあの〝呪い〟が悪さして逃げ出したくなる。
それほどまでに送りつけられる視線や声が、いつに増してとげとげしかったのだ。
それも当然だろう、あんな大災厄があった直後で誰も立ち直れていないのだ。
こうやって苦笑いできているおれ自身がそう。
だから通信手段が限られた現在において、いつの間にかおれたち二式家の死亡説が流れているのを、実際に幾度となく聞かされてきた。
「そう?
あたしはキミがめちゃ頑張ったの知ってっからさ、悪口もいっそ耳に心地いいゼ」
「悪口ってわかってイイ気分なのかよ」
悪口というよりは、のうのうと生きのびたおれが許せない人がいても不思議じゃなかった。
あれから行方がわからなくなっている人間なんて、騎士魔堂院の関係者だけでも何人いるのだろう。
「…………でも、本当によかった。
素直に喜んでいいのかわかんないけどさ、ここがこうして変わらないままでいてくれて……
……それだけで、おれはもう……」
そう、騎士魔堂院を含むここ小コロニー船は、あの戦火を無事に逃れていたんだ。
殉教船団が災厄の炎に焼かれたあの日、大コロニー船一号艦が旗艦ヘリオ=タングラムとの衝突事故によって消滅した。
おれたちの屋敷がある二号艦も、テロ組織から受けた蹂躙と一号艦爆散の衝撃波によって、途轍もないダメージを受けた。
果たしてひとがいったいどれくらい命を落としたのか、まだ誰にも把握できていない。
「そだね、ようやくここにたどり着けたんだもんね。
でもさ、無茶して貨物に忍びこまなくて正解だったっしょ?」
現在の船団は移動手段が限られていた。
おれたちがここに来られたのも、実はアリルのお手柄だったりする。
輸送艇の冷蔵庫に潜伏してでも騎士魔堂院を目指そうとしたおれをいさめて、災害救助班の小型艇に便乗させてもらえるように交渉してくれたのがアリルだった。
大コロニー船二号艦内の居住区では、瓦礫の迷宮で現在も救助活動が続けられている。
失われたネットワーク網をはじめとするインフラの麻痺が災いして、正式な復興開始はまだまだ先送りになりそうだ。
「ぜんぶさ…………アリルのおかげだ。
きみには助けられてばかりだ」
「てへへ…………もっと褒めろよな、もぉ」
たったそれだけでも心底くすぐったそうに喜んでくれて、だから今のおれたちは気持ちの明るさに飢えているのだと思い知る。
「とにかく知っている人を探そう。
なるだけたくさんの――……情報がほしい」
なるだけたくさんの生存報告が欲しい、とは口には出せなかった。
あの災厄の夜が明けて、おれは全てが真っ白になった街で朝をむかえた。
実際に経った時間は開戦から二八時間後だった。
エッジワースが居住区中にばらまいた敵たちと無心に戦い続けて、気付く余裕もなくそれだけの時間と記憶がすっ飛んでいた。
何がどうなったのか頭が処理しきれていなくて、身体を動かすことすらもできないほど消耗しきった状態だったところを、救助班に助けだされたのだけはうっすら覚えている。
そしてアリルたちも無事だってわかったけれど、エッジワースもキザナもどこかに姿を消してしまったあとだった。
騎士魔堂院の院内を巡って得られた情報の限りでは、伊斗ネオス率いる伊斗家は一号艦からの脱出に成功していたらしい。
伊斗家が自前の船を持っていたからだ。
だからエッジワースのテロで一号艦が操舵異常をきたした際に、真っ先に民衆を切り捨てて生きのびる決断をした。
おれにはそれをしたネオスを責めることはできなかった。
彼は生きのびさせる命の選択を突きつけられたんだ。
どう選べば正解だったのかなんてわからない。
おれだって似かよった選択を迫られたんだ、あの夜の都市で。
おれたちが騎士魔堂院に向かったいちばん大きな理由は、生還した伊斗ネオスがここに身を寄せているという報せを聞きつけたからだ。
いや、もう自分を取り繕う気力すら失せてきていた。
おれは強く思い、そして願う。
――夕神さんにもう一度会いたい。
どうか、無事で。
次に立ち寄った寄宿舎の中でも一番豪奢な区画――滞在する当代騎士向けに用意された貴賓室のどこかに、被災した騎士家の生存者たちが身を寄せていると聞いた。
連絡路を慌ただしく行きかう準騎士たちの服装からして、伊斗家の連中だろう。
徒労感。
今おれがネオスと話すべきことなんてないけれど、あいつに夕神さんの行方を聞かないわけにはいかない。
同じ一号艦居住区出身者なのだから、少しでも情報がほしかった。
アリルとエンデバーとは寄宿舎内で別れた。
手分けして情報収集するためだ。
狭い通路をずかずかと進むおれを見て、準騎士たちが動揺にざわついている。
今ここで争い合う理由もないのに、すでにそういう緊迫感が出来上がっていて。
そして会う人間すべてに夕神家の居場所を聞いてみたけれど、誰もがおれを突き放すような態度で、知るかと口を揃えた。
失礼します――とやけにかしこまった少年の声が聞こえてきて、その彼が向かっていたドアが本人認証してスライドする。
きっとネオスの部屋だ。
おれは慌てて「すまない、同席して構わないか」と声をかけ、入室しようとしていた少年を呼び止める。
おそらく拒否されるだろうと身がまえていたけれど、意外や室内にいたネオスのほうから「構わん、通せ」と促した。
おれが通された貴賓室は、以前に滞在したアリルの部屋と同じ構造をしていた。
だいたい十メートル四方をした室内空間は、端末つきの書斎机とソファなんかの調度品が並ぶ程度で一時滞在者向けの簡素なものだ。
寝室は別で、たしか隅のドアの向こうにあったはず。
ネオスは書斎机に腰かけていて、おれだと認めるとこちらにやって来た。
相変わらずの仏頂面のままで歓迎されていないのは明らかだったけれど、ただ彼の騎士正装には露骨な戦闘の跡が見えて、剥きだしの右腕は未だに医療パッチが当てられている状態だった。
「……伊斗ネオスが無事だったって聞いたから顔を出した。
水剱キザナがあんなことになって残念だったけど、ネオスが生きててくれて救われた気分だ……
……ケガしてるのか」
ここに来て勇気が尽きた。
この男の眼力というか他者を近づけない威圧感に、おれの対人恐怖症がみるみるぶり返してくる。
おれはまだ全然〝呪い〟を克服できていなかった。
「――ふん、そんな下らぬ話をしに来たのなら帰れ、二式。
どれほどの絶望が我が肉体を切り刻もうと、全てはかのロータスの因果のうち。
貴様が〈魔剣〉をめぐって争いあう敵に変わりはない」
開口一番に取り付く島もない言葉でいっきに突き放され、品定めでもするようにひとしきり睨みつけてから背を向けてしまった。
騎士家当代という自分の役割にひたって格好つけている――といえばそうかもしれない。
でもおれが何か言えた義理でもない。
周囲に控える彼の準騎士たちからは、命じられさえすれば部外者をいつでも叩き出せる気迫を感じる。
「…………夕神ユウヒの行方を知っているか」
今日何度目かの問いかけを、こんな場でまた口にすることになるとは。
でも、おれが悪あがきするほどに欲しかった答えは、けれども想像すらしていなかった形で告げられる結果になった。
それは突然のことだった。
「その腑抜けた面をまだ俺の前で晒すなら、よかろう。
ネオスの手に、青い西洋剣型デバイスが携えられる。
そして一瞬で纏われた青基調の固有戦闘装束は、おれに見覚えがないはずない。
ネオスが唱えた起動コマンドが彼本来の〈魔剣〉ID8ではなかった事実をとても受け止められなくて、おれは頭の中が真っ白になった。
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