哲学的断想、あとは恋愛についてとか

@mignon08280

恋愛について、あとは哲学的断想とか

「浮気をした恋人を許すことができるか」という質問は、女友達とのとりとめもない会話で度々きかされるものだ。

 そのたびに、適当な返事をしてきたのは、わたしの答えに付随するあれやこれやが、あまりにも日常会話には向いていないからであった。恋愛についての日常会話をしたい相手に「存在」についてを話題にするならば、全く砂漠で飢えた人間に金を渡すようなものだろう。たいてい、恋愛について話したがる者は、自らの恋について聞いてほしい者なのだ。「そういえば最近、誰それとはどうなの」とでも言ってやれば、あとは相槌をうって黙っているだけで人間関係はうまくいく。ちなみに、男がこの手の話をしないのは、自分が浮気をしたいか、あるいは恋人に浮気をされるということを恥と考えているかのどちらかだからだ。とはいえ、自分の浮気は許して恋人の浮気は許さないという身勝手なやつがいるのも確かだが。


 とはいえまあ、そんなこんなでわたし自身はこの手の質問にたいしては常に聞き手側に回る努力をしているのだが、自分の本来の考えも一度くらいはまとめておきたいと思ったのだ。


 結論から言ってしまえば、その恋人を恋しているなら許し、そうでないのならばお好きなように断罪すればいいのではないかと、わたしは考えている。


 こういうと一、「なぜ、好きであれば許し、そうでないなら許さないのか。それは逆なのではないか」。二、「好きだから許すというのは、臆病な博愛精神が死刑に反対するように、加害者をそれでも許すという一つのパフォーマンスに過ぎないのではないか」。そして、三、「好きである恋人の浮気は許さなくてはいけないというのは、惚れた弱みで浮気くらい許せという不愉快な論理ではないか」などの反論が考えられよう。


 そのひとつひとつに答えるには、そもそも「恋する」というのがいかなる事態であるのか、わたしたちは果たして「恋」をしているのか、ということを考えてみる必要があろう。


 誰かを「恋する」。

 もしそれが本当の意味で言われているなら、それはその誰かを「存在」として愛するということだ。

「わたしの、俺のどこが好き?」「俺の、わたしのどこが嫌い?」。そんな恋人同士の会話があるが、しかし、好きなところというのは、「存在」に付随するひとつの「属性」に過ぎない。

 優れた容姿、優れた性格。そしてその容姿の中でも、たとえば目、鼻、口、性格でも、優しい、気を遣える、余裕がある等々。

 恋人の「優しさ」が好きなのであれば、もしその恋人より優しいものと出会った時、その恋人ではなく新しく出会った人間を好きになるのだろうか。

 そんなことはないだろう。もしそうであったらば、それは単なる「属性」に対する傾向性でしかない。

 だがしかし、たいていの者は、恋人をただ一つの「属性」からみることはなくとも、自らが好意を寄せる「属性」の集合体としてみることが多い。

 恋人を単なる「優しさ」という一面から好むのであれば、先に行ったようにそれ以上に優しい人間が現れたならば、そちらを好きになることだろう。しかしそうならないのは、恋人は「優しさ」の他にも好ましい「属性」を複数、有しているからだ。例えば、「優しさ」と「美しい顔立ち」そして、大体は「自分のことを好いてくれているという事実」のように。

 

 そうした一連の好意を寄せる「属性」の複雑な絡みあいが、世の中にある大抵の恋愛である。

 それだから、「恋人の欠点は許せるかどうか」という質問が、恋人の浮気を許せるかどうかという質問と同じくらい話題になるのだ。

 つまり、一般的な俗物的恋愛では、恋人の「属性」を、長所と短所に分け、長所に分類される「属性」の集合が恋人に対する好意の値であり、欠点の改善はそうした「属性」の総量を増やすということを意味するのだ。

 

 ところで、そうした恋愛の意味するところはなんだろうか。

 それは、自己本位的な快楽の享受以外のなにものでもない。

 なぜ恋人の「属性」を恋するのか。それは、その「属性」が自らにとって快楽であるからに他ならない。

 恋人の「優しさ」は、わたしに向かって、わたしを喜ばせるから好きである。恋人の「容姿」は、そうした優れた容姿を恋人にもつわたしという人間の自尊心を高めてくれるから好きだ。そもそも恋人という存在が、わたし自身の孤独を慰めてくれ、生活の質を高めてくれるから好きだ。というように。


 こんな恋愛がクソッタレであることは言うまでもないだろう。

 別にそれを否定するつもりはない。ただ、自己本位的な快楽の享受に「恋愛」という名の美しい仮面を被せ、その実、自らの精神的醜さを他人に見せまいとする偽善的態度には同意できないというだけのことだ。

 恋人を単なる「属性」の集合としてしか見ていない者は、まるで本物の城を真似て作ったレゴブロックを好む者のようだ。

 そして、世の中の恋愛の大半は、こうした態度か、あるいは恋に恋する役者気取りのぼんくらしかいないのだ。


 それでは、本当の「恋愛」とはなんなのか。

 それは、恋人を「存在」として恋することである。

 「存在」は彼、彼女の「属性」がそこから生まれる源である。そこには、恋人の長所も短所も含まれている。いな、むしろどちらも含まれていず、ただそうした長所と短所の可能性が秘められているひとつのエネルギーのようなものであると言えるかもしれない。

 そうした「存在」は、恋人をして、その人をその人たらしめる本質規定である。「属性」が他者との比較が可能であったのに対して、「存在」はそもそも他者と比較することは不可能である。人間同士を比較する場合、その比較を可能にするには一つの尺度が絶対的に必要となるが、それは常にその人がどれだけ優れているかということ、換言すればその人はどれだけ優れた「属性」を有しているかという問いに帰着する。他者との比較ということを嫌悪する者が多いことはわかるが、もし人間を「属性」に還元するとしたらそれは実際可能である。それが複雑で困難に見えるのは、一人の人間の「属性」はそれ自体複雑に絡み合っているからに過ぎない。とはいえ、そうした比較になんの意味があるかはここでは追求しないが。

 だが、こと「恋愛」に関しては、そうした「属性」への還元はなんの意味もなさない。なぜなら、そうした還元は人間を一個の利益存在として再構成することを意味するのだが、もしそうであるならば、「恋愛」とは単なる利害関係に堕するからだ。

「恋愛」の定義が不明瞭であるから、その議論には意味がないという反論はそれこそ意味がない。

 なぜなら、ここでは現実の「恋愛」がどのようであるかという実証的な分析ではなく、問題になっているのは、「恋愛」はどのようであるならば「恋愛」たりうるかという問題だからだ。

 そしてそれは、恋人を「存在」として定立し、その「存在」を恋することによって可能になるのだと答えられる。


 恋人を「存在」として恋する。そこにはもはや、恋人の長所も短所も存しない。なぜならそれらは、恋人の「属性」に対する相対的評価でしかないからだ。「存在」に比較はない。それだから、ここには不愉快な相対主義は存在しない。誰かと比べてその人を恋するのではない。ただ、純粋にその人に惹かれるのだ。理由などない。ひとつの「存在」は、他のひとつの「存在」を理由なしに惹きつける。「存在」同士の接触は、かくも神秘的であり、かくも運命的であり、かくも不合理であり、それゆえに「恋愛的」なのである。


 さて、もしその恋人を自己本位的な快楽の享受の対象としてではなく、「存在」それ自体として恋し、その恋人が浮気したとしよう。

 もしそうであるならば、その人を許す以外の選択肢はないだろう。

 それを許せないと感じたならば、その恋人はあなたにとって「属性」でしかなかったのだから、別れたところでなにもあなたから失われるわけではない。孤独を嫌う人は多いが、山の中で遭難したら、やたらめったら歩き回るのではなく、その場に立ち止まっているのが一番いい。

 わたしは恋人を「存在」として愛していた。だが、恋人がそのような人間だとは思わなかった。そういう人もいよう。だが、「存在」は恋人のそうした性質のすべての前提なのである。あなたが好んでいた恋人の性質はすべて、そうした「存在」を前提してたのだ。それを見抜けなかったのであれば、それは「存在」として触れていたとはいえないだろう。むしろ、はやいところ自らの誤りに気づけたのであれば早々に別れて、感謝こそすれ傷つくことはない。


 ところで、「存在」を恋するというのが本当に恋愛のあるべき姿なのだとすれば、ひとつ興味深い事実が導かれる。

 それは、わたしたちは決して「裸の存在」を恋することはない、ということだ。むしろ、わたしたちを構成する「存在」なるものは各人それぞれにおいてすでに異なっているということ。わたしたちは「存在」においては共通であり、その「属性」において区別されるのだという見解ではなく、わたしたちは「存在」においてすでに区別されているのだという主張は、「存在」を存在するものすべてに共通する要素として考えるのではなく、すでにひとつの個性的な事態であることを想定する。

 そしてそれは、「存在」とは普通考えられているように、時間と無関係な形而上学的な存在ではなく、時間の流れの中で、時間によって規定されている、それ自体すでにひとつの独自なものとしての「存在」なのだということである。

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