政治的なものについてのカイエ Ⅰ

1. 政治的なものはわたしに嫌悪感を抱かせる。


2. 政治的なものは日常的なものに優越すると考える者は倒錯者である。かれはきっと砂漠で飢えているものにも金を渡すのだろう。しかし、必要なのはパンと水だ。


3. 知っている、ということは一つの優越感を抱かせる。そして、政治的な意見には間違いというものがない。自らの意見を主張することにこそ意味がある。それだから、往々にして人は、政治的な意見を垂れ流していれば、自分自身はいっぱしの知識を持っていると錯覚して、薬物的な優越感に浸ることができるのだ。


4. すべての国民は政治的なものに興味を抱くべきだと人は考える。どうして、生まれながらにして「わたし自身」よりも優先されなくてはならないものがあるのかは理解に苦しむのだが。


5. 西欧人はみな政治的な意見を持っていると考える。しかし、政治的なものはたいてい定立か反立の間の対立構造でしかない。それに参与するものの自由というものは、二つのうちから一つを選ぶ自由でしかない。


6. ともかく選挙に行けばなにかが変わると考えている。それ以前に、変わらなくてはならないことがないかのように。いや、そもそもその変化はわたしたち日本人にふさわしいのだろうか。彼らは目的論的に思考する。だが、その目的はどこから取ってきたのだろうか。


7. 歴史を学べと人はいう。まるで目の前の人間が歴史それ自体であるかのような言い草だ。恋する若者は、苦い失恋などは時が解決し、いまはただ目の前の恋人を愛するのだということを知っているのに。


8. 無知の素晴らしさというものを、成長と同時に恐怖心を植え込まれた大人たちは理解しない。シミに汚れたカビ臭い書籍を読み漁り、したり顔で政治を語るが、その様子はまるで、自らが固く結んだ紐を真っ赤な顔をして解こうとする愚か者ようだ。


9. 知識と政治的なものは絶対的に切り離されなくてはならない。他に誇るべきものを何も持たない人間は、いつだって政治的なものに手を出す以外に自己の存在を主張する術を持たないのだから。


10. 痩身痩躯で、肉体的強靭さを持とうとしない人間が政治について語るのは愚かなことだ。精神だけが肥大した人間に碌な奴はいない。


11. 最近の政治的な犯人は、誰もが燃えるような意思というよりは、どうせ死ぬならばなにか一つやっておこうとでもいう精神以外のものを感じることはできない。彼らは死に鼓舞されて行動するが、わたしたちは生きんとして死なねばならない。


12. 一昔前は、ひとは現実からの逃避を文学に求めた。いまではそれを政治的なものに求めている。


13. 政治的なものについて語る者は、土地に一人はいる、その郷土についての生き字引たらんとすることを仕事だと考えている者に似ている。誰かにそれを話さなくては不機嫌になるのだ。

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