第一章 白鼠と記憶と秘密入りの桜餅⑦

「若は、相変わらず、賀茂くんそっくりの美青年だなぁ」

 と、朔也は理龍の顔をまじまじと見ながら言う。

「僕の顔を見るたびに、必ずそうおつしやる」

 賀茂くんとは、理龍の父親、賀茂澪人のこと。父子は生き写しと言っても良いほどに、よく似ていた。

「なぁ、若。そろそろ『八咫烏』に入らないか?」

「ご遠慮いたします」

 間髪をれずに答えた理龍に、朔也は、ごほっとむせた。

「って、少しは考えてくれよ」

「『八咫烏』に入ると、様々な厄介ごとを解決するために奔走しなくてはならないですよね? それは僕の望むところではありませんので」

 理龍は、何より『自分の時間を過ごす』ことに重きを置いている。

 そのことを知っている朔也は何も返せずに、息をついた。

「……ま、いつたんあきらめるとして、今日来てもらったのは、三つ伝えたいことがあって」

「三つ?」

「うん。そのうちの一つは、ちょっと珍しい報告が届いたからなんだ。あか……」

 朔也はそう言うと、最前列に座っている部下に視線を移した。

 先ほど『あれは誰や?』と仲間にたずねていた若い男だ。

「ああ、彼は、今年組織に入った赤城ともっていうんだ。俺が大阪で見付けて、スカウトしたんだよ。年齢は若と同じくらいじゃないかな」

 苗字にちなんでか、髪をところどころ赤く染めた、やんちゃなイメージの男だ。

 合図を受けた赤城は、では、と一礼をし、タブレットを手にする。

とうまんぷくろくみつ、京都ゑびす神社、せきざんぜんいんみようえんぎようがんまつられている神々のうちそれぞれ一柱が一斉に姿を消したという報告が届きました。ほんで俺たち審神者さにわが確認したところ、間違いありまへんでした。各神社の神が一柱、不在になってます」

『審神者』とは、物事を見極める力を持ち、おんみようたちのリーダーを担っている。

 赤城は入って間もないのに、審神者になっているということは、結構な力の持ち主なのだろう。

 朔也は、首を縦に振ってから、理龍に視線を移した。

「俺はこれまで、あやかしが起こす怪異の報告は何度も受けてきたけど、『神様が姿を消す』っていうのは、組織に入って以来、初めてのことでさ」

 で、と朔也は話を続け、

「賀茂くん……本部長に報告したら、『そやね、それは理龍に相談するのが一番やろ』って言うんだよ」

 と、澪人のもの真似まねを交えながら話した。

 なるほど、と理龍は腕を組み、天井を仰ぐ。

「東寺、萬福寺、六波羅蜜寺、京都ゑびす神社、赤山禅院、妙円寺、行願寺。この七つの神社仏閣から各一柱が不在……となれば、いなくなった神の御名は、しやもんてん布袋ほていべんざいてん寿ふくろく寿じゆだいこくてん寿じゆろうじんでしょうか?」

 そう、と朔也はうなずく。

「さすが話が早くて助かるよ。『都七福神』の神様が姿を消した。どう思う?」

 理龍は、そうですね……とらして目をつむる。

 ややあって、そっとまぶたを開いた。

「……この件、僕が預からせていただいても良いでしょうか?」

 その言葉に、朔也はこれ以上ないほどに大きく目を見開いた。

「えっと、なんでしょう、朔也さんのその顔は?」

「いや、だって若が自ら引き受けてくれるなんて、滅多にないことじゃん。やっぱ、とんでもないことなのか?」

 どうでしょう、と理龍は口角を上げる。

「少し、縁を感じたまでですよ」

 朔也は、そうか、と笑い、赤城を見やる。

「そんじゃ、赤城をサポートにつけるわ」

 赤城は、なっ、と一瞬、目を見開いたが、すぐに気を取り直したように、よろしくお願いします、と頭を下げた。

 しかし、不本意そうなのは隠せていない。

 理龍は、ふふっ、と笑って、話を続ける。

「それで後の二つは?」

「そうそう、後の二つは本部長からの言付け」

「父からの?」

 理龍はぱちりと目を瞬かせる。

「……わざわざ、朔也さんを介さなくても、僕に直接連絡をくれたら良いのに」

 よく言うよ、と朔也は顔をしかめた。

「スマホに連絡しても、大抵つながらないくせに。若には直接伝えるしかないってのは、俺たちの中での常識になってるからな」

 ああ、と理龍は笑って、頭に手を当てる。

「そういえば、今もスマホを携帯してなくて。家に置きっぱなしです」

 相変わらずだなぁ、と朔也は苦笑した。

「まぁ、俺に言付けしたのには、他にも理由があるんだ。預かりものもあって」

 そう言って朔也は、扉の前に座る陰陽師に目配せをする。

 合図を受けた陰陽師は、一礼をして広間を出ていき、すぐに戻ってきた。

 彼の手の中には、真っ白いもちのような鳥がちょこんと座っている。

「文鳥ですね」

「そう。この子は、賀茂くんのところに迷い込んできたそうで……」

 文鳥は理龍を見るなり、

『どうかわたくしを京の山のお社へ連れていってください』

 と、れいな声でそう告げた。

 おお、と理龍は声を洩らした。

「『神様のいそうろう』ですね。萌子のもとにも来たばかりだったんです。こうも続くのは珍しい」

「まっ、これから世界が変わる前触れだろうな。『神の分けたまを持つ』者が多ければ多いほど、世の中は良くなるだろうし」

 天変地異が起こらなきゃいいけどなぁ、と朔也は洩らす。

 神の分け御霊を持つ人間が増えるというのは、これから世の立て直しが行われる暗示でもある。

「父は天変地異を最小限にとどめるために、さんこもっていますよ」

 理龍はそう言うと、文鳥に向かってそっと手を差し伸べた。

 文鳥は会釈をしてから、遠慮がちにてのひらの上に移り、つぶらなひとみを理龍に向け、

『どうかわたくしを京の山のお社へ連れていってください』

 と、また同じ言葉を告げる。

「京都の山のお社……」

「その子はその一点張りなんだって。で、京都に帰る予定があった陰陽師にその子を預けたってわけ」

「そういうことでしたか」

 理龍が指先で文鳥の頰を優しくでると、文鳥は心地よさそうに目を細めた。

「それで、最後の一つは?」

「『まつ』の娘さんの相談に乗ってほしいそうだ」

『松の屋』は、あらしやまにある老舗しにせの料理旅館だ。

 賀茂家は、昔からひいにしていて、宴会に使うことが多い。

 今、支配人はまつばらしんいちろうといい、子どもは上に息子、下に娘の二人兄妹きようだいである。

 長男は既に大学を卒業し、旅館の後継ぎとして働いていて、下の娘は、理龍と同じ学徳学園の大学部に通う二つ年下の一回生だ。

 理龍は、ああ、と大きくあいづちをうつ。

さくさんですね。今年、斎王代に選ばれた」

「そうそう、今年の斎王代。なんでも彼女は、賀茂くんに相談したいことがあって、富士山のふもとの社まで行ったらしい。けど、たまたま山頂の社に籠ってとう中で会えなかったんだって」

「どうして、そこまで父に?」

「なんでも咲良ちゃんが、まだ中学生の時に賀茂くんに相談したことがあったらしい。賀茂くんが、学徳学園できようべんを執っていた時なのかな?」

「……父が教えているのは大学ですよ」

「よくわかんないけど」

 理龍の父は、学徳学園大学部の教授であり、『京都民俗学』を教えていた。

 過去形なのは今は休職していて、陰陽師の仕事に注力しているためだ。落ち着いたら戻ってくる予定である。

「とにかく、咲良さんは昔、賀茂くんに相談したことがあって、その時にいい感じのアドバイスをもらったみたいなんだ」

「いい感じのアドバイス……」

「で、もう一度話を聞いてもらいたかったって」

「それでわざわざ、富士山まで……」

 へぇ、と理龍は洩らす。

「賀茂くんの代わりに、若が相談に乗ってくれればって話なんだ」

 分かりました、と理龍はうなずいて、さくらもちを手に取った。

 桜餅は関西と関東で違っている。桜の葉と共にクレープ状に包んでいるものが関東風であり、関西風は粒々した餅を桜の葉で包んでいる。

 宗次朗のところの桜餅は、関西風の餅を薄いクレープ状の皮でくるりと包んでおり、中にあんと生クリーム、さらにいちごが入っている。

 宗次朗は、自分が作った桜餅を『秘密入り』と称していた。

「この『秘密入り』の桜餅のように、なんだか、今回の依頼も何かが隠されている気がしますね。いよいよ、動き出したといったところかな」

「いよいよ、って何が?」

「こちらの話です」

 理龍は、ふふっ、と笑って、桜餅を口に運んだ。


(第一章終わり)

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◎この続きは2024年8月23日頃発売予定

『京都下鴨 神様のいそうろう』(角川文庫)にてお楽しみください!




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京都下鴨 神様のいそうろう 望月麻衣/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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