怪我

白兎

怪我

 これはあまり人には話してこなかったお話です。私の母は、恋多き女です。私が知っている限りでも結婚は六回くらい。もちろん、離婚も。

 母の何度目かの結婚で、会社の社長という人がいました。これで母も幸せになれると、その時は思っていました。

 ある時、母に呼ばれて行くと、事務所で若者たちに囲まれて、着物を着ている母と会いました。経済的にも余裕があるように見えましたし、若者たちも屈託のない笑顔で、母と雑談をしていました。良い環境で暮らせているんだと、ほっとしたのを覚えています。

 母には二人の息子がいて、息子たちの父親は、また別の人。私の弟たちという事になりますが、ほとんど会っていないから、他人にしか思えなかった。それでも、彼らもこれで幸せになれる。弟たちの父親については、ここでは語りませんが、色々あって死にました。


 社長夫人となった母ですが、ある日、怪我で入院したと連絡が入りました。私の所には姉から連絡が来て、入院先の病院へ行くと、母は絶対安静、ベッドへ身体を固定されていて、身体中、打撲と骨折。鼻の骨と歯も折れている。

 医師からの話によると、母は夫から暴力を受けたとの事。私はこの母の夫に二回ほど会っていますが、腰は低く、笑みを浮かべて丁寧に話す人だった。まさか暴力を振るうなんて思いもしなかった。

 姉と私が病院の廊下で、母の様子に心を痛めている時、母の夫がやってきた。いつものように、うっすらと笑みを浮かべて。こんな時まで笑顔を見せるなんて、私の怒りは心頭に発し、

「何てことしてくれたんですか! こんなことして! 絶対に許さない! 警察に突き出してやる!」

 普段の私は、感情を表に出さず、大きな声を出すこともないのですが、この時ばかりは我慢ならなかった。すると、母の夫は、

「ここの医師は知り合いですから、話しておきますよ」

 と、意味不明な事を言った。ここは市立病院で開業医ではない。医師だって雇われだ。金を掴ませて言い含めることは出来ない。その後、母の夫は医師と話をしに行って、私と姉だけになった。すると、姉が私に言った。

「あの人、ヤクザだよ」

 私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。

「え?」

 私が聞き返すと、

「だから、あの人ヤクザだよ」

 と姉は同じ言葉を繰り返した。私は言葉を失った。ヤクザの男に放った言葉を思い返す。そして、男の会社の事務所で母と会った時、母は若者たちから「姐さん」と呼ばれていた。

 私はその場に凍りついた。

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怪我 白兎 @hakuto-i

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