DRAG

sui

DRAG


闇が煮えていた。そして吹き上がっていた。

結局溢れ返った。


それを目の当たりにしてしまった。


いつかはあるだろう、薄々そう感じてはいても今日ではない筈だと、そんな風に思っていた。

己には関係ない所で起きるだろう、何の根拠もなくただそう思っていた。

けれども事は起きてしまい、そして確実にこちらへと向かって来る。


始めはただそこにあるだけかのように。それがゆっくりと、じわじわ染み出すかのように。広がり続けた闇はある瞬間を越えた途端、勢いを上げ量を増す。



取り込まれてしまう。逃げなくては。


恐れをなして逃げ惑う。

前ばかりを見ようとしたが、振り返る事が止められない。そうして行き場を見失う。

どこを見ても救いはない。

焦り、うろたえる間にもそれは迫り、いよいよ足先を染めていく。

動かなくては、これ以上染まってはどうなってしまうか分からない。

一歩、一歩と足を進める。どうしようもなく辛い。

苦しい。

息が切れる。

ハ、ハ、と気付けば音にまで出ている。


踝が埋まった。脛が消えた。膝を取られた。

腿が沈んで、腰まで上がればもう動けない。

胴を捻る。身じろぎをする。肩を揺する。首を振る。


怖い。怖い。


顎が浸った。唇に触れた。鼻にまで来た。視界が絶えた。

いよいよ全身染まり切って、真っ黒になってしまった。


ゴボリ、ゴボリ。

最早世界に光はない。闇の中へと沈んでいく。


お終いだ。


意識が絶えるまでの間に、ポケットの内の何かに気付く。

それは透明な物。コポコポと小さな光を沸かせる物。

最後の力を振り絞って掌に握る。

己の内に僅かに残った真白い物を守る為、酸素マスクに縋るように、そこに口を押し付けて、体を丸めて目を瞑った。



化石。或いは冬眠。

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DRAG sui @n-y-s-su

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