第12話 罠に掛かった獲物

 第一王女の式典当日。

 式場は中央大教会の隣にある広場に設置された特設会場だ。豪華な装飾が施された祭壇を中心に、周囲には各国の要人や貴族たちが整然と並んでいる。アイリスの式典とは比べ物にならないほどの大規模な広場に、華やかな衣装に身を包んだ賓客たちが大勢集まっている。


(それにしても、よくこんな前の列に座れたものね……)


 エリナは、自分が座る席から辺りを見渡しながら思わず感心してしまう。華麗なドレスに身を包み、いつもの騎士団の制服とはまるで別人のな自身の姿に、少しばかり違和感を覚える。

 同じ前列にいるのは、名だたる貴族や高位の賓客たちばかり。昨日、オーランドから手渡された招待状がまさか本物だったとは。最初は半信半疑だったけれど、無事に通してもらえたことに安堵している。


(持ち物検査とか無くて助かった……)


 前列に座る客は賓客待遇なのか、何のチェックもなく会場に入れた。エリナは、ドレスの中に隠した“例の物”の存在を指先で確認しながら、緊張する胸の鼓動を静めようと深く息を吸い込んだ。


 やがて、観客の入場が終わり定刻になると、会場全体が一気に静まり返った。

 厳かな空気が広がる中、第一王女がゆっくりと姿を現す。優雅な足取りで歩く彼女の、その威風堂々とした佇まいに周囲の目が自然と集まる。エリナもまた、騎士団の任務で遠目に見かけたことはあるが、こんなに間近で見たのは初めてだった。


(アイリス様と御姉妹なだけあって、確かに凄くお綺麗だけど……)


 その美貌とは裏腹に、第一王女の表情にはどこか冷たさと高慢さが漂っている。アイリスのような慈愛に満ちた柔らかさは微塵も感じられない、まるで仮面を貼り付けたような印象。エリナはそんな感想を心の中で呟いた。


 式が始まり、代表の賓客たちが次々に亡き王妃を悼む追悼の言葉を述べる。


 厳かな時間がしばらく続いた後、いよいよ国宝であるティアラが祭壇に運び込まれてきた。

 大司祭を先頭に、数人の神父が豪華な台座に乗せられたティアラを慎重に運び入れ、その姿が観客の目に見えると、会場内から感嘆の声が溢れる。


(そろそろね……)


 エリナは緊張で体が強張るのを感じながら、全神経を聴覚に集中させた。スカートの中、太ももに巻いたバックルの中の“例の物”がずしりと重みを持って感じられる。


 祭壇にティアラが安置され、場内が完全に静まり返る。追悼の言葉を列べる司祭の声だけが広場に響き渡る厳粛な時間――そのときだった。


『カタン』


 静かな会場に、何かが当たるような小さな音が響く。微かな物音に気付く者はほとんどいなかったが、耳に全神経を集中していたエリナは確かに聞き逃さなかった。


 心臓が跳ねるように鼓動を打ち、全身に緊張が走る。次の瞬間――


『ヒタ……ヒタ……』


 かすかな足音を、彼女の耳が捉える。

 他には誰一人として気付いておらず、誰も騒ぎ立てもしないが、確かに何かが近づいてきている。


「――今だ!!」


 エリナは立ち上がり、スカートをたくしあげると、中から取り出した“姿追いの薬瓶”を勢いよく高く投げ上げた。

 周囲の賓客たちが驚き、次々にエリナへ視線を向ける中、瓶は空中で炸裂し、キラキラと輝く粉末が辺り一面に舞い散る。


『な、何だ!?』『敵襲か!?』『キャーーー!!』


 パニックが会場を包み、あちこちで叫び声や悲鳴が上がる。粉末が霧のように会場を覆い、視界が一瞬遮られる。


『ゴホッ、ゴホッ!』『な、何だこの臭いは……!?』『毒物か!?』


 混乱の渦中、粉が風に吹かれ、徐々に霧が晴れていく。


 その時、誰かが何かに気づき、叫んだ。


『見ろ! あそこに何かいるぞ!!』


 指差された先には、ティアラの置かれた祭壇のすぐ近くで、粉末を纏いキラキラと光を反射させる人型が、動揺して立ちすくんでいるのが見えた。


「見つけた!!」


 エリナは人型に向かって勢いよく走り出す! 人々の間を縫うように駆け抜け、一気に距離を詰めようとした瞬間――慣れないドレスに足を取られ、思い切り転倒してしまった。


「イタッ……!」


 受け身も取れず、思いっきり地面に打ち付けてしまったアゴをさすりながらも、どうにか立ち上がるが……その隙に人型は人々の混乱に紛れ、近くの池に飛び込んでしまった。

 勢いよく上がった水飛沫がキラキラと太陽の光を反射して水面へと落ちる。


「あ、しまった!」


 エリナは愕然とし、立ち止まって池の方を見る。

 事前にオーランドから聞いていた通り、姿追いの薬瓶の粉末は、水で簡単に流れてしまう。

 粉末に包まれていたはずの人型は、次の瞬間には完全に姿を消していた。


「ど、どうしよう……!」


 焦って池を眺めるエリナだったが、風で揺れる水面に犯人の姿を捉える事はできない。潜って逃げられたのだろうか……。

 焦るエリナだったが、ふと池の対岸を見ると――岩陰に待機していたオーランドが、何かを見つけたように走り出しているのが見えた。

 それを確認し、エリナは大きく頷いた。

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道具屋オーランドの暇つぶし ~天才道具師は退屈しのぎに謎を解く~ アーミー @a-mi-

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