第11話 ブローチ泥棒は……

 王宮を後にして、私たちはオーランドさんのお店まで戻ってきた。街の喧騒もすっかり遠のき、辺りは静まり返っている。

 途中、私は事件の事を聞きたくて何度もオーランドさんの顔色を伺いながらも、なかなか口を開けずにいた。

 店に入ると、オーランドさんは真っ直ぐ奥へ向かい、まるで近所の買い物から帰ってきたかのように自然に椅子に腰掛けた。どうやら考えはまとまっているらしい。

 王宮を後にして、オーランドさんのお店まで戻ってきた。


「それで、これからどうしますか?」


 少し遠慮がちに尋ねると、オーランドさんは腕を組み、ゆっくりと口を開いた。


「別にやる事はそう多くない。ただ『その日』まで待てばいい」


「ど、どういうことですか?」


「――そうだな。はお前の協力も必要になる。これから説明する事を、良く聞いて理解しろ」


 そう言って、彼は私を見つめた。いつになく真剣なその視線に負けないように、しっかりとうなずく。


「まず、透明薬について一つ知っておく必要がある」


「はい」


「ダンジョンにある透明床のトラップを知っているか?」


「実物を見たことはありませんが、その破片なら見たことがあります」


 ラカンさんが詰所の裏庭で見せてくれた透明な破片を思い出して頷いた。


「結構。透明薬は魔法の力で光の特性を捻じ曲げ、飲んだ者の体を一時的にアレと同じような状態に変化させる薬だ」


「それは、知っています」


「よろしい。ならば一つ聞くが、着ていた服はどうなる?」


「……え?」


 オーランドさんの問いを受けて、私の脳裏に疑問が浮かんだ。確かに、使用者の身体に作用する薬なんだとしたら……。


「もう一度言うが、透明薬は飲んだ者の身体を透明にする薬だ。つまり……」


「――着ていた服までは、透明にならない」


「そういう事だ。透明薬の欠点でもあるな」


 その言葉に、ようやく何かがカチリと噛み合ったような気がした。あの時の教会の出来事が、少しずつ形を成していく。


「……そっか、靴!」


 思わず声を上げてその場で小さく飛び跳ねてしまった。オーランドさんが教会で言っていたことの意味が、ようやく分かってきた。


「ようやく気づいたか。そう、靴も履けない透明人間が、ガラスの飛び散る教会内を歩き回ることなど不可能なのだよ。ましてや、服すら着ていないその身で窓など突き破ったら、何もない所に血まみれの人型が浮かび上がって、返って目立つだろうな」


 そう言って、オーランドさんは少しだけ嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。確かに、その通りだ。全身裸で窓を突き破り、ガラスの破片を裸足で踏むんで歩くなんで、どんな頑丈な人でもただで済むはずがない。


「――で、でも! あの日、確かに鈴のトラップが鳴ったんです」


 そう。あの日、目に見えない何者かがトラップにかかりながら、教会の中を歩き回ったのは事実だ。


「あのトラップ。黒く汚れていたのは覚えているか」


 興奮気味に話す私に向かって、オーランドさんが静かに言葉を続ける。


「は、はい」


「あれは、焦げ跡だ。つまり火薬が使われている」


「ど、どういうことですか」


 私はその言葉の意味が飲み込めず、反射的に問い返す。そんな私を見て、オーランドさんは手を振り、まるで子供に教えるような口調で続けた。


「お前も知っているだろう。姿追いの薬瓶にも使われている時限式火薬の仕掛けだ。大抵は数秒から数分で爆発するようにするが、配合を調整すれば、数時間後に爆発させることもできる。火薬の量を調整すれば爆発の大きさも自由自在だ。それこそ、窓を割るレベルから、糸を揺する程の小さな爆発までな」


「つ、つまり、窓ガラスが割れたのも、あの鈴の音も、時限式の爆薬で起こしたと?」


 オーランドさんは小さく頷いた。


「そうだ。となると、仕掛けが可能だった人物が誰かと考えれば――犯人は分かるな」


 それを聞いて、私は心がぎゅっと締め付けられた。

 騎士団が前日に鈴の仕掛けをしてから、当日までに細工をする事が出来た人は……。


「まさか、神父様がブローチ泥棒の犯人……」


 信じたくない。あの優しそうな神父様が、そんなことをするなんて。


「最初の計画では、窓の仕掛けだけだったのかもしれんな。そこにお前達が格好のトラップを用意したものだから、説得力を増すために逆に利用されたんだ」


 やれやれといった様子でオーランドさんは首をすくめてみせる。


「透明人間が存在しない以上、ブローチを盗んだのはあの場に居た人間で間違いない。透明人間のトリックと違って、手法は至ってシンプル。お前が姿追いの薬瓶を投げた混乱に乗じて、取って服の中にでも隠したのだろう。居もしない犯人を追って、騎士団は身内を疑いもしなかっただろうからな」


 オーランドさんの推理は確かに筋が通っている。けれど、まだ心のどこかで納得できない自分がいた。


「だとしても、証拠が……ありませんね」


 私が消え入りそうな声で呟くと、オーランドさんは口角を僅かに上げた。


「その通りだ。だが、それもさっき王女から聞いた話で解決した」


「ど、どういうことですか?」


 話の意図が掴めず戸惑う私を見て、オーランドさんは静かに笑ってみせる。


「――釣りの準備をするぞ。餌は王宮が準備してくれる。現行犯で逮捕すれば、証拠など必要ないからな」

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