第10話 その注文、道具屋として確かに賜った
「私が言うのも何ですが、数人の近衛兵と私だけで外に持ち出すような物ですし、宝飾品としての価値はせいぜい10万ルピタほどだと聞いています」
そう遠慮がちに答えるアイリス様。
10万ルピタといえば、私の1カ月のお給料を全部つぎ込めば買えなくもないくらい。普段使いの装飾品としては高額だけれど、一般人が持っていてもおかしくないほどの値段だ。
「確かに、聞き及んでいた話と合致するな」
オーランドさんは顎をさすりながら、静かに言った。
元々知ってて聞いたのね……。
「もう一つ聞くが、仮にあなたが犯人だとして、警備の厳重さを無視して考えると、
「リスクを配慮せずに……という事ですか」
アイリス様は少しの間、考え込むと、ゆっくりと答えた。
「それはやはり、第一王女のお姉さまが持つティアラだと思います。他のお姉さまがたの宝飾品も私のブローチよりは価値がありますが、どれも王家ゆかりのものとしての価値だと聞いています。もし盗品として売るならば、出元が分からないようバラバラにして売られるでしょうけど、そうした時に価値が残るのは、豪華な宝石で装飾されたあのティアラくらいだと……宮廷の騎士たちが話しているのを聞きました」
その可憐な姿とは裏腹に、しっかりとした態度で説明するアイリス様。優しいだけではなく、聡明な女性だということが伝わってくる。
そんなアイリス様の説明を聞いた途端、オーランドさんはスッとソファから立ち上がり帰り支度を始めた。
「十分な収穫だったな。帰るぞ」
「え、えぇ!? もう良いんですか!?」
慌てる私を無視して、オーランドさんは部屋の外へと向かっていってしまった。
「あ、あの!」
アイリス様が慌ててオーランドさんに声をかける。
「みなさんが事件のことでお忙しいところ、恐縮ではあるのですが……私のブローチは見つかりそうでしょうか?」
遠慮がちに、それでもどこか焦りと悲しみの滲んだアイリス様の視線が、オーランドさんに向けられる。
「……なぜあのブローチにこだわる? いくらケチな王宮でも、10万ルピアほどの宝飾品ならば代わりが支給されるだろう」
冷静に言葉を返しすオーランドさんに、アイリス様は目を伏せたまま。静かに、その理由を口にした。
「ああれは、生前、母が普段から身につけていたものなのです。高価な宝飾品を好まなかった母が、唯一大切にしていたもので……実は」
そこで一度言葉を詰まらせたアイリス様。私とオーランドさんは黙って後の言葉を待つ。
「ローチの中には、私と母、二人だけで書いてもらった小さな肖像画が入っているんです。他の人には内緒よ、と母が言って、ずっと秘密にしていたんです。生前、母はいつもそのブローチを見ながら『私の宝物だから』と笑ってくれました」
その言葉に、私は胸が詰まる思いだった。お妃様は一人だけ年の離れたアイリスさまをよく可愛がっていたと聞く。王室内でアイリス様の扱いがぞんざいになったのも、お妃様が亡くなってからだとも……。
「あの、我が儘を承知でお願いします。どうか、あのブローチを取り戻していただけないでしょうか。お礼は大した額はお支払いできないかもしれませんが、私からできる限りの事は致しますので。――どうか」
言葉を詰まらせると、笑顔のままのアイリス様の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。いつも笑顔を絶やさず耐えて来たアイリス様が、こんな風に涙を見せるなんて。きっと、王室の中で我が儘を言ったことなんて一度もなかったのだろう。それでも、あのブローチだけはアイリス様にとって譲れないほど大切な物だったんだ。
そう思うと、そんな大切な物をみすみす盗まれてしまった自分に腹が立ってしかたがない。
「お任せください! 私が何としてでも――」
ソファーから飛び上がるように立ち上がり、アイリス様に力強く誓おうとしたその瞬間――
「10万ルピアだ」
オーランドさんが、抑揚のない声で呟いた瞬間、部屋の空気が一瞬にして変わった。私は何を言われたのか理解できず、暫く言葉を失っていた。
一拍置いて、今度は怒りが一気に湧き上がってくる。
「ちょっと! オーランドさん! 今の状況でお金の話なんて、さすがにひどすぎます! そんな言い方、あんまりです!」
思わず声が震えた。これまでの無愛想な態度には耐えられたけど、今回ばかりはさすがに黙っていられなかった。
けれど、オーランドさんは落ち着いた様子で言葉を続ける。
「最初に言ったが、私は道具屋だ。それは道具屋に対する発注ということで受け取ってよいか――と聞いている」
「か、構いません。それくらいの額でしたら、何とかご用意できます!」
私たちの喧嘩を止めるように、アイリス様が力強い口調で答えたその瞬間――オーランドさんがふっと微笑んだ。その微笑みは、これまでに見てきたどこか冷たい印象とは違い、確固たる自信に満ちたものだった。まるで、この先の出来事をすでに見通しているかのような、そんな余裕すら感じられる。
「――では、確かに賜った。安心して待て。この道具屋オーランド、客からの注文を満たせなかったことなど――ただの一度も無い」
とても静かで、けれども自信に満ち溢れたその言葉に、思わず息を呑んでしまう。ずっと無愛想で冷淡な人だと思っていたけれど、この瞬間だけは違った。
そう、まるで道具屋としての誇りそのものが言葉となり、真実を指し示しているように。彼なら――何とかしてくれるかもしれない。私の中で、そんな確信が感じられた。
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