なにか、キラキラ

ヤナセ

なにか、キラキラ



「ほんっとあんた、ヒカリモノが好きよねえ」

「うん、とりあえずひとの推し活をお寿司屋さんみたいにいうのやめてもらえるかな」

 いつものように苦いだけみたいなコーヒーをちびちびすすりながら、私は一応抗議しておく。この友達はいつも、如何にしてうまいこと気の利いてるっぽく表現するかに拘ってるところがあるから、悪口に聞こえても誉め言葉に聞こえても、一回は軽くスルーすることにしているのだ。

「で、今度は何系?」

「所謂地下ドルでいいのかな。いまは次のライブまでの時間つぶし」

 手元のクリアファイルから、フライヤーを出して渡す。

「へえ、一日3回もやんの、まあまあ知名度ある系?」

「どうだろうねえ」

 この相手に隠したって仕方ないから、私はさっき慌ててしまおうとしてたチェキを広げなおした。確かにこの界隈ではまあ強気設定、一回2千円のツーショット。ハートを作るのはいまだに気恥ずかしい。このカフェ、隣のライブハウスでイベントやるときはほぼそこのオタクに占領されるので、チェキを広げる程度のことはスルーされがちだ、しかし。

「おやかわいい。私ほどじゃないけど」

「はいはい」

 言うだけの見た目はお持ちの相手は、それでも『わたしのだいじなもの』を大事にする程度のことはしてくれる『友達』だ。そっとチェキをつまみあげて眺めたあとは、丁寧に私の前に並べなおしてくれる。

 私とここにいない誰かとのツーショット。長い前髪が友達の顔を隠す。

「でもほんと、かわいいね。こういう系統も好みなんだ」

「顔っていうか」

「なに」

「ハングリー精神?的な?」

「適当な」

「説明しづらいよ」

 現状では絶対メジャーには出てこなさそうな、そんなことはきっと本人が一番よくわかっていそうな、それでもあがくのをやめそうにないところが一番の取柄かもしれない、そんな私の推し。推してる私たちのことなんかどうでもよくて、上にいくための道しか見てないキラキラしたところが最高に素敵な、私のお気に入り。

 私は基本、そんな子しか推さない。

 過去に何度も推し対象には裏切られてきたけどね。

 引き上げてくれるというだれかさんの甘い言葉に引っかかったり、自分に折れて墜ちていったり、今の場所に満足しちゃったり。もしくは応援しても見えないくらい高いところまで飛んでっちゃったり。

 そうやって自分の中から消えていった、過去の『推し』たちをちょっとだけ思い出した。

「業だねえ」

「うるっさいな」

 大きなお世話。

「まあ、私でもちょっと手が届きそうなところにいるのがいいんだよ」

「ふううううん。ちょっと、ねえ。手が届きそうな、ねえ」

「そうだよ」

「手が届いたとたん、イヤんなるタイプ」

「そうじゃないけど」

「だってそうじゃない」

「決めつけんな」

 前髪をかきあげて、ほっぺ膨らませて、肘をつく。なんかよくわからんドリンクのストローを噛む。まあ、ほんとそういうのが絵になるやつだ。私は手元の写真を片付けながら、ため息をつく。

「そもそも全然届いてないし」

「たくさんツーショ撮っても?」

「TOには敵わないしなー」

「えー、志ひくーい」

「金ないもん」

「お金だけじゃないでしょ」

「かもね」

「むかつくなあ、そういうところ」

 でも推し活って、そういうものじゃないか。

 写真の代わりに広げたノートの、白紙ページになんとなく今月の残り日数を書き出してあった。次に会えるのはいつかな。今月はあと何日こうして会えるかな。

 推し活はそういうもの。キラキラしたもの。カタチじゃないもの。全部を突っ込んでも手に入るわけじゃない。手に入りそうでも、入らないもの。

「そういうところが、ヒカリモノ好きっていってんの」

「足早い?」

「旬が短い」

 思わず吹き出した。

「推す側としてはそこ大問題なんだが?」

「旬の短さ?」

「そりゃそうよ」

 それはそうかもしれない。今の推しも年齢非公表だけど、いつかは引退も考えるだろうし。いま人気あっても、そんなのいつまでかわからないし。病気するかもだし、恋人ができるかもだし。それを止める権利は、いちオタクにはないし。

 店内の謎BGMが途切れて、なんとなく静かになった。

 

 

「……あの!!!!『なこ。』さんですよね」

「いちおう、そうですが。なに」

 つるんと。

 その名前で、声をかけられて。

 目の前の友達の表情から何かが抜けて、代わりにギラリとした何かがとりついた。とりついた、でいいんだよな。そうにしか見えない。私には。

「いやあのナニとかじゃなくて!すみませんずっと推してて!こんなとこおられるからびっくりして!」

「声大きい」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!打合せかなんかですよねすみません!」

 なるほど、はたからはそう見えるのか。まあ仕方ない。いいけど。

「うん、そういうわけでごめんね。でもありがとう、気づいてもらえて、声かけてもらえて、なんか嬉しいな」

 キラキラ、と。

 そのとき、空中の埃かなんかかもしらないが、確かに周りになにかきれいなエフェクトが散ったのだ。

「そんなの!こっちこそありがとうございますあのあの」

 きゅっと手を握られた女の子は、いよいよ口をぱくぱくさせて固まってしまった。そのまま、飛んできた連れらしき集団に連れていかれるまでフリーズしっぱなし。よかったねよかったね勇気を出してよかったね。と、そんな声が向こうからふんわり聞こえてきた。


「どしたの」

「いやあ、うん、相変わらず人気者だなあと」

「ぜんぜん。こんなとこで声までかけられるだなんて、思ってもみなかった」

「ご謙遜」

 さっきの何かとりついたようなあれはどこかに消え失せて。いつの間にか私の手元から引き抜いたペンをくるくる回しながら。

 私の『友達』が、笑う。

「まだまだだよ。ほんと、ぜんぜん」

「テレビにも出たじゃん」

「いまどきはテレビだけじゃちょっとね」

「厳しいか」

「やっぱSNSとかもね、大事でさ」

 などと、ちょっと顔をしかめてみたり。そんなのがとっても絵になってしまうのに。

 私の、『友達』。

「また、推してもいいよ?」

「それはしない」

「即答て。まあ知ってる。言ってみただけ」

 だって私にとって、推しってそういうものじゃないから。

 今は、今のところは、きみは『友達』だから。

「それに今更推されても困っちゃう」

 不意打ちにそんなことを言ってくるきみは、覚えているんだろうか。


‐‐推しは恋愛対象にしないしできない

‐‐ファンは恋愛対象にしないしできない

 そんな、冗談交じりにお互いに言い合ったあの日のことを、まだ。

‐‐‐‐じゃあ、友達だね。

‐‐‐‐友達だね。

 そんな。

 

 

「さて!こっちも時間だし、行くね」

「待ってそれこっちの伝票」

「次おごってよ」

 ひらひらと手を振って、全開の笑顔。それで周囲がちょっとざわつく。え、マジでなこ。?え?マジ?うわマジで。マジ?そんな声。スマホを掲げる者まで見えたので、慌てて行け行け、と手を振る。いつのまにかつるりと何かをとりつかせたきみは、またキラキラのなにかをまとって、こちらに背を向けた。

 

 

 私は、上しか見てないギラギラした存在を推すのが好きなだけの、ただのオタクなので。上以外のところを見てるようなのは、推し対象じゃないので。

「どうしたもんかね」

 きみが、ノートに書いたカレンダーに、勝手にしるしをつけていくようなことをするものだから。

 そういうのは推しから外すしかないので。

 どんなにキラキラしていても。

 そう、どんなに、キラキラしていても、だ。


 

「ほんと、どうしたもんかね」

 ほんと。

 どうしてくれようか。

 こっちはもうすぐ、今の推しのライブの時間だというのに。

 目を閉じてもなにかが、キラキラしていて。

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なにか、キラキラ ヤナセ @Mofkichi

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