side:月花 光よ、光よ。
『何してんの!?』
それが、初めて聞いた声。
『それじゃ、わたしと組も?』
私の世界に色を付けてくれた、鮮やかな声。
うん、ありがとう。
やっとのことで答えて、あなたの手をとったとき。
私の人生が始まったの。
ねぇ、
あの日からあなたは、私の光だったの。
きっと正義感が強くて明るくて、誰とでも仲良くなれる光莉ちゃんにとっては、何てことのない出来事だったのかも知れない。ただ見過ごせなかったことを見過ごさずにいた、声をかけずにいられなかった同級生に声をかけた──それだけだったのかも知れない。
でも、それが私にとってどれほど救いになったか。どれほど私の心を潤してくれたか。
ずっと変わらず眩しい私の光。
明るく私の世界を照らしてくれる、大切なもの。
だから、許せなかった。
覚えてる?
中学校の頃に付き合ってたパンクラチオン部の男の子。あの子と付き合ってたときの光莉ちゃん、相手に合わせるばっかりで全然光莉ちゃんでいられてなかった。
無理して、自然なままで眩しいはずの光莉ちゃんを変えてまで、一緒にいようとしてたよね。あいつも、光莉ちゃんのそんな苦しみに気付かないで。
そんなあいつを、許せるわけがなかった。
高校に入ったばかりの頃に告白してきた3年生も。あのとき光莉ちゃんは満更じゃなさそうだったけど、あのまま付き合ってたら光莉ちゃんは酷く傷付けられていたかも知れない。あのとき私を救ってくれた光が、損なわれていたかも知れない。
近寄らせられるわけがなかった。
高2で付き合ってたクラスの男子も、高3のときナンパしてきた他校の子も、ちょっと心配だったけど『いい人そうだし大丈夫!』って言った光莉ちゃんの信頼を、裏では簡単に裏切ってたんだよ。裏切るような人たちだった。
もし付き合ってから光莉ちゃんがそのことに気付いちゃったら、どんなに傷付いたかわからない。やっぱり手を打っておいてよかった。
ちょっと痛かったし気持ち悪かったけど、ちょっと汚れるくらいで光莉ちゃんを守れるなら安いものだった。結果、あいつらの醜態がSNSで出回って、光莉ちゃんもすっかり幻滅して付き合わずに済んだんだよね。
大学のときバイト先の予備校で仲良くなった先輩とか、ゼミの同級生のときは、傍にいられなかったから間に合わなかったな……。予備校の先輩には本当に心を奪われて、もう依存って言ってもいいくらいになってたんだよね。あのときの光莉ちゃんは、光莉ちゃんじゃなくなってた。あんなの、見てられなかったな。
でも、大学離れたのはちょうどよかったのかも。
だってあの男に、私と光莉ちゃんの関係を知られてない状態で近付けたから。制服とかで悟られるわけでもないし、偶然を装うこともできた。
ゼミの同級生だって、会社に入ってから知り合った人だって、みんな光莉ちゃんの光に寄せられただけの羽虫ばかり。光に照らされているからマシな外見になっていただけで、光の当たる面の裏側は薄汚い欲望まみれの、泥濘みたいなやつらだ。
私はそれを、この身で証明してきた。
証明し続けた。
光の外側にはみ出た先の薄暗い影のなかで、ずっと、ずっと。
光莉ちゃんの輝きを曇らせかねない羽虫たちを絡め取って、光莉ちゃんのもとから遠ざけ続けた。それでどれだけ自分の身体や心がすり減っても、それらは光莉ちゃんを救えたという証に思えた。誇らしくて、幸せで、何よりも尊い使命だと思えた。
だから、まだ頑張れるよ。
光莉ちゃんは、誰のものにもならない。
みんなを等しく照らして、みんなの光でい続ける。そんな光莉ちゃんのことが、私はずっと、ずっと。
直近の羽虫を光莉ちゃんから引き剥がして、私自身もそいつとの関係を終わらせた日のこと。何度目かの高揚感のなかで歩く私の目に、くたびれたような足取りで薄闇のなかへフラフラ歩いていく光莉ちゃんの姿が見えた。
「光莉ちゃん?」
たまらず、声をかけた。
え、と振り向いたその目に、わぁっ。
「
「やっぱり光莉ちゃんだ!」
もちろん知ってる。
面と向かって声をかけるのは高校のとき以来だったけど、ずっと見てきたからもちろん知ってる。
でも、私を見つけて目を輝かせた光莉ちゃんは、あの日のまま。とても眩しく見えて。
私はまた、光莉ちゃんに会えたんだ!
嬉しさが込み上げて、どうにかなりそうで。
もう、天にも昇ってしまいそうな気持ちだった。
幸せな時間だった。
すっかり大人になって、お酒も飲み慣れた光莉ちゃんの話をずっと聞いている時間。すごく楽しかった。懐かしくて、心地よくて。
目先の欲望に釣られて離れていった羽虫たちなんかのことを気に病む優しさは、最初私に声をかけてくれた日を思わせたし、お酒の勢いにまかせていろんな苦労話をしている姿は、その日学校であったいろんなことを言い合った帰り道の景色を思い出した。
「なんかさ、こうやって帰ってると昔みたいだね」
「そうだね」
居酒屋を出たあと、ふたりで並んで歩く帰り道。
光莉ちゃんは、とても嬉しそうに言ってくれた。
私も、そんな光莉ちゃんを見られるのが嬉しい。
「ねぇ、月花」
「なぁに、光莉ちゃん」
「またこうやって、会いたいね」
「…………、うん!」
あぁ、夢みたいだ。
こんなに幸せなことあるんだ……。夢かと思ったけど、光莉ちゃんの顔は確かに大人になっていて、私の夢なんかじゃない。
本当に、私にそう言ってくれているんだ。
そんなに眩しい顔で、まだ私を見ていてくれるんだ。
「嬉しいなぁ」
「もう、また?」
「何回だっていうよ、だって嬉しいんだもん」
ふと見下ろしたアスファルトでは、ふたつの影が寄り添うように歩いている。私はちょっとだけ距離を詰めて、光莉ちゃんに身体を近付ける。
影が、ぴったりとはいかないもののひとつに見えるくらい重なる。
「え、ちょっと月花! ど、どうしたの?」
「なんかね、酔っちゃったみたい。ちょっとだけ、寄りかからせて?」
「も、もう……。いいけど、歩きながら寝たりしないでよ?」
「あはは、うん♪」
そう、私はこの幸せに酔ってしまっている。
幸せに酔いながら、改めて影を見つめる。
私の方がほんのちょっと背が高いから、重なった影は私の輪郭をなぞっている──うん、これでいい。やっぱり影は、私じゃないと。
光莉ちゃんは、ずっと眩しいままでいて。
暗い影は、ずっと私が引き受けるからね。
「えへへ、」
「ほんと酔ってる……、タクシー……ううん、このまま歩いてていい?」
「うん~」
あぁ、本当に幸せだなぁ。
月明かりに照らされる道を歩く光莉ちゃんと、それに寄り添う影。そんな幸せな光景を、私はふわふわした高揚感のなかで見つめていた。
光あれ、と声の限りに。 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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