病院で出逢った男の子
神崎諒
病院で出逢った男の子
この話に登場する人物・場所・団体などの名称は、プライバシーを考慮した仮名ですが、内容はすべて筆者(神崎)が体験した実話です。
静岡県・某市、市立病院、四月。
新学期が始まって間もない頃、私は急性の胃腸炎で県内の市立病院に入院していた。この時、私は小学三年生だった。学校でクラス替えは二年に一度行われる。ゆえに私は、人生で初めてのクラス替えを体験した。教室環境が変わり、担任が変わり、クラスメイトの顔ぶれが一新した。自分から話しかけて友達をつくるのが苦手だった私は、緊張とストレスで腹痛を起こし、母に連れられて近くの病院で受診した。治まらない吐き気があまりに深刻だったので、私は三週間ほど入院することになった。それから約二週間後、症状も安定してきて自由に動き回れるようになり、来週には退院、という時分のことだった。
来週からまた授業が始まる、学校に行くのは怖くてイヤ。だけど、ずっと
そんな葛藤を心に抱えながら、私はデイルームでDSのゲームをしていた。
窓の外では、満開の桜が咲き誇り、風に乗って薄ピンク色の花びらが舞い踊っている。
私は戸惑っていた。学校のことではない。ゲームのことだ。ゲームはダンジョン形式で、時折、謎解き要素が入る。自分が操るキャラが
ダッシュと二段ジャンプを併用してみても、空中で回転してから頭突きをしてみても(無意味なのは分かりきっていたが)、上手くいかなかった。
どうしたものか……。私はしばらくこの難問と格闘していた。
「ソレ、オモシロソウダネ」
頭を上げると、そこには上下パジャマ姿の男の子が立っていた。中国系の男の子で、年齢は私と同じくらいだった。
「ソレ、チョット、カシテ」
いわれるままに、私はゲーム機を差し出した。
なるべく言葉を使わずに、指差しとジェスチャーで、操作の仕方と現状の難問について説明した。男の子は「アァ、ナルホド」と理解できた様子でゲーム機をいじりだした。
男の子は私がしたのと同じように、二段ジャンプやダッシュを試してみるが、どれも上手くはいかない。
しばらく格闘したのち、男の子は何かの啓示を受けたかのごとき突然のひらめきをもって、必殺技ボタンを押した。
キャラが吐き出したシャボン玉は空を漂い、吸い込まれるようにボタンへと近づいていく。
そこでシャボン玉は割れてなくなる、かと思われたが、シャボン玉はボタンを押し込み、新たな通路が出現した。
その瞬間、謎は解かれたのだ。
私と男の子は発狂するほどに喜び合った。幼いながらにも、ゲームは国や言語の壁を越えるのだ、と実感した瞬間だった。
それからも男の子はゲームを続けた。私は男の子が隣でゲームをする様子を眺めながら、お互いのことについて話した。
男の子はオウ君、という名前で、出身はやはり中国だ、という。この病院に入院していて、まだ入院している予定なんだ、といったので、私は来週には退院なんだ、といった。
私にとってオウ君は、病院でできた、今学期初めての友達だった。
間もなくデイルームに私の母がやって来て、私は母にオウ君を紹介した。
オウ君は少し戸惑いながら、パジャマの袖で鼻をぬぐい、「ン」といいながらゲームを続けた。私は隣でずっとオウ君がゲームをする様子を見ていた。
しばらくしてから、オウ君は満足した様子で私に「ハイ、アゲル」とゲーム機を返すと、そのまま軽く会釈をしてデイルームを出ていった。
それから一週間ほど経ち、私は全快で退院した。
病室を出て、急かす母を振り切り、私は同じ階のオウ君を探した。
しかし、同じ階にオウ君はいなかった。
ひとつだけ空室の部屋があったのだが、無論、そこにオウ君はいなかった。
私は母に呼び戻されて、病院を後にした。
私は今でも、オウ君が無事に退院したのだ、と思っている。
病院で出逢った男の子 神崎諒 @write_on_right
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