第30話 うたた寝
その一方で、俺と
支援自体は、みんなもありがたがっている。
その反面、支援は、俺が公家からも目をかけられるほどの
元々武家に
あからさまに俺に「どうせ、そのうち出ていくんだろう」などと言ってくるのは、
実家を出て、これほど遠くまで来ても、結局、縁組の話が付きまとってくる――これは一体、何の
俺は富も地位も名声も興味がないし、この里に医者として根を下ろして生きていきたい――いくら言葉でそう伝えても、不安や
この里も、ここの人たちも好きだけれど――それだけでは、
俺は、ただひたむきに、己のやるべき仕事をこなし続けた。
俺が二十二に、野分が十五になった、ある日。
九護家を訪ねると、野分から、
「今、
と言われた。
「ぜひ聞かせてもらおう」
と、笑顔で答えた。
海鳴丸というのは、野分が友人から
元は
野分の部屋へ行き、彼女が取り出した楽器は、形は
あれこそが海鳴丸だ。文に書かれていた
いつものように
そしておもむろに、
途切れることのない
音色もまた、琵琶とは異なっていた。それなのに不思議と、聞いていて
俺は純粋に演奏を
野分は舞の名手で、琴も
俺は
そんな音色を
金や地位のある者でも、こんな時間はそうそう手に入らないのではないか。
それにしてもこれは、何という曲なんだろう。
聞いているとそれだけで、疲れが
意識がゆっくりと、戻っていく。
俺はいったい、どうしていたんだったか。
ああ、そうだ。野分が海鳴丸を
はっとして、俺は一気に目を開けた。
目の前に見えるのは……野分の顔?
さらにその向こうにあるのが……天井?
俺の頭の下には、床とは思えない、何か
ようやく状況が
すぐかたわらには、野分が座って、俺の様子をじっと見ている。
俺は……野分の膝で寝てたのか?
野分はちょっと苦笑いしつつ、言いにくそうに告げた。
「ふとあなたを見たら、座ったまま、うとうとしていたのですが……起きた時に首や肩が痛くなってしまっていそうな姿勢だったので、少し直せないかと思ったのです。そうしたら……」
彼女の膝の上に倒れ込んで、なおもそのまま眠っていた……のか?
俺は
「申し訳ない! 途中で寝ちまうなんて、もってのほかだ。おまけに、人の膝で……」
と、必死に考えながら
いくら親しい相手でも、あまりに礼を
野分は
「よいのです。あの曲は、あなたが少しでも休めるように、と願いながら
「え?」
「顔に、疲労の
確かに、ここのところ急病人が続いて
だが、眠ってしまう前と比べて、いくらか体が軽く感じる。
野分は、海鳴丸が置かれている場所まで戻りながら、
「自分のことは自分が一番よく分かるなどというのは、思い上がりです。他人の顔なら
と、やんわり俺を
人の気配がある所では眠れない――それは今も変わらないはずなのに。
なぜ、野分がすぐそばにいる状況で眠ってしまったのか、真相は分からない。
ただ――とても
母親の膝で甘えた記憶というのが、俺にはないが――もしかすると、あんな感じなんだろうか。
野分と恋仲になろうとか、夫の座に納まろうとか、そういう欲求は相変わらず、俺の中には少しもない。むしろ、「それは俺のいるべき場所ではない」と、強く思う。
ただ――今のこの場所が、何物にも代えがたい貴重なものなのは、確かだった。
年が改まって、まだそれほどたっていない、寒さの残っている頃。
病人を
文などは
「こちらに野分様が立ち寄られたり、あるいは何かお伝えになられたりしませんでしたか?」
――奇獣流転前日譚―― その魚は水を求める 里内和也 @kazuyasatouchi
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