(十三)夢は幻
「将門を信じて東国を任せたのは誤りであったか」
太政大臣・藤原忠平も齢六十を超えていた。
「御意。しかし今となっては東国と西国、一度に両方を相手にするのは難しゅうございますな」
純友の乱は二年にも及び、将門との連携も取りざたされて都には大いに不安が高まっていた。
・・・・・ まずは坂東の平定を優先することじゃな
「純友は藤原北家の一族じゃ、官位と恩賞を約束してやれば和睦に応じるのではないか」
東国と西国の連携を恐れた忠平は藤原純友と和議を結んだ。
一月九日、源経基が従五位下に叙された。以前の告発が現実になったことが賞されてのことである。併せて東海道に藤原
十九日、参議・藤原忠文が征東大将軍に、源経基が副将軍に任じられ、帝より節刀を賜って京を出立する。
関東では将門が兵五千を率いて常陸国へ出陣し、平貞盛と藤原維幾の子・為憲の行方を捜索していた。
「是非、ご助勢を頂きたい」
貞盛は下野に強大な勢力圏を形成していた藤原秀郷を田沼の館に訪ねていた。秀郷は貞盛の叔父に当たる。
「将軍や追捕使も下向してくるのであろう。何故に儂などに助力を求めるのか」
「朝廷は東海・東山、両道の国司に宛てて将門追討を命じる官符を発しておるのですが、皆、将門の武威を恐れて腰が引けておるのです」
「それは儂とて同じじゃ。この歳になって将門と戦うなど御免蒙りたい」
「将門を討つとなれば秀郷さまのご助勢は欠かせませぬ。討伐を成し遂げた暁には、
相応の恩賞と官位はお約束いたしまする」
朝廷は討伐軍を集めるために「将門を討ち取った者に官位を与える」との通達まで
発していた。秀郷は押領使、謂わゆる軍事警察権を与えられてはいるが令外官であり、以前から高い官位を望んでいる。
・・・・・ 朝廷が将門討伐の官符を発したとなれば、ここらで儂も旗印を
明らかにせねばなるまい
秀郷は四千の兵を田沼に集結させた。
「石井の営所には一千の兵しか残っておらぬ様子」
秀郷の元に物見からの報せが届く。坂東では田起こしの時期に入っており、将門は
働き手を村に帰していた。
・・・・・ この時を待っていた
秀郷は宇都宮大明神(二荒山神社)で授かった霊剣を携えて、貞盛と共に下総に向けて進軍する。
「下野から我が方へ大軍が向かっているとのこと。その数、およそ四千」
将門の陣に急報が入ってきた。
「再び兵を集めるには時が掛かろう。まずは敵の出鼻を挫き、一旦は下野へ押し戻
すほかあるまい」
藤原玄茂の配下・多治経明と坂上遂高が慌ただしく出陣し、貞盛・秀郷軍を急襲して先制攻撃を仕掛ける。たまらず秀郷勢は後方へ潰走、相手が弱いと見た玄茂軍は敵陣奥深くまで追撃した。
しかし下野の兵は、押領使として軍事的にも鍛え上げられた精鋭ぞろいである。軍略に長じた老練な秀郷は、敵を押し包むようにして弓矢を浴びせてきた。
「いかん、これは罠だ。引け、引けっ」
玄茂勢は瞬く間に敗走させられる。秀郷軍がこれを追撃、下総国川口にて将門軍と
合戦となった。
時が経つにつれ数に勝る秀郷・貞盛連合軍により将門方は退却を余儀なくされ、将門の本拠石井は焼き払われてしまう。
この手痛い敗戦により、将門は地の利のある猿島郡の広江に逃れた。連合軍の探索をかわし、諸処を転々としながら反撃に向けて兵を召集する。
しかし形勢が悪くては思うように兵も集まらない。
天慶三年(940)二月十四日 未申の刻(午後三時)、将門は僅か四百の手勢で北山を背に陣を張った。
夜が明けると北風が吹き始める。
「天は我らに味方した」
風を背に受けた将門軍は矢戦を優位に展開し連合軍を攻め立てた。将門が馬に跨って戦場を駆け巡ると、貞盛や秀郷らは右に左にと逃げ惑う。
しかし、突然に風の向きが変わった。南風の力を借りて連合軍が勢いを盛り返す。
「ここが踏ん張りどころぞ」
将門が味方を鼓舞し、自ら先頭に立って敵を押し戻そうとする。
ヒューーー
その時、どこからか飛んできた「
「あぁっ、・・・」
まるでスローモーションを見るかのように将門が馬から落ちる。
あっけない最後であった。享年三十八
天下を揺るがす騒乱は、僅か二か月で幕を閉じた。
次の更新予定
「将門」の祟り 山口 信 @masatoUKYO
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