(十二)新皇万歳

将門は石井営所に戻ると、下妻の大宝八幡宮に戦勝報告に出かけた。

将門の凱旋を聞いて、坂東の各地から大勢の民衆が押し寄せた。境内には足の踏み場もない。祭典は三日に亘って行われ、村全体が大規模な酒宴となっていた。


すると突然にしょうやら篳篥ひちりきなど雅楽が吹奏され、何処からか一人の昌伎かんなぎ(巫女)が将門の前に現れる。何やら祝詞を上げているうちに突然に憑依して、

「吾は八幡大菩薩の使い、朕の位を将門に譲り奉る」、と託宣した。

宮司に導かれて、社殿の中に設置された大きな椅子に座らされた。興世王と藤原玄茂によって用意されていた高御座である。

   ・・・・・ 何が始まっているのだ

   そもそも帝の位は八幡大菩薩によって授けられるものなのか


「位記は左大臣・菅原朝臣道真の霊魂が取り次ぎ、上書として捧げる」

集まっていた大勢の領民が一斉に「うわぁ~」と歓声を上げた。位記とは叙位の旨を記して授与される証書のことである。

   ・・・・・ 帝位が位記によって叙せられるなど聞いたことがないぞ

   それに何故、道真の霊魂が取次ぎをするというのか

「お前たち、ちょっと待て」

将門が立ち上がって何か言おうとすると、

「新皇さま、万歳」

民衆の叫ぶ声が境内の其処彼処そこかしこから聞こえてくる。


時は正午、正面から太陽の光が堂内に差し込んできた。

   ・・・・・ 眩しい

周囲は金色こんじきに輝いている。自分の身体も宙に浮かんでいくようだ。

   ・・・・・ まぁ、今となっては是非も無いか

   これ程にも大勢の民が涙を流してまで喜んでくれておる

   坂東は古より国司の圧政に苦しめられてきた。この地に新しい国家を樹立

   することは坂東の民の悲願なのだ

   儂は桓武天皇の血筋であれば、東国で『帝』を名乗ってもあながち不思議

   なことでもなかろう。ならば、この身を坂東に捧げることと致そうか


天慶二年(939)十二月十九日、将門は『新皇』を名乗る。

下総国猿島郡石井の営所に政庁を置き、ここを「王城」の建設地と定めた。

「政庁を開いたからには、京に倣って左右の大臣はじめ太政官も置かねばなるまい」

将門が興代王に問う。

「とりあえずは組織の形を整えるだけで宜しいでしょう。それよりも急を要するのは現場の国司ですぞ」

将門は兄弟や側近たちを国司に任命して各地に送り込むことにした。


  上野守:多治経明(常羽御廐別当)

  下野守:平将頼(将門弟)

  常陸介:藤原玄茂(常陸掾)

  上総介:興世王(武蔵権守)

  下総守:平将為(将門弟)

  安房守:文屋好立(将門の上兵)

  相模守:平将文(将門弟)

  伊豆守:平将武(将門弟)


「帝は神によって任ぜられるもの、自ら名乗るものではありません。興世王を信じ

過ぎては危のうございます」

弟の将平が諫める。将平は兄弟の中では特に思慮分別をわきまえており、平素より将門

も一目置く存在であった。しかし、

「今となっては後には引けぬ」

将門は将平の諫言を退け、兄弟は決裂する。

「武蔵守は任命せずとも宜しいので・・・」

興世王が問う。将平を予定していた武蔵守は空位となった。

「うむ。後々ほとぼりが冷めた頃、改めて将平を充てようと考えておる」

興世王は自らを主宰者として除目を強行した。

将門謀反の報はただちに京にもたらされる。


西国では今もなお、藤原純友の率いる海賊集団が瀬戸内を中心に暴れ回っていた。

純友は藤原氏の中で最も栄えた藤原北家の出身(関白・藤原基経の甥)であったが、早くに父を失い都での出世は望むべくもなく地方に下っていた。

当初は伊予掾として瀬戸内に横行する海賊を鎮圧する立場にあったが、やがて海賊の

頭領へと身を転じて勢力を拡げる。日振島を根城として千を超える船を操り、瀬戸内を運ばれる朝廷の輸送品を奪うなど「南海の龍」と呼ばれ恐れられていた。

この年の暮、摂津国須岐駅(兵庫県芦屋市)において、都に向かっていた備前国の介・藤原子高さねたか、播磨国の介・島田惟幹の一行が襲撃されるという事件が起きる。

更に翌年(940)、純友は淡路国、更には伊予国(愛媛)、讃岐国(香川)の国府を

襲撃するなどして、西国の騒乱は拡大の一途を辿っていた。


京都を見下ろす比叡山の一角に「将門岩」と呼ばれる巨岩が横たわっている。

東国で乱を起こした平将門と西国の海賊・藤原純友がここで会談し、

「将門は天皇に、純友は摂関に」と語り合ったという伝承が残る。

もちろん二人が出会ったという史実などは無く、恐らくは貴族社会を震え上がらせた東西の反乱の衝撃が後世にこのような伝承地を生み出したのであろう。



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