(十一)坂東制覇
同年四月、太政大臣・藤原忠平は事の実否を調べるため、御教書を下して使者を東国へ遣わした。
驚いた将門は、常陸・下総・下野・武蔵・上野五カ国の国府から「謀反は事実無根」との証明書を取り付けて忠平に陳情する。
「坂東すべての国司が将門の言い分を認めておるではないか」
朝廷では将門らの申し開きが支持され、逆に経基は讒言の罪によって左衛門府に拘禁された。
しかし五月、正任国司・
・・・・・ 興世王は王を名乗ってはおるが、あのような卑しい男に国の
役務を任せるわけには参らぬ
貞連は興世王とは互いの妻が姉妹という姻戚関係にあったが、元々の関係も良くなく、権守であった興世王に国庁での席を与えなかった。
・・・・・ 貞連など、百済王氏として厚遇されているだけの無能な男では
ないか。あのような奴の下におっては先は望めまい
利に聡い興世王は任地を離れて将門のもとに寄宿した。
こうした中、常陸では新興の豪族・藤原
玄明は広く田畑を独占しながら徴税には応じず、一方で朝廷の蔵を襲っては米を領民に分け与えていた義賊であり、朝廷からすると稀代の無法者である。
維幾は太政官に玄明の追捕官符を出させたが、玄明は将門を頼って下総国豊田に妻子を連れて逃げ込んだ。将門は玄明の要請を受け入れ、一千の軍兵を整えて石岡の常陸国府へと進軍した。
「藤原玄明の追捕を撤回して頂きたい」
「それは常陸国の内政である。干渉は無用に願おう」
当然のこと常陸介として維幾はこれを拒否、交渉は決裂する。維幾は三千の兵をもって待ち構えるが、将門は手勢千人余ながらも国府軍を軽々と打ち破った。
維幾は
常陸国府には税として集められた高価な絹織物が山のように積まれており、兵士たちが雪崩れ込んで略奪を始める。やがて石岡一帯に火が放たれた。
令制国支配の象徴である印鎰を奪った平将門はここに凶賊となる。
「印鎰を手に入れたは良いが、この先は如何したものか」
将門は興世王に助言を求める。興世王は朝廷の事情にも通じていた。
「常陸国府を空にするわけにはまいりませんので、誰か残して政務に当たらせねば
なりますまい」
「ならば
藤原玄明が、一門の玄茂を将門に推挙した。
「では此度の経緯を朝廷に報告して、玄茂を後任の介に任じてもらうとしようか」
「それは、ちと難しいかと」
興世王が首を捻る。
「印鎰を奪った以上、国家に反逆したと見做されるは必定」
「むぅ、・・・」
将門は忠平の苦々しい顔を思い浮かべた。
「いっそのこと坂東全て平定しては如何ですかな。それからの方が、我々の要求が
通り易いのでは」
興世王が東国制覇に駆り立てる。
将門がこの言に乗って下野国、更に上野国へと進軍すると、国司たちは戦うことも
なく自ら印鎰を差し出して国外へと逃れた。
当時、坂東の領民は朝廷から派遣される国司の横暴に悩まされていた。将門の戦い
はその国司たちを追放するものであり、領民たちはこぞって将門方に協力した。
まるで草木が靡くがごとく、瞬く間に坂東八か国は将門の下に制圧されてしまう。
「この勢いであれば、東国の独立も夢ではなかろう」
興世王が密かに藤原玄茂を呼んで持ち掛けた。
「それは面白い。幸いにも民衆の心は我々にある。まさに千載一遇の好機と言えま
しょうな」
「いっそのこと、御屋形さま(将門)に東国の帝となって頂ければ話は早いのだが」
興世王が玄茂の眼の奥を覗き込む。
「それはそうだが、御屋形さまは律儀なお方ゆえ朝廷を敵に回すようなことには同意なさるまい」
「まずは御屋形さまをその気にさせるような方便が必要じゃな」
二人は額を寄せ合って謀を巡らせた。
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