第4話 一冊の古書

 数日の療養の後にエヴァンは通常の生活に戻れるまでに回復したが、数日にわたって遭難時の事情聴取を受けた。彼は遺跡を見つけたこと、銀髪の使徒に助けられたことを話したが、それを聞いていた甲殻人シェルズのダンテはにわかには信じがたいという表情を見せた。

 次に遭難していた十年についても大まかに教えてもらえた。エヴァンの護衛についていた騎士たちは数か月たったところで辺境伯領へ引き返したそうだ。その後、年に数度北壁に使者がおとずれていたものの、五年を過ぎたあたりで使者は来なくなった。エヴァンの弟を新たに領主としたらしく、エヴァンはもう死んだ者として扱われているとのことだった。


「そうですか」

 

 先代の辺境伯、つまりエヴァンの父が書いたのであろう手紙を渡されてようやくそれが事実であることを自覚した。手紙の封をしていた封蝋の紋章は確かにアルスターノ家のものであり、同封されていた勲章は貴族が亡くなった時に皇帝より賜るものに違いなかった。


「それで、貴公はこれからどうするのだ?」


 ダンテの言葉にエヴァンはしばらくの間考えを巡らせる。


「今更帰っても家の邪魔になるでしょうし、いっそのこと旅をして生活するものありかも、なんて」


 傭兵のまねごとをすれば金には困らないかも、などと考えながらぼんやりと口にする。


「まあ、身の振り方はよく考えた方がよい。私も伝手に相談してみるとしよう」


 ダンテが立ち上がる。甲殻人の中でも体格がよく、また外骨格に刻まれた無数の傷が彼が歴戦の武人であることを認識させる。


「明日、また来よう。......今日は晴れて月がよく見える良い日だ。散策してみるのも良いだろうな」


 エヴァンに気を使ってくれたのであろうか、ダンテは窓から見える空を一瞥して部屋を後にした。



***



 白の北壁の国土の大半は西大陸の最北に位置することもあって、夏には2~3カ月ほど白夜と呼ばれる夜でも明るい状態が続く。現在はその期間は終わり、日が落ちるまでの時間が長い程度になっていた。

 エヴァンは夜も深まり、ようやく日が落ちた北壁の城内を散策していた。城内を行きかう人々のほとんどは夜勤の兵士で、窓から見える演習場にも人はいなかった。いや、よく見れば人影が1つ、大斧を振り回して鍛錬をしているのが見えた。


「こんばんは」


 肌寒い外へ出て鍛錬をしている人影に声をかける。その人影はエヴァンの声に気づき、武器を下ろして振り返る。その人影の正体は人間の大男、フリードヘルム・エルツベルガーであった。まだ残暑があるとはいえ、男は肌着一枚で鍛錬をしていたようで、また少し長い白髪を後ろに流し、髭を蓄えたその顔はライオンを想起させる。体の筋肉もしっかりと鍛えられており、年齢を感じさせない。


「おお、エヴァン殿。体はもうよいのか?」


「ええ、それなりには」


「はは、貴公の剣を見ると腕試しをした時のことを思い出す。魔術剣士との戦いは良い経験であった。魔術と剣術。一対一で戦う場面でこの二つで同時に攻められるのはやりにくいことこの上ない」


「でも、結局負けてしまいましたけどね」


「そうだな。だがエヴァン殿。貴公の戦い方は非常に良い。普通、魔術剣士というのはどちらかに秀でていて、もう片方は意表を突くときに使われる程度と聞く。それに比べて貴公の戦い方は魔術と剣術、どちらかでも喰らえばそこからペースを崩されてしまうように感じた」


 フリードヘルムは得物の大斧の切っ先を地面に突き立てて腕を組む。そしてニカっとわらっていた表情が真面目なものに変わった。


「実のところ貴公が遭難してからというものの、連合国内の情勢が悪くなってきていてな」


 連合国とは白の北壁も所属する西大陸の東側一帯の小国の集まりである。西大陸はその西側半分を"王国"が、東側半分を無数の小国が治めていた。小国たちは王国の国力を恐れ、滅ぼされないように集まり、連合国となった。とはいえ元は烏合の衆。現代にいたるまで連合国内では内戦が絶えず、国の興亡が繰り返されている。

 


「どこからか強い人間を呼び出す術が広まっているらしくてな、それを使った争いがここ数年絶えないのだ。だから貴公、すぐにでも連合国内から出た方がいい。陸路で西に、王国を目指せば危険も少なかろう」


 連合国の北側はまだ比較的安全だから、と続けるフリードヘルム。もともと連合国の中でも国力が高く、比較的新しい国の白の北壁は多くの国から目障りに思われているとのことだ。その上連合国内の情勢が危ういとなれば、警戒もするだろう。


「おっと、もう夜も遅い。貴公も病み上がりなのだからあまり夜更かしはするなよ」


 「ではな!」と大きな声で別れを告げると、フリードヘルムは大斧を担いで城内へ消えていった。



***



 フリードヘルムと別れて再び城内へ戻り、散策を再開した。そしてしばらく歩くとある部屋の前にたどり着いた。北壁が国として成り立つ前からそこにある、はるか昔に大山脈の入り口と人が住む場所を隔てるために北壁が建造されたときからある図書館だった。

 ふと、あの遭難した時に見つけた遺跡について何か書かれている書物はないだろうか。そう思った。そして、次の瞬間には図書館への扉を開けていた。


「おや、こんな時間にどうされました?」


 扉を開けると大きな棺がその上部分に接続された大きな腕で本を幾つか抱えて整理をしている姿が目に入った。その棺も、エヴァンが戸を開けたのに気付いて声をかける。棺の名はツェータ。古くからこの図書館を守る司書のような役割をしているらしい。なんでも古くから存在するアンドロイドという機械らしく、王国に彼の兄弟機がいくつか存在しているらしい。大山脈に入るにあたって山の知識が十分かの確認をしたのが彼であった。


「いえ、眠れなくて。それと、私が遭難した時に見たあの遺跡についてわかる本がないかと思いまして」


「そうでしたか。では、いくつか探してきましょう。もっとも、大山脈に関して記述がある本というくくりになりますけどね。あそこに遺跡があるなんて私も聞いたことありませんでしたから」


 図書館に入ってすぐのソファに座るよう勧めたツェータはそのまま図書館の奥へ消えていった。


「どうぞ」


 しばらくするといくつかの本が手渡された。それはどれも古く、しかししっかりと手入れされているようでもあった。魔術で風化をある程度防いでいるのだろう。


「あ、これ......」


 その中から1冊の本を取り出す。文字は古いもので読むことができないが、その装飾は見覚えがあった。遺跡の書斎で見かけた本だ。一冊程度なら持って行ってもいいとのことだったが、結局もっていかなかった本。銀髪の使徒に文字を教わりながらほんの少しだけ読み進めたあの本だった。


「はて、このような本はおいてないと思っておりましたが」


「遺跡で見つけた本です。これ」


 その一言を聞くとツェータ少し驚いたような声をあげ、そしてしばらくここで待つようにと言って図書館から出ていってしまった。

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元辺境伯の忘備録 ―魔術剣士と世界の秘密― 九崎 要 @sale-sale

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