同床異夢
『犯行声明』がでてから株式会社M'sDの解散まで半年。
色々な出来事があったが比較的早くコトが済んだと思うが、法務局で解散登記の謄本をもらって初めて、自分が無職であると表明できたような気がする。
「もっと前からか」
代表解任は半年前。そのときから既に僕は無職のはずなのに、この達成感はなんなのだろう。まとまらない考えにふけながら、僕は公園のベンチに寝そべってペットボトルの水を口にした。
ベンチの前には1年前まで整えられた芝生があった。今では芝の中心から半径10メートルほどの球形に地面がえぐれて見る影もない。
これが出来た当時はミステリーサークルといわれて関心を呼んだ。だが、発生原理も犯人も何ら解明されないままに2週間後には誰も興味を持たなくなった。とはいえここは公園だ。修復が行われないのは不自然なのだが、誰もそのことに興味は持たず、修復されない理由がとある資産家が土地を買い上げたためであることを知る者は数えるほどしかいない。
「いいの? 私有地で勝手に寝転んだりしていて」
彼女は時間通りに現れて暑いと漏らす僕の顔を日光から遮るように立つ。逆光で顔は見えない。しかし、右手首につけた彼女らしくないリストバンド型の機械が彼女が彼女であると確信させる。
「どうせじいちゃんは意識も覚束ない。数年もたてばここは市が所有するよ」
「長生きしそうだと思うけれど?」
「じいちゃんは君と違って度胸がない。だからいつまでも本質にたどり着けない」
起き上がり、胸元にかけたペンダントを見せる。彼女はペンダントに宿った光を興味深そうに覗きこんだ。おそらく、いや間違いなく、彼女はこのペンダントが輝いたところを見たことがない。
「君みたいに2回目は引き起こせない。これはただの光る不思議な石だ」
「綺麗じゃない。それで、どうでしたか? 時間遡行は」
彼女の視線が僕に刺さる。彼女はそのためにここにきた。
「最悪だね。遡行なんて出来ないじゃないか」
だから、僕はここにいる。
――――
僕の祖父、暮端
彼が、というより暮端家が暮らしていた田舎の地下で、光を食べる石が発見されてから60年。彼は石の研究に全てを注ぎ込んでいる。光を食べると名の通り、その石は周囲の光を奪い、代わりに内に光を灯し始める。原理も正体もまるでわからないが、暮端家の自宅地下に広がる洞くつにはそれが大量に存在する。
石が奇妙なのは光を吸収する性質だけではない。石に光を奪われた空間は周囲よりもほんの少し時間が遅くなると言われている。
刻除は、この現象を幼いころに読んだタイムマシンの話と結びつけた。到底理解できないが、石は周辺を光速よりも早い空間へと誘うのだという。そして、更に狂っているのは、刻除がこの妄想を有り余る時間と資産で技術として昇華してしまったことだ。彼は他者に知られないようにM'sDなる会社を立てて、資金繰りを偽装してまでこの研究を継続していた――ちなみに、M'sDとは“マーティの夢”を略したものだという。時間SF 系のゲームを主たる事業にしていたのも祖父の方針だ。馬鹿馬鹿しいにもほどがあると思わないか?
彼女の手に埋め込まれたデバイス、僕がもつ使用済みのペンダント。それらは全て刻除が金をつぎ込み作り上げた石を使ったタイムマシン。技術Xだ。
刻除曰く、技術Xは対象物を光より速い世界へと移行させる。時間旅行はその現象に付随する結果だ。もっとも、刻除は、そこでいう時間旅行はあくまで未来方向に限定される点を見逃していた。
光よりも速い世界。それは、確かに対象物の時間の進行を遅らせることができた。しかし、どんなに速く動いたとしても、先に待つのは光より先に存在する世界でしかない。そこにあるのは止まった風景と自分だけであり、過去への跳躍はおろか、過去の風景すら見ることはできなかった。
「まあ驚いたよ。社長室で僕を詰める大人たちがピタリと動かなくなってしまった。音もなければ動くものもなにもない。けれども、確かに時間が流れていて、僕は動いている」
問題は僕や彼女が迷い込んだ異界は、時が止まっているはけではない。厳密には、人間の五感では認識できない世界というのが正しい。技術Xは異界の扉を開いたが、それを認識する術を僕らに与えなかった。
刻々と移り変わるはずの世界は認識できず、異界に入る直前の残像以外を感知できない。体感すると想像以上に怖い。1秒、1分、1時間。光速以上の世界に留まれば留まるほど過去の風景と今は大きくズレていく。
例えば、異界に入れなかった車は、僕が異界入りしたときのままで止まって見えている。だが、僕が先に進んでいる以上、車も先に進んでいないとは限らない。実はこの瞬間、車は僕の眼前にあり、数瞬後には衝突している可能性を現在を観測できない僕は否定することができない。
加速しているのだから衝突はあり得ない。不安なら加速を続ければいい? その思考は悪手だ。光に決して追いつけない速度での移動。それは過去の世界を闇で塗りつぶしてしまうのだ。その先では僕らはどうすることもできない。光を求めるなら速度を落とすしかない。
結局、僕はあの日、体感で3時間ほど技術Xを利用し、闇に包まれる恐怖に負けて自宅近くの河川敷で戻ってきたときには2週間が経過していた。
社のゲーム部門は切り売りが完了しており、僕は代表から解任されていた。犯行声明はその内容の真偽が有耶無耶にされつつも、サイト内で暴露された写真を契機に時折の息子、浩介が逮捕されて4日が経過。浩介は写真にあった独身女性の殺害を自供し、サイトの写真以外の証拠が続々と見つかっていると報道されていた。
「もう二度と使いたくない。それとこれが出来るのは加速だけ。過去へは戻れない。タイムパラドックスを起こせるようなものじゃない。
それが僕の体験の全てだ。君の言うとおりこの石自体が暮端刻除の言葉が嘘であったことを示す証拠だ。更なる実証のために大勢を巻き込むことは薦めがたいが、少なくても僕は君の話を全面的に信じる」
彼女は、僕の長話を聞くと「そっか」と小さく呟いて隣に座った。
「僕が権利があるかはわからないけれど、できる限りはした。未来は変わった?」
「さあね。私は過去を見たわけでも、未来をみることが出来るわけでもない。自分の時間を代償にただちょっと人よりも広く今をみることが出来る。あなたの祖父が私に与えたのはそういう技術だから」
彼女の心境は図れない。願わくば、会った時よりはマシな気持ちであってほしい。
彼女に会ったのは1年前。新作ゲームの反応が悪くてここで落ち込む僕の前で、突然芝生がえぐれて、土と草が塵に変わった。消滅した芝の代わりに現れた彼女は、僕に今が何年何月何日だと尋ねた。
呆気にとられた僕が携帯の画面を見せると、「未来じゃないか!くそじじい!」と叫び、彼女は僕の携帯を叩き落とした。そのせいで、僕は買って2週間の携帯を買い替える羽目になった。
話を聴くにつれ、彼女が祖父の被験者であったこと、5年前に戻りたくて実験に参加したこと、技術Xでは過去に戻れないことがわかってきた。
それと、彼女が戻りたい5年前。姉が殺害された事件の犯人を知っているという薄っすらとした確信。時期、場所、姉の職業、犯行動機。今まで従順に会社経営を支えていたはずの部下が手を染めていた不正。パズルのピースがハマってしまった僕は、彼女に『犯行声明』の計画を話した。
元々、今のゲームが軌道に乗らなければ次にやろうと思っていた企画だ。技術Xが存在するなら実行できる。その程度の思い付きだったが、狂人である祖父に付き合ってしまった彼女の未練くらいは解消できると思ったのだ。
技術Xでは過去には戻れない。だから、5年前の写真はフェイクである。けれども、それ以外は彼女が止まった時間のなかで撮影した写真だ。真偽が定かでなかったとしても知っている人間は反応する。そして、その反応に彼は怯える。時折
計画はうまくいく。熱を帯びて話す僕は気味が悪かっただろう。けれども、説得の結果、彼女は僕も技術Xを1度利用するという条件付きでこの計画に乗った。
そして1年後の今。僕たちはここにいる。
「真相がわかったのは助かった。過去に戻れないって知った時にはどうしようかと思っていたから。あなたやあなたの祖父に対する気持ちは変わらないけれど、それは感謝するよ」
彼女は、あの日現れた窪みに立つ。ここに留まる理由もないのでもう少し先へと飛んでみるつもりなのだという。
「ありがとう。助けてくれて。それから、刻除さんにも礼を。彼があなたを頼れと言っていたのは間違ってなかった。横嶋とかいう秘書から助けてあげて」
彼女は別れ際にそう言って、僕の前から姿を消した。
残ったのは彼女から渡されたもう一つの未使用ペンダントだけ。
聞きたいことは山ほどあるのに訪ねる相手はもういない。
「じいちゃん。素直に帰ってこいって言えよ…」
他人に大迷惑をかけた祖父のことを思うと酷く頭が痛かった。
時間遡行 若草八雲 @yakumo_p
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます