第5章:心の周波数

 星ヶ丘学園の冬が過ぎ、新しい春の息吹が感じられるようになった頃、アリスと愛の間にも、新たな季節が訪れようとしていた。


 アリスは、愛から借りた星座のペンダントを胸に、天文台で夜空を見上げていた。離れている間、このペンダントが二人をつないでくれているような気がしていた。


「愛ちゃん……」


 アリスは小さくつぶやいた。星々が瞬く夜空に、愛の儚げな笑顔が重なって見える。


 ふと、ポケットの中の感情電波装置が小さな音を立てた。アリスは驚いて取り出してみる。


「この音は……!」


 それは紛れもなく、愛の心音だった。アリスは胸が高鳴るのを感じた。


 翌日、アリスは決意を胸に教室へ向かった。するとそこに、久しぶりに愛の姿があった。


「愛ちゃん!」


 思わず声が出た。愛は少し驚いたような表情を浮かべ、そっとアリスを見つめた。


「アリス……おはよう」


 その小さな声に、アリスは胸がいっぱいになった。


 放課後、二人は久しぶりに天文台へと向かった。夕暮れの柔らかな光が、二人を優しく包み込む。


「ねえ、愛ちゃん」


 アリスが静かに話し始めた。


「私ね、よく考えたの。愛ちゃんの気持ちも、私の夢も、両方大切にしたいって」


 愛は、大きな瞳でアリスを見つめている。


「私たちの研究は、きっと多くの人の役に立つ。でも、それは愛ちゃんを苦しめるものであってはいけない。だから……」


 アリスは深呼吸をして、続けた。


「愛ちゃんのペースで、少しずつ進めていけたらいいなって思うんだ。急がなくていい。一緒に、ゆっくりと歩んでいこう」


 その言葉に、愛の目に涙が浮かんだ。


「アリス……ごめんね。私、臆病で……」


 愛の言葉を、アリスは優しく遮った。


「違うよ。愛ちゃんは勇敢だよ。自分の気持ちを素直に伝えてくれたから。それに、転校のことだって……」


 愛は小さくうなずいた。


「うん。両親と、たくさん話し合ったの。ここに残りたいって」


 アリスは驚いて目を見開いた。


「そうなの? じゃあ、転校は……?」


「うん、なくなったの。両親が、私の気持ちを理解してくれて」


 その言葉に、アリスは思わず愛を抱きしめていた。


「よかった……本当によかった」


 愛も、恥ずかしそうにアリスに抱きついてきた。二人の体温が、優しく溶け合う。


 しばらくそうしていると、ポケットの中の装置が、また音を立て始めた。今度は、二つの装置が同時に反応している。


「ねえ、聞こえる? 私たちの心音だよ」


 アリスがそう言うと、愛は小さくうなずいた。


「うん……綺麗な音」


 二人は見つめ合い、そっと額を寄せ合った。その瞬間、装置の音が一層強くなる。まるで、二人の心が完全に同調したかのように。


 それからの日々は、アリスと愛にとって幸せな時間となった。二人で手を繋ぎながら校庭を歩いたり、図書室で寄り添って本を読んだり。時には、感情電波の研究を少しずつ進めることもあった。


 春の陽気に包まれたある日、アリスと愛は校庭のベンチに座っていた。


「ねえ、愛ちゃん。私たちの関係って、なんだか不思議だと思わない?」


 アリスがそう言うと、愛は首を傾げた。


「どういう意味?」


「だって、言葉じゃなくても、心が通じ合ってる。まるで……」


「心の周波数が、一致してるみたい?」


 愛が言葉を継いだ。アリスは嬉しそうに頷いた。


「そう! まさにそんな感じ」


 二人は笑い合い、そっと手を重ねた。


 やがて卒業の日が近づいてきた。アリスと愛は、星ヶ丘学園での最後の日々を大切に過ごしていた。


 卒業式の朝、二人は校門の前で落ち合った。


「愛ちゃん、おはよう」


「アリス、おはよう」


 二人とも、少し緊張した面持ちだ。今日で、高校生活が終わる。


 式が始まる前、アリスは愛にそっと声をかけた。


「ねえ、最後にお互いの制服のボタン、交換しない?」


 愛は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。


「うん、いいよ」


 二人は、お互いの制服の二番目のボタンを取り外し、交換した。


「これで、私たちはずっとつながってる」


 アリスがそう言うと、愛は頬を赤らめながらうなずいた。


 式が終わり、二人は最後にもう一度天文台へと向かった。夕暮れの空が、二人を優しく包み込む。


「ねえ、愛ちゃん」


 アリスが、愛の手を取った。


「これからも一緒にいようね。大学は別々になっちゃうけど、きっと私たちなら大丈夫」


 愛は、強くアリスの手を握り返した。


「うん。私たちの心は、いつもつながってる」


 二人は見つめ合い、そっと額を寄せ合った。その瞬間、ポケットの中の装置が、美しいハーモニーを奏で始めた。


 アリスと愛は、お互いの存在がかけがえのない「心の周波数」であることを、あらためて実感した。これからの人生も、きっと二人で乗り越えていける。そう信じて、新たな未来へと歩み出す二人の姿を、夕陽が優しく照らしていた。


(了)

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星降る丘のこころの電波 ―アリスと愛のふたりだけの秘密― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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