38話 大森林の中で

 その後、エリスさんはあっさり冒険者に見切りをつけ、オスカーと名付けた赤ちゃんと一緒に暮らす事を決断する。だが、高度な風魔法を使える彼女をパーティは簡単に手離そうとしなかったらしい。


 しかし、元々、思うところがあり、オスカーを育てる決意を固めたエリスの意思は固く、同じくパーティを抜けるつもりだったアゼルと共に半ば駆け落ちのような感じでパーティを抜け、冒険者登録も抹消し、エリスの故郷であり土地勘もあるバーグマン領に戻り、人目につきにくい山奥のミサーク村に夫婦と偽り、腰を落ち着ける事になった。


「駆け落ちみたいな感じなんですか?それは、またずいぶんと思い切りましたね……。でもアゼルさんも優秀な冒険者だったんですよね?二人がいなくなったら、残されたパーティの人達は大変だったんじゃないですか……そして、パーティを抜けるだけじゃなく冒険者まで辞めちゃったって事ですか?エリスさんはともかく、なんでアゼルさんまで?」


 エリスさんはふふっと笑い


「それがね。アゼルはパーティの一人に猛アタックをかけられていたの。その人はパーティのリーダーだったんだけど、私がアゼルと少し話すだけでもすぐに機嫌を悪くしてね。当時は苦労したわ。私もアゼルも辟易していたのよ。私がオスカーを連れて強引にパーティを離脱した後、アゼルがあとから追いかけてきてね。理由を聞いたら「抜けてきた。潮時だ」って。私が故郷のある村に向かうつもりだと言うと彼も一緒に行くことになったの。どうもしばらく身を隠したかったみたいね。彼の「女と子供だけでは訳ありだと思われる。夫婦を装ったほうが受け入れられやすい」という意見に従って私達は夫婦としてミサーク村に移住したのよ」


 夫婦を装って?あれ?ということはエリスさん達は好き合って夫婦になったんじゃないのか?俺の中に言葉にならないもやもやとした感情がわいてくる。でもそんな立ち入った事を聞くわけにはいかないしな。


「そうだったんですか……にしても残ったパーティはどうなったんですかね?」


「風の噂ではしばらくして解散したらしいわ。私がアゼルを誑かして連れ出したなんて噂まで立ってたようだけど」


「ありゃ、それは災難でしたね。アゼルさんは勝手に抜けただけなのに」


「でも、まさか私が出ていって「それは違う」って言うわけにもいかなかったし、冒険者を辞めた私に特に影響もないから。それに本来、冒険者は個々に実力をもっていないといけない。誰かの実力に依存したパーティなんて強そうに見えてもちょっとしたことで簡単に崩壊するものなのよ」


 エリスさんはこうだと思ったら、それを貫く強さを持っている。だからこそ自分と同じように子供に呪いが伝わるとしたら……。


 エリスさんはきっと自分の子供を持つ事はないと決めていたと思う。でも、アゼルさんに出会い、オスカーとトーマに出会い、一人ぼっちだったエリスさんに家族ができて、エリスさんは幸せだったんだろうな……愛されてるもんな、オスカーとトーマは。くっ、目から汗が……。


「オスカーってすごく真面目で努力家なの。私の自慢の息子。でも、頑張りすぎなところがあってね」


 エリスさんが心配そうに言う


「今、頑張りすぎているのは、このミサーク村を自分の生まれた村と同じようにしたくないと思っているからだと思うの」


 エリスさんはオスカーが成人を迎えた日、彼に出会った時の事を話したらしい。そして実の母親ではない事も。それを聞いた彼は


「僕が母さんの実の子供だろうと関係ないよ、引き取って育ててくれたこと感謝してる。僕はこの村が好きだ。村の人達は優しいし、村に誇りを持っている。今はこんな状態だけどいつか山賊達を追い出して、かつてのミサーク村を取り戻したい。賑やかでみんなが生き生きしていた頃のミサーク村を。もう二度と故郷を失いたくないからね」


 と言ったそうだ。村の為に寝る間も惜しんで働いているオスカー。生まれた村はすでに無く、育った村も危機に瀕している。二度と大切なものを失いたくないという気持ちがオスカーを奮い立たせているのだろう。まだ若いし、おっさんの俺からすれば青年というより少年といってもいい年なのにな……。


「エリスさん。この戦いが終わったら、オスカーはきっとこの村を引っ張っていくリーダーになっていくと思います。だからこそ、彼の頑張りを無駄にしないようにしなければいけませんね」


「ん、そうよね。少し生き急ぎすぎてる気はするけれど……オスカーの頑張りを無駄にしない為に頑張るわ。ありがとうミー君」


 会話が途切れ、お互いカップを口に運ぶ。オスカーは立派に育っている。エリスさんにとってもきっと自慢の息子だろう。


「……トーマの話も聞きたい?」


「お願いします」


 実はトーマの生い立ちについて、俺は全く知らない。


 記憶を探れるはずなのにおかしいと思うかもしれないが俺が知りえるのはトーマが知っている物の名前、地名、文字、人名といったものが大半で「トーマがどう思っているか」といった感情的な部分はほとんど分からないのだ。


 多分だけど、トーマが言いたくないと思っている事は、俺に教えるのを拒否できるんじゃないか、と推測している。初対面でオスカーの事が分かったのはトーマが教えてもいい情報だったからだと俺自身はそう理解していた。


 まぁ、それはそれで構わない。俺だって自分の記憶や思い出したくない事、恥ずかしい事を他人に知られるのはゴメンだし、趣味思考を探られるのはいい気がしないしな。


 一度、「エリスさんをどう思っているか」と探ってみたら急にゾクッとした寒気に襲われた。このまま無理に探っていると良くない事が起こる気がしたので、それ以降は記憶を探るのは必要最低限にとどめている。

  

「トーマとはじめて出会ったのは森の中だったわ」


 ミサーク村はミサーク大森林の中にあり、魔物が出やすい地域である。ゆえに村の防衛隊は村の中だけでなく、村の外のパトロールも必須であり、その日もエリスさんたちは数名でグループを作り、周辺の巡視任務に当たっていた。


 そのパトロールの途中、木の根元に籠が置かれているのを隊員の一人が発見する。その籠を確かめると中には産着に包まれた赤ちゃんがすやすやと眠っていた。


 誰が連れてきたのか、何故、こんな所にいるのか、もちろん誰の子供なのかも、誰もわからない。


 ひょっとするとこの子をここへ連れてきた人物は、不測の事態に遭遇したのかもしれない。魔物に襲われ子供を守るために囮となってこの場を離れているのかもしれない。もしくは何らかの事情があり子供を置いてこの場を去ったのか……。


 そう考えたエリスがそっと抱きかかえるとその子は安心しきっているかのように静かに寝息をたてて眠ってていた。


 優しく髪を撫でる。


 ……まだこんな首がすわっているかどうかくらいの赤ちゃんなのに……。出会ったばかりの頃のオスカーを思い出すなぁ。あの子を見つけた時はこの子より小さかったな……。オスカーも、もう2歳。元気だけれど物分かりがよすぎるのがちょっと心配だわ。もうちょっとああしたいこうしたいっていうんじゃないかしら?


 木々がさわさわと風になびく。木の下は日陰になっていて風も心地いい。


「あなたの、お母さんやお父さんはどこへ行ったの?早くきてくれるといいわね」


 赤ん坊をあやしながら声をかける。しかし、その後、待てど暮らせどこの子の迎えは来こなかった。


 一同はいったん赤ちゃんを連れて村に戻るが、ミサーク村でも赤ちゃんが居なくなったという話は無く、村人総出で周辺を探したが、この子をここに置いた人物は見つからなかった。


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『俺』とゴブ『リン』 ~俺のスキルは逆テイム?二人三脚、人助け冒険譚~ 新谷望 @boocsakusya

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