37話 オスカーの出自
オスカーが集会に出かけたあと、マジックバッグの中にあったハーブティを淹れ、エリスさんにすすめた。
「このお茶は鎮静作用があるから、心を落ち着かせるのに効果的なんですよ。どうぞ 」
「ありがとう。まぁ、素敵な香りがするわね」
そう言って、ホッとしたようにお茶を飲む。彼女が一息ついたのを見計らって俺は口を開いた。
「そういえば、呪いってエリスさんのお兄さんのアーロ様も受け継いでいるんですよね?だったら今の領主様もその呪いは、今の領主様にも引き継がれているんですか?」
エリスさんは、少し考えたあと話してくれた。
「いいえ。お兄様……いえ、アーロ様の呪いは、幼い頃に解呪されているの……あなたが持ってきてくれたのと同じキュアポーションでね。それは父が冒険者だった頃、地下迷宮ダンジョンの最深部で発見したとても貴重なものだったそうよ。次期領主であるアーロ様となんの肩書もない私。バーグマン家領主だった父からしたら、どちらに使うか、いえ、使わねばならないかは考えるまでもないでしょう?父はこう言ってたわ。呪いが消えればその子供に伝承されることは無いはずだって」
「自分の子供が生まれる前に、解呪されれば呪いは子供に受け継がれない、という事ですか?」
「そういう事になるわね」
その言葉に俺の中でもう一つの疑問が浮かび上がった。はぐらかされるかもしれないけれど聞いてみてもいいか。
「あの、実はこの身体には、呪いの刻印がなかったんです。それってつまりトーマとエリスさんは……」
俺は体を拭く時などに自分の身体を確認したが、見えるようなあざや傷はなく呪いの刻印らしきものも見当たらなかった。
これは一つの事実を示唆している。
俺の思惑を見透かすようにエリスさんは黙ってこちらを見ている。お互いの視線が交わる。しばしの沈黙。その静寂を終わらせるようにエリスさんはふと寂しそうに微笑みながら話す。
「そう、あなたの想像した通りよ。トーマもそしてオスカーも、私と血のつながりはない。二人は実の子供じゃないから……呪いは継承されてないわ」
……やはりそうか。
呪いは子供にも受け継がれる。であるならばトーマやオスカーに刻印がないのはおかしい。
直接、確認したわけじゃないがおそらくトーマもオスカーも最初から呪いにかかっていない。なぜなら彼等を見ても記憶から『刻印』や『呪い』のワードが導き出されることがはなかったからだ。
それはつまり、彼らは『呪い』について知らない、エリスさんと情報を共有していないという事だ。エリスさんが伝えようとしなかったのか、オスカーたちが聞かなかったのかは分からない。
しかし、もしトーマ達が実子であれば嫌でも知ることになるはずだ。『呪い』は継承され、自らの身体に発現するからだ。
パナケイアさんから託されたキュアポーションはエリスさんの呪いを解呪した。この効果と同じものをエリスさんの父親のハロルド様は、ダンジョンの最深部で一つだけ手に入れている。
この世界のダンジョンがどういうものか分からないが、少なくとも気軽に行けるところではないだろう。簡単に手に入るものならエリスさんも解呪されていたはずだ。
エリスさんの話ではハロルド様は
それらを加味して推測すると呪いにかかっていないトーマとオスカーはエリスさんとは血のつながりはない、という結論になる。
俺自身、うすうす気付いてはいたがこれはエリスさんたち家族の問題だ。余計な事を聞いてしまっただろうかという後ろめたさがぬぐえない。自分から言いだしたことだけど、エリスさん達の事情に好奇心から踏み込んでしまったことを申し訳なく思った。
何て言っていいか分からない俺を尻目に、エリスさんはお茶を美味しそうに飲んでいる。俺が謝ると「大丈夫、私と血がつながっていないのはあの子達も知っていることだから。呪いの事を伝えなかったのはあの子達に心配かけたくなかったの」と言ってくれた。
その後、エリスさんはオスカーと出会った時の事も教えてくれた。しかしそれはお世辞にも幸せな出会いとは呼べるものではなかったようだ。
「オスカーは、盗賊団に滅ぼされた村のただ一人の生き残りだったの」
オスカーが生まれたのは、このミサーク村のように、盗賊団に支配され絞りつくされた村だった。村人の一人が命を顧みず、大怪我を負いながらも追手を逃れ、町へたどり着き冒険者ギルドへ駆け込んだことで、事態が明るみになる。情報を得たギルドはその土地の領主に報告、討伐隊が編成される運びとなりギルド所属の腕利きの冒険者が先行して村に赴くこととなった。
しかしすでにその事は盗賊団側に露見しており、依頼を受けた冒険者達が村にたどり着いた時には、すでに盗賊団は逃走してしまったあとだった。
更に無慈悲な事に盗賊団は逃走の際、村に残された僅かな物資を根こそぎ略奪し、口封じのため、村人を一人残らず殺すという暴挙に出ていた。
エリスはこの時、冒険者の一人としてパーティに加わっていた。
「私たち冒険者の部隊がたどり着いた時には、何もかも終わってしまった後だった……」
盗賊が放火して回ったのであろう、あちこちの民家から火の手があがりどこを見ても死体がそのまま野ざらしにされていた。
まだそう時間がたっていないであろう骸達からは理不尽に命を奪われる恐怖と無念の表情が張り付き、魔物と幾多の戦闘で命のやり取りを経験してきた冒険者達でさえ目をそむけたくなるほどだった。
ひどい有様の村の中で、エリスはどこからか聞こえるかすかな泣き声に気付く。その声をたどってみると一軒の家の方からその声は聞こえていた。その家は延焼をまぬがれており、声に導かれるように入った彼女は床にある床下収納と思われる隠し扉を発見する。その扉を開けてみると果実酒や少量の干し肉などと共に布にくるまれた赤ん坊が泣いていたのだ。
赤ん坊の母親と思われる女性は家の入口近くで亡くなっていた。我が子を守るため、どれ程の卑劣な暴行を受けたのか、見るに堪えない亡骸だった。
「貴方の努力は無駄じゃなかったわよ……赤ちゃんは無事だった。だから安心しておやすみなさい」
そう言いながら、せめて安らかに眠れるようにと、祈りを捧げながら亡骸にそっと布をかけた。その時、泣いていた赤ちゃんが泣き止み、エリスの方を見て笑ったのだ。
「本当は、その生き残った赤ちゃんはギルドに預けようと考えていたの。ギルドは孤児院や教会に子供を振り分ける手伝いもしていてね。……戦災や病気、それに魔物に襲われたりして親を亡くした子はたくさんいるから。でも、いざ引き渡そうとした時、赤ちゃんが大泣きしてね。その瞬間、この子が急に愛おしくなったの。本当にギルドに引き渡してもいいのか、この子は私が引き取るべきじゃないかって思って……」
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