36話 バーグマン家②

 ネノ鉱山は安全性に著しい欠陥があり、これ以上の採掘は危険である、としてネノ鉱山の閉山を決めたのだ。その決定は速やかに、また半ば強制的に履行され、閉山に際しては領主自ら強力な封印を施し、何人の侵入も許さないという念の入れようだった。


 そして、ネノ鉱山が閉山してから数年後、初代領主ハロルド=バーグマンは亡くなり、当主の座は長男のアーロ=バーグマンに引き継がれた。

 

 ハロルドから跡を継いだアーロは堅実かつ、なかなかに優秀な男だった。彼には父のような魔術の才はそれほどなかったが、領地の経営手腕においては父を上回っていた。


 彼は当主に就任すると、早々に動き出す。領民の中からこれはと思う人材を積極的に登用したり、そこから提案された様々な施策を打ち出し、ネノ鉱山の収入に頼れなくなったバーグマン領の振興に努めるなど積極的に領地経営に関わった。


 しかし、領地の半分以上を北のミサーク大森林が占め、鉱山以外にこれといった産業がないバーグマン領の経営は厳しくアーロをもってしても状況は綱渡り、といった状態だった。


 彼はそんな現状を打破する為、領主自ら王宮に出向き交渉の末、王家から援助金の増額と支援を引き出す事に成功する。それは彼の父、ハロルドが請われて領主の座に着いた事、また命を削って施した封印に対する王国からの対価でもあったのだろう。


 王国からの援助も得てようやくバーグマン領の経営も起動にのりはじめた矢先、領内を揺るがす大事件が起こる。


 東隣に位置する領主を訪問したその帰りの途上、領主アーロが乗った馬車が何者かに襲われ、同乗していた長男のダスティ共々、命を落としてしまったのだ。


 随伴していた者達にも生存者はなく、発見したのはしばらく時が経ってから通りかかった商人だったというありさまで犯人は分からずじまい。領兵が検分したがその亡骸はズタズタに引き裂かれており、とても人間の仕業には見えず、魔物に襲われたと断定された。


 当主と次期当主を一度に失い、家中は大混乱に陥った。跡を継げるのは次男のルカただ一人。しかし、当時ルカは三歳。とても政務を取り仕切る歳ではく、その代理にアーロの妻で正妻である夫人が領地を治める事となった。


 だが、慣れない政務や重責がたたったのか、まもなく夫人は心労から病に倒れ、床に伏する事となる。その間、夫人に代わり、政務を一手に取り仕切ったのは、アーロの側近の一人でもあったダニエルという男。


 このダニエルは表向きは忠義の士を装い、その裏では夫人にうまく取り入り、信頼を得て、幼いルカの後ろ盾となり権力の座に就く。長い闘病の末に夫人が亡くなるとルカがバーグマン家当主となったが、実権はダニエルが握ったままだった。それが今から三年前。その支配は今なお続いている。今では「ダニエルがバーグマン家の当主だ」と言われる始末だった……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……なるほど、今のバーグマン家はそんな風になっていたのか。確かに3年くらい前から、ミサーク村でも税金が高くなったね。それに村に支払われていた援助金も最近はなかったと聞いていたし……」


 オスカーも何か考えている。


「さっきも言ったけれどネノ鉱山の封印を解くのに一番簡単な方法は、ハロルドの娘である私の血を奉げる事。この「封印を解くには領主の子供の血を奉げる事により可能となる」という縛りを課すことによって、相当な能力の魔術師でも解くのか難しい封印となったの。つまり私が居なければこの封印はほぼ解くことはできない。ただ……」


「ただ?」


「この秘密はバーグマン家でもわずかな者しか知らない機密事項だったはず。なぜ、シャサイがそれを知っていたのか……。いずれにしても封印は解除させてはならない。魔物の大量発生モンスターインパクトを起こさせてはいけない。そして、シャサイの思い通りにはさせてはならない。バーグマン家の事をあなた達に話したのは現状を知ってほしかったのと、私なりの覚悟の証だと思ってほしいの」


「覚悟の証……」


「さ、これで私の話はお終いよ」


 そう言い終えると、彼女はにっこりと笑い、いつものエリスさんになった。


 ……この笑顔の下で、彼女は母親が早くに亡くなった時も、バーグマン家の中で一人ぼっちの時も、そして自分の血の中に呪いがあるという事実を知った時も、きっといつだってひとりで頑張って来たんだろうな。


 エリスさんの魔術師としての能力の高さをみても、そうなる為にどれだけの努力をしてきたのだろうか。だが、そんなことは俺達を前にしてもおくびにも出さない。


 エリスさんの笑顔には、他者を寄せ付けない孤独みたいなものが感じられたのは、俺の気のせいだろうか。

 

 もし、トーマだったらこの話を聞いてどんな反応をしただろうか。まぁ、彼のことだ。どんな過去があったか分かっても、結論は変わらないだろうな。


 そう考えていた俺の耳に村の鐘の音が聞こえた。集合を告げる鐘が村中に響きわたる。今日は昼間の事もあり、これから緊急の集会が開かれる予定になっていた。 


 あっという間だったような気がするけれど、いつの間にかずいぶんと時間が経ち、辺りはすっかり暗くなっており、集会の開始までもう少し、という時刻になっていた。


「もうこんな時間か。とりあえず行ってくるよ」


 そう言って席を立つオスカー。


「でも怪我は大丈夫?あなたも昼間、怪我をしたでしょう?やっぱり私が行くわ」


「いや、昼間の事を聞いたら、暗い中、母さんを一人で出歩かせるのは心配だよ。大丈夫。ちょっとした傷さ。トーマ、母さんを頼んだよ」


「分かりました。兄さんも気を付けて」


 俺の返事を聞いたオスカーは軽く頷き、エリスさんの方に向き直った。


「母さん、今日聞いた話は決して喋らない、墓場まで持っていくことにする。でも……どんな過去があったとしても、母さんは僕達の母さんなんだから。母さんが何も変わらないように、どんな事があっても僕達も変わらないよ」


 そう言って、オスカーはエリスさんを軽く抱きしめると


「それじゃ、行ってきます」


 そう言って、彼は家を出ていった。

 


 


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