35話 バーグマン家
エリスさんはバーグマン家の長女として生まれた。だが、彼女の母は第二婦人の上に、早くに亡くなってしまう。一方、正妻には男の子が一人いた。それがエリスさんの腹違いの兄であり前当主のアーロ=バーグマンだ。
母親が亡くなった後もエリスさんは屋敷で暮らしていたようだが、後ろ盾のもなく家人の中には冷たく当たる者もいて、彼女にとって屋敷は肩身が狭く居心地のいい場所とはいえなかったらしい。
「父は家にいない事が多かった。領主の務めもあるし、あちこちに飛び回っていることが多くてね……。でも、そんな私を不憫に思った父は、私にだけある秘密の場所を教えてくれたの。屋敷の人達は「またあの子、森へ行って遊んできて、日が暮れるまで帰ってこない、困ったものだ」って噂されていたけど、私を引き止める者は誰もいなかった。バーグマン家では私はいらない子だったのよ。でも、そこでは一緒に過ごしてくれる仲間がいた。だから少しも寂しくなかったの。あの日が来るまでは……」
過去に何かあったのか、自分に言い聞かせるようにエリスさんはつぶやく。
「私が13歳の時、父が亡くなった。その時、色々あってね……。兄が領主の座を継いだんだけど、私はもうバーグマン家に未練なんかなくなっていたわ。早くこの家を出たい、そう思って魔法の修行をしたり冒険者の真似事をしたりして過ごしていたの。
そして15歳になって成人した日に、私はバーグマン家の娘としての権利を一切、放棄する旨の書類にサインをしてバーグマン家を出たの。それからの私はずっと冒険者エリス。そして、今はただのエリスとして生き、このミサーク村であなたたちの母親になることができたの」
エリスさんは、俺たち二人を愛おしそうに見つめる。
「だから、私はもうバーグマン家の人間ではないけれど、確かにバーグマン家の血は受け継いでいる。強大な魔力と呪われた刻印と共にね」
「呪われた刻印って、あの胸のアザの事?あれって呪いだったの!?そんな事、全く知らなかったよ。……それで、母さんは大丈夫なのかい!?」
オスカーが心配そうにエリスさんに聞く。どうやら彼は初耳だったようだ。それを聞くとエリスさんの顔がパッと明るくほころんだ。
「それがね、トーマ君が持ってきてくれたキュアポーションを飲んだら呪いも消えちゃったの!本当にすごい効き目だったわ!だから今は呪いも刻印も消えて体調もすごくいいのよ!」
もう全く心配ない、と聞きオスカーがホッとした表情をする。
「そ、そうなんだ。すごかったんだね!トーマが持ってきた薬は!」
俺とエリスさんの顔を交互に見て、喜ぶオスカー。パナケイアさんに貰った薬の効果は保証されてたとはいえ、すごい効き目だったんだな!
「ええ、だから私の事はもう大丈夫。それよりも大切なのはここからよ。まずはシャサイが言っていた事。オスカー、あなたにも話しておくわね」
エリスさんがシャサイとのやり取りの一部始終をオスカーに話す。
「……つまり、ハロルド様がネノ鉱山に施した封印は娘である母さんの血でもって解くことができて、それをシャサイは望んでいるってことだよね?」
「ええ、父の封印は強力で並の魔術士にはどうする事も出来ない、いえ、例え高位の魔術士でも破るの事は難しいでしょうね」
「だから、母さんにネノ鉱山まで来いって言ったのか、封印を解かせる為に……」
「ええ、血の解錠は本来、外法なんだけどシャサイはそんな事は気にしてないようね。私がハロルドの娘であることを隠していた理由は主に二つあった。領主の娘という身分が分かると、身代金目的で私を狙う輩がいるかも知れないという事。つまり自衛のため。そして、もう一つは私の血を探す者から逃れるため。こういう事態が起きないようにするためだったの」
なるほど、エリスさんの親父さんの封印を解除させるのがシャサイの目的なのか。でも、一つ疑問があるぞ。
「……すみません。質問、いいですか?」
「なあに、トーマ君?」
「そもそもハロルド様はどうして鉱山に封印なんてしたんですか?鉱山ってその領地ではなくてはならない大切な収入源でしょう?」
ミサーク村の近くにはネノ鉱山という良質な鉱石が採掘される鉱山がある。ハロルドによって封印され、実質的に閉山されるまでこの鉱山の管理を任されていたミサーク村は、とても活気のある村だったらしい。
いつの時代も、鉱山はそれをめぐって戦争が起こるほどの重要な施設だ。それを捨ててまで封印しなければならなかった理由はなんだ?
「それはね、この地方に
「えっ!?」
俺とオスカー、それぞれが同時に声をあげた。
エリスさんはその理由、そして、ここに至るまでのバーグマン領の事、そして鉱山をめぐる現状を話してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリスさんの父であり初代領主のハロルド様から聞いた話によると、ここバーグマン領は魔力が集積されやすい場所で、特にミサーク大森林は地下を流れる魔素が集まりやすく、しかもそこから流れる事はない。「ひたすら魔素を貯め続ける湖のようなもの」なのだそうだ。
魔素は魔力のもとになるもの。魔力が過剰に集まる場所にはその魔力を帯びた良質な鉱山や森林ができ、それらを手に入れる事で人々に多大な恩恵と利益をもたらす。
しかし、それと同時に強大な魔力は魔物もおびき寄せてしまう。地下にたまった魔素を魔力に変え吸収した魔物は自身を強化し更にその周囲にダンジョンを造成する。配下を次々に産み出しやがてダンジョンに溢れかえった魔物は地上にむけて侵攻を開始する……。
それが
冒険者として、この
『この地に起こりつつある魔物の
赴任直後、ネノ鉱山一帯を視察したハロルドはミサーク大森林を含めて、魔素濃度が異常に高いと感じた。特にネノ鉱山の奥底から感じる何とも言えない不気味さ……それは魔力を感じることができる魔術士であり実際に
もし、この地の魔力がこれ以上あふれ出し、そこに何らかの刺激が加わればそれは起こる。そしてここはあっという間に地下迷宮ダンジョンに変質してしまうだろう。
すぐには起きないかもしれない。おそらくだが二、三十年間は大丈夫なはずだ。しかしその予想も絶対ではない。自分が生きているうちになんとかしなければ……それから時が流れ、ハロルドがこの地に赴任してから十数年という月日が過ぎた頃、彼はある行動を起こす。
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