34話 団らん

 訓練場を後にした俺たちは、シャサイとの対決で負傷し、運ばれたオスカーの様子を見に診療所に向かった。


 そして、診療所に着くと治療を終えたばかりのオスカーがいた。


「ごめんよ母さん。僕が頼りないばっかりに皆を守れなくて……」


「ううん、オスカーが無事で本当によかったわ!」


 悔し気な表情のオスカーをエリスさんが抱きしめる。オスカーは左腕を負傷していたが怪我はそれほど深刻なものではなく、少しすれば痛みも引いてくるだろうという見立てだった。


 幸い歩くのにも支障はなく、先生にお礼を言い診療所を後にする。その頃には空は夕日で染まっていた。大変な一日になってしまったが、とりあえずみんな無事でよかった。リンは疲れたのか診療所に居る頃からウトウトと眠そうにしていた。よほど気を張っていたんだな。屋敷に戻ったら休ませてあげよう。


「二人ともちょっといいかしら?オスカーには、少し休んでいてほしかったけれど……今日の事で二人に話しておかなければならない事があるの」


 屋敷に着くとエリスさんにそう呼び止められた。


「僕達に話しておきたい事?それって大事な話?」


「そうね。大事な話よ」


「分かった。でもまずは食事にしない?みんな、昼ごはんを食べずじまいだったからさ」


 オスカーがにっこり笑ってそう提案する。


「え、ああ、そうね!ごめんなさい、そうよね。オスカーの言う通りだわ。ご飯を食べましょう!話はそれからにするわ」


「あの、リンが疲れたみたいで、眠ってしまって……とりあえずベッドに寝かせてきますね」


「そうね、今夜はゆっくり休ませてあげないと」


 屋敷に戻る途中、俺におんぶされていたリンはそのまま眠ってしまっていた。背中で眠っているリンをそっと寝室に運ぶ。シャサイが居なくなったあの後、リンは明らかに調子が悪そうだった。エリスさんによればスキルの使いすぎだろう、とのこと。シャサイという格上の敵を前に同調や危機探知を使い続けた結果、心身を疲弊させてしまったようだ。今は早く休ませてあげないと……。


 それにしてもエリスさんは俺たちに何を話すつもりなんだろう……とにかく、決戦まであと10日しかない。作戦も立てなきゃいけないだろうし……。リンをベットに寝かせ、そっと部屋を出て階下に降りる。


 テーブルの上には昨日、俺が作った煮込み料理、サラダ、パン、常備菜などが並んでいた。


 俺たちはにこやかに話をしながら食事をとった。シャサイの話題はあえて出さなかった。もしかして、こんな風に平和に食卓を囲むなんてもう二度とないのかもしれない。一瞬、そんな風に考えてあわててその考えを否定する。こんな風に、また食事をすることができるように俺たちは戦うんだ。負けるわけにはいかないよな。


 食事が終わり、俺がお茶を入れ、アニーが作ってくれた焼き菓子を添えて出した。ヴィランの監視の目がなくなったので、村長の家の厨房で時々、俺たちの為にお菓子を作ってくれるのだ。凝ったものでなくシンプルで甘さ控えめだが、十分美味しい。アニーは近々グラントさんに引きとられることが決まっている。優雅な食後のデザートも、もう食べられなくなるなぁ。


 まぁ、そうなったら俺が何か作ってもいいか。昔、一人暮らしをしてたから一通り料理は出来るし母親がよく手作りのお菓子を作って、それの手伝いをしてたからレシピも多少は覚えてる。幸い日本から持ち込んだ砂糖や甘味はまだあるし、落ち着いたら何か作ってみるのもいいかもしれない。


「それにしても、どうして私の周りの人はみんな美味しい物が作れるのか、不思議だわ」


「そりゃあ、母さんは目分量で作ろうとするから」


 エリスさんがつぶやくとオスカーが笑いながら言った。

 

「目分量のどこがいけないのよ。見てたらみんな目分量で作ってたわ。このくらいかな?って。それに創意工夫って大事じゃない?」


 エリスさんは、心底不思議そうに言う。彼女の料理はなんというか……。目分量がどうとかのレベルじゃない。


 一言で言えば「カレーをまずく作れる天才」といったところか。


 一度、料理をするところを見せてもらったが、出来上がったのは「野菜スープと名付けられた別のなにか」だった。半分に切っただけの人参、皮もむかず丸ごと入った玉ねぎ、そして芽もとっていないジャガイモが入っていた時には、流石に固まった。野菜はもちろん生煮え、あと超しょっぱかった。本人は「時短メニューよ!」と言い張っていたが絶対違う。


 訓練の時は「基本が大事!」って言うくせに、なんで料理の時は「本能の赴くままに作れ!」なのか。そもそも、基本ができてないならなら応用なんてできるわけないじゃん。


 冒険者だった時もエリスさんは、料理担当を外されていたらしい。本人は不思議がっていたが、さもありなんだ。


 ともかく、そんなこんなでなごやかで幸せな食事時間が終わり、エリスさんは俺たちを二人並んで座らせた。さっきまでの穏やかな表情はなりを潜め、俺達も自然と姿勢を正す。


 エリスさんが俺達に伝えなければならない事……今日の事からしても軽い話ではないはずだ。俺達は自然と居ずまいをただす。それを見てエリスさんは意を決したように話し始めた。


「ずっと……あなた達に秘密にしていた事。何から話そうかしら……そう、まずはシャサイが言っていた事。私がエリス=バーグマンだった時の事から話すわね」


「バーグマン?母さんが領主様と何か関係があるの?」


 エリスさんの発言に怪訝な顔をするオスカー。彼はシャサイの攻撃を受け、診療所に運ばれていたためシャサイの言葉は聞いていない。村人たちとのやり取りも聞いていなかった。


 オスカーの問いに、エリスさんはコクリと頷く。


「村人の前では否定した、私がバーグマン家の娘である事。あの時、シャサイが言っていた話、あれは本当の事なの。私は初代バーグマン家当主ハロルド=バーグマンの娘よ」


「えっ!?」


「なぜ、秘密にしなくてはならなかったのか、二人には話しておくわ。トーマもいいかしら?」


 俺の方を真っすぐに見つめエリスさんが言う。おそらくエリスさんは俺にも、俺の中のトーマにも聞いて欲しい、と言っているんだ。


 「……聞かせてください」


 俺の返事に頷き、彼女は話し始めた。


  

 

 


 

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